第146話 レスター伯の奔走
その日は破門騒動でバタバタしてしまったため、私は夕方になってようやく、トマスにメアリーとの結婚のことで話したいことがあるので、明日宮廷に来て欲しいとの旨を書き送った。
……のだが。
「え……いない?」
手紙を持ち戻ってきた伝令から、思わぬ事実を聞いた。
すでに数日前に、トマスはロンドンを離れ、ノーフォーク州に戻ってしまっていたというのだ。
「分かりました。手紙は……いいわ。また考えます」
受取人のいなかった手紙を、そのままノーフォーク州に出すよう指示することも出来たが、一度人に相談してから決めることにした。
「どうして何も言わずに行っちゃったんだろ……」
夜になって届いた寂しい報告に、寝室の机の引き出しに手紙を収め、溜息をつく。
先月、メアリーとの結婚許可を求めに来た時、様子がおかしかったトマスのことは、後を追いかけたロバートに聞いても、何も答えてくれなかった。
ならば、原因は自分で考えるしかないのだが、よくよく振り返ってみて、やっぱり私の言動が、何か彼の気に触ったんじゃないか、という結論に達した。
かと言って、あれ以外にどういう対応をすれば良かったのかは、考えても分からなかった。
なんとなく引け目を感じてしまい、何度か伝令に送って反応がなかった後は、私もあまり強く出ずに、そっとしておいた。
だがまさか、いつの間にかいなくなっているとは、思っていなかった。
翌朝、私は朝の散歩と礼拝を終えた帰りに、グレート・レディーズを置き去りにしてロバートを捜し回った。
あの男ならば、何か知っているかもしれないと思ったからだ。
女官たちを置き去りにしたのは、単に彼女たちの足が遅……動きがトロ……上品なので、広い城内での人捜しに付き合わせたら日が暮れるからだ。
ウォルシンガムに見つかったら、また護衛をつけろだの何だのうるさそうだが、今日はまだ姿を見ていない。
何やら忙しいらしく、朝の散歩にも顔を出さなかった。
「えーっと……ロバートロバート……」
多分、この時間だと、近衛隊を集めて朝礼とか会議とかしてそうなんだけど……どこだ?
朝の謁見の時間が近づいて、セシルが私室に迎えに来るまでがタイムリミットだ。
スカートの裾を持ち上げ、私はリッチモンド宮殿内を足早に歩き回った。
~その頃、秘密枢密院は……
女王の破門がロンドン中に知れ渡った日、眠れぬ夜を過ごしたロバートは、翌朝も集中力のかけた言動で、護衛隊長のサー・ウィリアム・セント・ローの気を揉ませた。
近衛隊の朝礼で、女王陛下を守護する使命について述べるところを、女王賛美の修飾語に時間を割き、隊員達を早朝から眠りに誘うのが、守馬頭の日課だったのだが――
今日はその辺りをサラッと流して終わり、覇気のないまま壁に向かって頭をつけ、何やらブツブツ呟いている。
その様子を不気味がった警備隊長のケアリーが、セント・ロー相手に不安を漏らした。
「どうしたんスか、今日のボスは……いつもと違うパターンのボケっぷりなんですけど」
「ああ。いつもの色ボケ状態での肌つやの良さがない。あれは、何か身に降りかかる都合の悪いことについて勘考し過ぎて、思考がショートしかけている状態だ」
「あー。基本単純な人が、難しいこと考えようとすると、そうなりますよね」
「意外と小心者だからな」
「どうせ、また女王にバレたらマズいこと、やらかしたんじゃないスか」
鋭い分析を見せる部下2名が、遠巻きに守馬頭の挙動不審を見守る。
「昨日、女王陛下が教皇に破門されるなんて大事件があったんだから、今日こそ気合い入れてしゃべることあると思うんですけどね」
ケアリーのもっともな感想が、聞こえていたのかどうなのか、突然、ロバートがガバッと顔を上げ振り返った。
「ケアリー!」
「ハイ! スミマセン!」
先に謝るケアリーに、ロバートは長いコンパスで近づき、中肉中背の部下の胸倉を掴み上げた。
「ギャーッすんませんすんません!」
「――後は任せた」
「は?!」
長身の美形に鬼気迫る顔で詰め寄られると、迫力がある。簡単に踵が浮き、悲鳴を上げたケアリーだが、予想の外の一言に耳を疑った。
「やることが出来た。午前中は――ああ、もしかしたら丸1日戻ってこれないかもしれない。これは俺の危機だ。友の危機だ。そして陛下の危機だ!」
「はい?」
「1日守馬頭に任命する!」
「どええっ?!」
言うやいなや、いずこかに走り去っていくレスター伯ロバート・ダドリーに、ハンズドン男爵ヘンリー・ケアリーは唖然とした。
「1日守馬頭って……ええっ? 俺っ? そんなノリありっスか?!」
だが、上司の奇行に慣れ過ぎたサー・ウィリアム・セント・ローは達観している。
「留守中の代行だと思えばなくはない。良かったな、1日守馬頭だぞ」
「すげえ。俺、宮廷ナンバー3だ」
言ってから、本物のナンバー3がアレなことに戦慄した。
※
近くにいたヘンリー・ケアリーに代行を任せ、ロバートは急ぎ女王を探した。
この時間は散歩に出ているか、礼拝堂にいるか、もしくはそれらが終わって、朝の謁見までのつかの間の時間を、私室でくつろいでいるか……大方把握している彼女の行動パターンから推測しながら、広い城内の探索場所を絞る。
昨日は、破門という事実自体に衝撃を受けてしまい、深く考え切れなかったが、よく考えればこれはマズイ気がする。
気のせいだろうか。
いや、やっぱりマズイ気がする。
女王の姿を探しながら、ロバートは寝不足の頭で考えた。
マズイというのは、ロバートも協力を約束した、ノーフォーク公爵とメアリー・スチュアートとの結婚話だ。
国内のメアリー問題に片をつける有効な一手になるかと思われたが、今回のローマ教皇による女王破門事件によって、大きく意味合いが変わってくる。
このタイミングでの、メアリーのイングランド大貴族との結婚は、昨日逮捕したジョン・フェルトンのような、狂信的なカトリック教徒を刺激することにならないか。
むしろ、今、メアリーとノーフォーク公爵の結婚が実現すれば、それは王位簒奪とローマ・カトリック回帰を目論む陰謀の一環だとみなされはしないか。
そうなれば、協力したロバートまで、国王への反逆に荷担したと思われかねない。
やっぱりマズイ。
この時点で、ロバートは手のひらを返してメアリーとノーフォーク公の結婚に反対する決意を固めていた。
女王の前では、国家のため、などという建前を並べてはいたが、そもそもロバートがこの結婚を支持した理由は、ノーフォーク公がメアリーと結婚することで、女王が己と結婚をする可能性が上がるのでは、という個人的な期待からだった。
それが逆に女王への陰謀だと疑われ、自分が巻き込まれるなど、とんでもない!
基本的に単純な調子者だが、いざ保身ともなれば、引っ込みがつかないなどという貴族にありがちな無駄なプライドはあっさりドブに捨てられるところは、この男の隠れた長所だった。
しかし、今日に限って、予想した場所のどこにも、女王の姿は見当たらなかった。
「一体どこに……」
もうすぐ朝の謁見の時間になる。
謁見の間に入れば、午前中一杯は彼女を捕まえるのは無理だ。
――が、諦めて戻りかけた矢先に、なぜか普段は見ない場所で、1人でうろうろしている女王を見つけた。
「陛下!」
「ロバート!」
振り返った女王が笑顔になる。陽光が燦々と降り注いだ。
途端に目的を忘れ、ロバートはたまらず両腕を広げて抱きついたが、ハグしたのは空気だけだった。日に日に身のこなしの素早さが上がっているような気がするのは気のせいだろうか。
「見つかって良かった! 相談したいことがあったの」
「俺もです陛下。運命を感じます」
「私、やっぱりトマスが心配で……あれから何度か伝令を送ったのだけど、返事がなくて」
後半の一言については聞き流される。聞こえなかったのかもしれない。
「トマスにあんなことを言わせてしまったのは、私の言葉が悪かったんじゃないかと思うんだけど、かと言って、このままにしておくわけにはいかないし……」
「陛下、そのノーフォーク公のことなのですが――」
抱擁は避けられたが手はしっかり握り締め、ロバートは女王に奏上した。




