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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第10章 デ・スペ暗躍編
155/242

第154話 愛されることを願ってはいけない


 さてさて、功労者の表彰の次は、問題の首謀者たちの処分だ。


 逮捕された3人の高位貴族については、星室庁裁判にかけるべきとの声もあったが、私は、彼らが土壇場で忠誠心を取り戻し、反乱を阻止するために一役買ったことを高く評価して、これを退けた。


 メアリー・スチュアートの結婚問題が絡んだトマスについては、2度とメアリーとの結婚計画には関わらないこと、メアリーに関するいかなる運動にも関わらないことを神に誓わせ、誓約書を書かせた上で、ノーサンバランド伯爵、ウェストモーランド伯爵と共にロンドン塔に送ることとなった。


 しばらくはメアリー・スチュアートやスペインの関与を探るため、取り調べが続くことになる。


 トマス自身は、貴族達の中でも人望のある人物だったため、宮廷内の雰囲気は概して同情的だった。

 いつになるかはまだ分からないが、時期を見て釈放し、復職させたとしても、居場所は取り戻せるだろう。


 罪を認めたトマスと両伯爵には、多額の罰金を課した。

 命を助けるとは約束したが、ただで赦すとは言っていない。

 政府軍の遠征に費やした出費を工面するのに充てるのだ。

 本格的な戦闘にならなかったとはいえ、大軍を動かすのに必要になった費用は、せっかく黒字体制になりつつあった王室財政に、大きな打撃を与えていた。


 お金ないんだから余計なことしないで欲しい。マジで。


 ……と、血なまぐさい話にならずに済み、出費にブーブー言える程度には、私の心にも余裕が出てきた5月の下旬。

 国内の首謀者たちの裁定が続く中、スペイン政府から、保留され続けていた回答があった。


「アルバ公爵からは、リドルフィからそういった提案を持ちかけられたのは事実だが、そのような不埒な計画には耳を貸さずに追い返したと主張しています。デ・スペの陰謀については、全く関与しておらず、自国の大使が、身分に相応しくない行動を起こしたことは非常に遺憾である、と」

「……そう、フィリペ王からの返書も似たようなものだわ」


 セシルからアルバ公の返書を受け取り、フィリペ王の返書と付き合わせて、私は腕を組んで唸った。


 眉間に皺を寄せて手紙を睨みつけていた私の前髪を、初夏の風がふわりと揺らす。


 今は気候がいいので、私室のバルコニーを開け放して、そこで楽士に演奏をさせている。


 青葉の薫るさわやかな風と共に、流れ込んでくる調べをBGMに、私は宰相と2人、不景気な顔で、明るみになった陰謀の事後処理について話し合っていた。


 リドルフィの暗号の「30」と「40」の正体は、ロス司教の自白からも裏付けられ、スペイン大使デ・スペとメアリー・スチュアートが、今回の陰謀に加担したことが明るみに出て、世を驚かせた。 


 当然、スペインの関与が疑われるところなのだが、2つの返書を付け合わせても齟齬は見られず、口裏を合わせたと見るか、事実のままに述べていると見るか。


 実際、スペイン軍がイングランドに上陸しようと画策した動きは見られず、それが計画を察知したイングランド政府と女王の警告を受けて慌てて引っ込めたものか、彼らの主張通り、初めからそんな計画はなかったのかまでは、分からない。


 一体どの時点で、誰が嘘をついたのか、それは全く分からないからだ。


「いずれにせよ、スペインへの追及はこれで終了ね。互いに、これ以上裏を探るのは賢明じゃないでしょう」

「ええ。せいぜいデ・スペの任命責任を問い、国外退去処分に処するくらいが落としどころかと」


 読み合わせていた2つの返書をテーブルに投げた私に、セシルが頷く。


 喧嘩を売る口実には出来るが、セシルと私の間では、スペインとの戦争を極力避ける穏健路線で、意見が一致している。

 北部の反乱計画にスペイン大使が絡んでいたことが広まれば、国内のスペインへの悪感情はいよいよ高まるだろうが、政府がそれに安易に流されるわけにはいかない。


「それでいいわ。もう2度と、イングランドに関わらないでくれれば」


 スペインには、「ろくでもない大使送りつけやがって、きっちり教育しとけコルァ」という内容を公文書らしい言い回しでネチネチと書いて、大使に貼り付けて送り返してやろう。


 その後、スペイン政府がデ・スペをどのように扱うかまでは、こちらの関知することではない。


「ロベルト・リドルフィについては、残念ながら消息が掴めていません。チャールズ・ベイリー逮捕後も、イングランドには戻ってきておらず、スペインからイタリアへ渡ったところで、追跡が止まっています」

「そう……」


 教皇庁と関わりのあるスパイだとしたら、それ以上の追及は無意味だろう。ある意味、1番闇の深い部分だ。


「それと陛下、メアリー・スチュアートの処遇ですが……」

「処遇も何も、また審問も拒否しているんでしょう、あの子は」


 困り顔を深めたセシルに、私はこめかみを掻きながら溜息混じりに返した。


 リドルフィの暗号文の宛名の1つがメアリーであると判明した上、家宅捜査を行ったトマスの屋敷のタイルの下から、今年の2月にメアリーから公爵に宛てた手紙も出てきた。


 さらには彼女の代理人であるロス司教の自白もあり、メアリーが陰謀に関わっているとみなすには十分の代物がそろっているのだが、メアリーは頑なに関与を否定していた。

 リドルフィから計画書など受け取っていないし、ノーフォーク公には陰謀のことなど知らずに手紙を書いた、ロス司教の言っていることは全て嘘っぱちである、と跳ね付けられれば、こちらとしてもお手上げだった。


「監視を強化するくらいしかないんじゃないかしら。扱いを悪くしても逆効果だし、諸外国への体裁も良くないでしょう」


 すでに捕えている人間をこれ以上捕えることはできないし、女王を痛めつけるなどもってのほかだ。他の君主国家から非難の集中砲火を受けるだけだ。


 一応スコットランド側には責任を求めるが、彼らにとって不要な女王のために、何らかの賠償を支払ってくれるかどうか。

 どうぞ勝手にそちらで裁いてくださいと言われたところで、イングランドの国内法でどうこう出来る相手でもない。


 なんというか、『扱いに困る』とは、まさにこのことである。


「……陛下、これはとても危険な状態です」

「え?」


 メアリーの扱いに頭を悩ませていた私に、セシルが真剣な声音で呟いた。


 聞き返すと、セシルは説明するか逡巡するような間の後、目を伏せて口を濁した。


「いえ……今回は貴女の勝ちです。陛下の望む通りにされるのがよろしいでしょう」

「……セシル怒ってる?」


 セシルの作戦に反発して、彼の目論みを潰す形で事態の収束を図ったのは確かだ。

 敗北宣言をしたセシルの顔色を伺うと、彼はいつものように微笑んだ。


「怒ってはいません。心配事は尽きませんが……けれど、あの状況で、叛徒達の暴動を完全に防げたのは奇跡に近い」

「私も奇跡だと思うわ。本当に賭けだったもの」


 多分セシルも、反乱が起きればトマスを裁判にかけるという言質を私から取った時点で、彼自身の作戦の勝利を確信していたはずだ。


 私とて、その勝率に自信があったわけではない。けれど、他に道がなかった。

 

 たった1つのシナリオを成功させるには、いくつもの賭けに勝つ必要があった。

 セシルの言う通り、私は賭に勝ったのだ。


「ならば、これが主の思し召しだったのだと――そう、私は思うことにします」

「ありがとう、セシル」


 そう言ってくれたセシルに礼を言うと、彼はいつものような微笑みを見せてから、席を立った。


 話し相手がいなくなり、急に広さを増したように思えた部屋のバルコニーから、そよ風と楽士の演奏が流れ込む。

 その柔らかな音色と風の感触に、しばし身を委ねると、緊張やストレスで凝り固まっていた感性が、解きほぐされるような気がした。


 大丈夫大丈夫。


 セシルの言っていたことは気になるが、自分自身に言い聞かせる。


 不安はたくさんあるけど、今回はちゃんと乗り越えられたから、きっと大丈夫。


「ねぇ。ちょっと、ここで眠ってもいいかしら」

「陛下、お休みになられるようでしたら寝室へ――」

「いいのいいの。風が気持ちいいから。まだ仕事も残ってるし」


 侍女の勧めを断り、私はソファに移り、横になった。

 その上から、肌触りのよい布がかけられ、春風の匂いを嗅ぎながら目を瞑る。


 神様ありがとう。


 神頼みをしたからには、ちゃんとお礼は言っておくことにした。







~その頃、秘密枢密院は……



 女王の私室を出たセシルが礼拝堂へ向かっていた途中、いつものローブではなく、黒の外套を着て、鍔広の黒い帽子を被ったフランシス・ウォルシンガムと鉢合った。


「出かけるのですか、ウォルシンガム」

「ええ、ロンドン塔へ」

「ああ」


 短い答えに納得する。

 ロンドン塔では、護送されたノーフォーク公爵の取り調べが、枢密院委員を中心に構成された委員会によって本日も行われていた。


 このノーフォーク公のことで、ウォルシンガムには、別の任務を言い渡していた。


「ノーフォーク公爵が本当にメアリー・スチュアートへの未練を断ち、王家への忠誠を誓ったのか――疑うのは、我々の仕事です」

「当然です」


 ウォルシンガムが即答する。


 常に疑り深く、あらゆる可能性を考え、情報を嗅ぎ回る。


 嫌われやすい仕事ではあるが、誰かがしなければならないことだ。


「サー・ウィリアム・セシル、貴方は」

「……少し、礼拝堂へ」

「礼拝堂?」


 いつもの祈りの時間ではないため、ウォルシンガムが不思議そうに聞き返した。


「主が、我らの女王をお護りくださいますように――」


 静かに微笑んでそう答えると、察したのかどうなのか、ウォルシンガムは黙って礼をし、帽子を目深に被って去っていった。


 セシルもまた、礼拝堂に向かって歩き出す。


 女王に伝えるにはまだ早いと判断し、口を濁したそれは、以前からひっそりと横たわっていた不安ではあった。

 一連の陰謀が――正確には、陰謀に対する勝利が、その危険性を浮き彫りにした。


 ――この国には、メアリー・スチュアートを裁く法がない。

 

 誰も1つの国に、2人の王が存在する状況など想定していないのだから当り前だ。


 だがそれは、守る側――エリザベスが一方的にリスクを持つゲームのようなもので、非常に危険な状態だった。


 メアリーを裁き、女王を護るための法律の制定が急務だった。


 祈り、神の言葉を聞き、助言を請うために、セシルは礼拝堂へと向かった。





 テムズ河沿いに立つ、二重の城壁で囲まれたロンドン塔。

 歴代の王の住居区でもあるこの城は、15世紀後半から、牢獄や処刑場として使われることが多くなった。


 先日、テムズ河を舟で渡り、反逆者の門(トレイターズ・ゲート)をくぐったトマス・ハワードは、西のビーチャム・タワーへと幽閉された。


 4階建てのこの建物には、身分の高い囚人が幽閉され、ほんの10年ほど前には、『9日間の女王』ジェイン・グレイや、彼女にまつわる事件に連座したノーサンバランド伯爵の、息子兄弟――現在のレスター伯ロバート・ダドリーとその兄弟もここに繋がれた。


 各階を繋ぐ螺旋階段を上り、取り調べの終わった囚人の部屋に、ウォルシンガムが足を踏み入れると、部屋の中央に置かれた椅子に座り、うなだれていたトマス・ハワードが顔を上げた。


「お前は……ウォルシンガムか」


 尋問を終えたばかりで、ぐったりした様子の男が億劫そうに名を呼ぶ。


 それなりに調度の整えられた部屋は、ノーフォーク公爵たる者を迎えるには小さすぎたが、辛うじて処刑を免れた囚人を繋ぐには、十分以上に広い。

 床には温かみのある木板が敷かれていたし、入って左手には大きな暖炉が備えられており、ここに囚われた貴人が、冬の寒さに凍えることはなさそうだった。

 いくつもある窓には格子こそ嵌められていたが、光が差し込み、牢獄というほどの閉塞的な雰囲気はない。


 それだけならば、居心地は悪くなさそうに見えた。

 ……が、壁の至るところに掘られた無数の刻印――過去の囚人達が、自らの生きた証を残そうとして刻んだ己の名や落書き――が、百代の遺恨の如く、不気味な怨嗟を滲ませていた。


「もう話すことはないぞ」

「見回りのようなものです」


 もとより、公爵の尋問は、ウォルシンガムのような無官の若輩者が行うようなことではない。例え囚人であっても、身分相応の礼儀というのは払うものだった。


「見回り?」

「貴方は人気者だ。今の政府の扱いを、不満に思う者もいるでしょう」


 不思議そうな顔を見せた男に、ウォルシンガムは距離を取ったまま、手元で折りたたまれた紙片をちらつかせた。

 それは、この部屋に来る前に手に入れた物だった。


「手紙と分からぬよう、巧妙に細工をされた上で、塔内に投げ込まれていました」

「それは……?」

「貴方の支持者が、牢番に金を握らせて連絡を取ろうとした手紙です」

「……!」


 トマス・ハワードが、驚愕に顔を強ばらせる。

 その表情から目を逸らさず、ウォルシンガムは相手の心の動きを探った。


「こういうものが絶えないので、気が抜けない」


 すでに宰相や女王宛にも――わざわざ女王の目には触れさせていないが――ノーフォーク公爵を釈放せよと言う脅迫文がいくつも届いていた。

 ウォルシンガムの目的は、こういったノーフォーク公爵近辺の不審な動きを探ることと、もう1つ。


「これも貴方の積み上げた仁徳のたまものかと思うと、今回の結果は非常に残念でなりません。財力、権力、才能、人徳――貴方は生まれながらに全てをもっておられた。にも関わらず、女王陛下に対する忠誠心だけが足りなかった」

「…………」


 少しの動揺も嘘も見逃さぬように見据え、言葉を続ける。


「芽は早めに摘む方がいいが、十分に育ったところで刈り取る方が、分かりやすい場合もある」


 それは、リドルフィの陰謀で、反乱貴族相手にそうしたように、あえて泳がせて、計画が引き返せないところまできたところで叩き潰す場合もあることを、十分に考慮しろという牽制だ。


 心の弱さで1度裏切った者は、再び裏切る可能性がある。疑うのは、仕事のうちだ。


 意図を悟ったノーフォーク公が表情を険しくする。


「俺は知らない。そんなものが来ているとは、知らなかった。俺の元には、1通も届いてないぞ」

「だから、見回りです」


 すでに女王に誓約書をもって忠誠を誓った男に、こういった誘惑に乗るなと口頭で注意することに意味はない。


 監視者の存在をちらつかせ、相手の不安と想像力を煽り行動を牽制するのは、良識ある臆病者相手ならば、有効な手段だった。


「出来た番犬だな。リドルフィの暗号文を暴いたのもお前か」


 その問いに答えはしなかったが、公爵は肯定と受け取ったようだった。


「だが心配はいらない。あの方によって救われた残りの人生は、忠実な臣下として、この身を捧げようと誓った。こんなことを言ったところで、お前が信じるとも思わないが」

「言葉はいくらでも取り繕えるもの。真の忠誠は行動でしか証明できません」


 ウォルシンガムの遠慮呵責のない皮肉に、公爵が怒りを見せることはなかった。


「そうだな……行動か」


 生まれながらの大貴族として肥大したプライドを、ごっそり削り落としたように庶民議員の皮肉を受け止め、頷く。


「イザベラとの婚約を承諾することにした。それがあの方を、1番安心させる方法になるだろう」

「大変賢明な判断です」


 1度は突き返したその縁談話の意味を、改めて吟味した上で、男は決断をしたらしい。


 この結婚は鎖だ。

 ノーフォーク公爵という大きく力のある犬が、2度と主人に刃向かうことも、逃げ出すこともないように繋ぎ止める鎖。

 この世界での結婚とは、そういうものだ。


「お前たちは、俺を処刑台に送りたかったのだろう」

「お答えいたしかねます」

「正直な男だ」


 棒読みで即答したウォルシンガムに、トマス・ハワードが苦い笑いを噛み殺す。


「賢明な判断だが――お優しい女王陛下には嫌われる仕事だろう」

「憎まれようが蔑まれようが、私の仕事は何も変わりません」

「それは大したものだ」

「忠誠とは捧げ尽くすもの。そもそもが見返りを求めるようなものではない。寵を失うことを恐れて阿ることしか出来ないならば、それはすでに忠臣ではなく佞臣でしょう」

「……なるほど、それが真の忠誠ならば、確かに、俺は忠誠心に欠けていたのかもしれない」


 迷いなく言い切ったウォルシンガムに、トマス・ハワードは納得したように天井を仰いだ。随分と疲れた横顔だった。


「あの方に愛されないなら、仕える理由を見失った」

「……愛される資格がある方の言葉です」

「なるほど」


 もう1度、深い部分で納得したように頷く。


「全てを手にして生きてきたつもりだが、持たなければ良かったと思ったのは初めてだ」

「貴方が彼女に愛されなかったことを不満に思うなら、それは所詮、見返りを求める男女の愛でしかなかったのでしょう。貴方は、彼女を女としては愛しても、忠誠を尽くすべき王としては決して認められなかった」


 随分と贅沢なことを言う男に、思ったことをそのまま伝えると、公爵は顔を向け、眉を上げて唇を歪めた。


「……腹の立つ男だ。よく公爵を前にそこまでの口をきける」

「不興を買うことを恐れ言葉を選ぶのは不忠でしょう」


 皮肉で返すと、公爵が声を上げて笑った。


「そうか、レスター伯が、女王陛下にも一切媚びない男がいると言っていたが、お前のことか」

「…………」


 なんの話をしているんだあの男は。


 むっつりと無言を貫くが、公爵は自己完結したように続けた。


「ならウォルシンガム、俺はお前のことをよく知らない。だから、すこし無駄話に付き合え」

「構いませんが」

「彼女の前で惨めに膝をつき、慈悲を乞うたら――せいせいした」

「…………」

「これが俺に許された距離だったのだと、ようやく自覚できた」


 レスター伯繋がりでいらぬ親近感を持たれたのか、はたまた、無位無冠の正体不明の男は、しがらみがなく管を巻くのに適したのか。

 トマス・ハワードは、尋問官の前では決して口にしなかったであろう想いを吐露した。


「例え愛しても、愛されることを願ってはいけない相手がいるのだと、初めて知った。なかなかこれは、酷なものだな」

「……それが耐えられぬのなら、別の女性を愛されることをお勧めします」

「――確かに、それが賢い」


 そう頷いてから、ノーフォーク公爵は、誰かを思い出したように笑いを噛み殺した。

 それから、ふと真顔になる。


「1つ分からないことがある」


 真顔のまま、公爵はゆっくりとウォルシンガムの方を向き、疑問を口にした。


「彼女は俺を許した――これは女の愚かさだろうか。それとも、王の器だろうか」

「――私にも計りかねます」


 それこそ、ウォルシンガムも神に問いたい疑問だった。





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