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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第10章 デ・スペ暗躍編
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第132話 猫と少女


 さあ! 改めてご対面だ……!!



 うおー。ドキドキする。



 寝室の前に立ち尽くし、私は常にない緊張を感じていた。


 早速今日から、寝室付きの侍女として私に仕えることになるアンは、午後からは先輩女官たちに預けていた。


 基本は教育が優先になるが、将来的には、キャットやレディ・メアリーたちと同様の仕事をしてもらうことになる。


 実は仕事柄、子どもと関わることがほとんどなく、親戚に幼い子もいなかったので、小さい子と絡む機会が極端に少なかった私は、妙に緊張していた。


 子どもってはたから見る分には可愛いんだけど、未知の生き物過ぎて、どう接していいか分からないぞ……!


「おかえりなさいませ、女王陛下」


 つい身構えながら入室した私を、聞き慣れない幼い声が迎え入れる。

 

 部屋の真ん中で、淑女のようにスカートの端を持ち上げたアンが、ピョコンと礼をした。


 あら可愛い。


 奥では、そんな彼女をキャットとレディ・メアリーが、微笑ましそうに見守っている。


「ただいま、アン」

 

 まだ緊張した様子の少女の傍に寄り、私は目線を合わせて頭を撫でた。


「お仕事1日目、お疲れ様。先輩達からいろいろ教えてもらったのかしら?」

「はい。むずかしそうなこともたくさんありましたけど、はやく陛下のお役に立てるようにがんばります」


 うむ、しっかりした子だ。


 本物のエリザベスも、6歳の頃にすでに40歳の貴婦人のような落ち着いた立ち振る舞いを身に着けていたというのだから、この時代の貴族の女の子は、英才教育を受けていて早熟なのだろう。


「いいのよ、最初は。ゆっくり覚えていきましょう。まずはフランシスとお友達になって、ね?」

「フランシス……」


 励ましのつもりだったのだが、フランシスの名を聞いて、急に少女の顔が曇った。


「……ごめんなさい陛下。アンはフランシスにきらわれてるのです」

「え?」

「近づこうとしたら、逃げてしまって……」


 そういえば、いつもはベッドの上など、見えるところに寝ている黒猫の姿が、今は見当たらない。

 

「陛下のご命令をまっとうできないアンは、陛下のお、おそばにいるしかくが……ふえ……っ」


 泣いてしまったぁぁぁ!


 突然大粒の涙をこぼしだす少女に、子ども慣れしていない私は大いにうろたえた。


 いきなりフランシスの世話を振り分けたのは大失敗だったかと後悔する。


 そんなに難しくないかなと思ったんだけど! 楽しくできるかなと思ったんだけど!


 まさか6歳の女の子に、そこまで責任を感じられるとは思っていなかった。


 とはいえ、気まぐれな猫に、その辺を汲んで行動しろというのは無理がある。


「フ、フランシスは人見知りなのよ! 最初は私もなついてもらえなかったんだから」


 いくらでも溢れてくる涙をハンカチでそっとぬぐいながら、私は必死に慰めた。


「アンはいい子だから、すぐ仲良くなってもらえるわ。お世話も、最初はキャットたちと一緒にやって、覚えていきましょう?」

「ひっく……でも……」

「誰だって最初からうまくできることなんてないもの。真心をこめて向き合えば、いつかきっとフランシスも分かってくれるわ」


 しゃくりを上げる少女の頬を撫で、精一杯の慈しみを込めて微笑みかけると、アンは濡れた目で私を見返した。


「でも、へ、陛下は……なんでも完璧にこなしてしまわれると……ひっく……お父様が……」


 芸術方面に造詣が深く、陽気な人柄のベッドフォード伯爵は、私のサロンの常連で、懇意にさせてもらっているが、随分と買い被ってくれている。


「……私だって最初は失敗ばかりだったの」


 今も色々失敗してるけど。


「ほ、ほんとうに……?」

「本当よ。でもね、諦めずに頑張ってたら、不思議と周りが助けてくれて、うまくいくようになっちゃうの」


 これは、日本人時代の私の経験則だが、何事にも前向きに一生懸命取り組んでいると、例えその時はうまくいかなくても、回り回って、ひょんな縁で自分に返ってくるものだ。


 昔、上司に言われた印象深い言葉がある。


『お前は運が強い。だが、その運の強さは、お前自身が周りにそうなるように行動してるんだ』


 一体どういう話の流れでそんなことを言われたのかは、ちょっと思い出せない。


『……ま、お前にはまだ分からんだろうけどな』


 と、ドヤ顔で言われた時は、実際よく分からなかったが、つまりはそういうことなんじゃないかと、今は解釈している。


 だがなんとなく分かったところで、私は不器用だから、それを意図的にやろうとしたら失敗してしまうだろう。


 私の無意識の行動が運を引き寄せているなら、「今のままでいい」ってことだと思って、今の自分のひたむきさを忘れないようにしようとだけ心に刻む。


「大丈夫、一生懸命は裏切らないから。アンはとっても一生懸命な子だから、大丈夫よ」

「はい……!」

「よしよし」


 やっと笑顔になった少女の頭を撫でて、私は侍女に、今日もらった贈り物の1つを持ってこさせた。


「じゃーん!」

「わぁ、かわいい!」


 ウォルシンガムにもらった白いモフモフのマフを見せると、アンが目を輝かせた。やっぱり女の子だ。


「よく見たら、真珠のボタンがついているんですね、すごくきれい……!」


 細部にまで施された装飾を見て、うっとりする。


「さーて、と」


 私は筒状のマフの中に片手を突っ込み、室内のターゲットを探した。

 本来は首から下げ、手を温めるための装身具だが、ここでは違う使用方法を考えている。


「フーラーンシースー?」


 呼んでみるが、アンを警戒しているのか、隠れたまま出てこない。


「にゃーん?」

「……みぎゃ」


 そこで、猫の鳴き真似をしてみると、どこからか返事が聞こえた。


 どこだ?


「にゃあにゃあ?」

「みぎゃー」


 もう一度やってみると、今度はベッドの下から、こっそり黒い毛玉が顔出したのが見えた。


 まだ顔立ちに子猫らしい幼さは残しているが、拾った頃は兄弟の中で1番小さかったフランシスも、順調に成長して、9か月も経てば、身体の大きさはかなり成猫に近くなっていた。


 これはフランシスの特技(?)なのだが、普段はほとんど鳴かないくせに、私が猫の鳴き真似をすると、どうも猫語で会話をしているつもりになるのか、鳴き返してくるのだ。


「みゃー」

「みぎゃ」

「うにゃ」

「みぎゃ」


「すごい! 陛下は猫とも会話ができるのですか!?」


 声のキャッチボールを続けていると、アンに尊敬の眼差しを注がれる。

 

「うん、まーね。フランシス限定で」

「陛下! フランシスはなんと言っているんですか?」


 え、分からん。


 私の方は、適当に鳴いているだけだ。


 もしかしたらフランシスは何か会話が繋がっている気でいるのかもしれないが、残念ながら猫語は聞き取れない。


「えーっとね……ぼく人見知りなので、アンちゃんが来てびっくりしてしまいました。ちょっと無口でシャイでツンデレなだけなので、アンちゃんがきらいなわけじゃ絶対にありません。傷つけてごめんなさい。ちょっとずつ仲良くなれるように努力するのでゆるしてください、だって」

 

 ごめん、適当ぶっこいた。


「そうなんですね! きらわれたわけじゃないんですね! だいじょうぶです、アンは気にしてません!」


 やべぇ信じた。


 可愛い。可愛いよこの子。


 親が子どもにサンタを信じさせたくなる気持がよくわかる。子供って純真。


 ともあれ誤解が解け、立ち直ったアンが小さな拳を握りしめた。


「陛下、アンはまだみじゅく者ですが、フランシスにお世話係としてみとめられるように、あきらめずにがんばります!」

「そうね、じゃあまずは、フランシスと遊んでやりましょう!」


 アンに自信を取り戻してやるためにも、ここはフランシスに早々に打ち解けてもらおう。


「とうっ」


 警戒してベッドの下から出てこないフランシスの近くに、マフの首にかける紐の部分を投げる。


 フランシスの方はというと、猫らしく紐に反応するものの、まだ大きく動こうとはしない。


「そりゃそりゃそりゃ」


 だが、紐を微妙にパタパタ振りながら、ずりずりとこちらに引き寄せていくと……


 紐の先がフランシスの目の前を通過しようとしたその瞬間、バシッ! と、新春カルタ大会のごときすばやさで、黒い前足が繰り出された!


 だが甘い!


 白い紐はすんでのところでひらりとかわし、一旦私の元に手繰り寄せられ、再び何事もなかったかのように、先程よりベッドから離れたところに投げ下ろされる。


 奇襲に失敗し、一旦はベッドの下に引っ込んだフランシスだが、再び狙いを定めて、離れた位置にいる白い紐に飛びかかった!


「さっ」


 と、今度も寸前で紐を引き寄せ、空振りしてすっかり部屋のど真ん中に飛び出してしまったフランシスの頭上で、紐先をゆらゆらする。


「ほーれほーれ」


 上を見上げ、お座りしたフランシスが、頭上をひらひらと舞う紐に釘付けになる。


 懸命に目で紐の先を追いかけ、様子を見ていたが、紐を下げて鼻先をくすぐると、ついに我慢できずに、後ろ足だけで立ち上がり、前足で獲物を白羽取りにした!


 ちっ、捕まった!


「おおっ」


 見事なハンティングに、息を飲んで見守っていたアンが唸る。


「フーランシスー! つっかまーえたっ」


 紐に全意識を集中している隙にフランシスを捕まえ、抱きしめてすかさず好きなポイントを撫で回すと、あきらめたのか落ち着いたのか、胸の中でゴロゴロ喉を鳴らして大人しくなる。


 ふっ、どうよこの、猫を籠絡する手管(ゴッド・ハンド)


「よーしよし、かわいいわねーフランシスは」

「すごい……すごいです陛下!」


 内心勝ち誇っていると、アンに本気で尊敬の目で見られ、くすぐったくなった。


「アン、床は寒いからベッドの上で遊びましょうか」

「よろしいのですか?」

「いいのいいの」


 基本私の居住スペースはだだっ広いベッドの上なので、フランシスもここで遊ばせている。


 アンにベッドに上がることを許して、フランシスを枕元に下ろすと、すっかり懐きモードになって喉を鳴らしながらすりついてきた。


「いいな……」


 その様子を羨ましそうに見つめるアンは、せっかく捕まえたフランシスが逃げることを恐れたのか、ベッドの隅っこの方でこわごわ様子を見守っている。


 さて。


 今日の遊び道具は、ウォルシンガムにもらったマフである。


 ……いやまぁ、もともとそんな用途で使うものではないんだけど。


 けど、大きさ的にも似てるし、モフモフ感も似ているし、なんとなくウォルシンガムもフランシスを意識してこの品を選んだ気がするのは気のせいだろうか。



 気のせいだな、うん。



 そんな発想でのプレゼントだったら、気が利き過ぎているが、ウォルシンガムの思考にしては可愛すぎる。考え過ぎだろう。


 とりあえず、ぽすっ、とフランシスの前に白いマフをおいてみる。


「…………」


 一瞬身構えて後ずさり、警戒心満載で睨みつける黒いマフ……もといフランシス。


 だが、相手が動かないことが分かると、じりじりと近づき、鼻先でフンフンと匂いを嗅ぎ出した。


 ふふふ。油断したな!


「とりゃ」


 警戒を解きかけたフランシスが白いマフに接近したタイミングを見計らい、勢い良くマフを前進させてやると、


「フギャー!」


 黒マフが文字通り飛び上り、自分に向かって突っ込んできた白マフに飛びかかった!


「みぎゃみぎゃみぎゃっ」


 全身で同じくらいの体格の白マフを抑え込み、両手でホールドして、両足で連続猫キックを炸裂させる!


 あ、だめだ。やり過ぎると新品のマフをボロボロにされる。


「かーえーせー」


 興奮しているフランシスに引っ掻かれないよう、なんとかマフを取り返し、今度は距離を取って、両者戦闘体勢を作る。


 緊迫した膠着状態が続く中、私は、その様子を、興味しんしんに眺めている少女を呼んだ。


「アン、いらっしゃい。もっと近づいても大丈夫よ」


 うずうずしていたらしいアンが、頷いてにじり寄ってくる。


 すっかり新顔のマフに気を取られたフランシスは、アンが近づいてきても何の反応も示さなかった。


「アンも遊んでみる?」

「できるでしょうか……」

「できるできる。ほら」


 不安そうなアンにマフを手渡し、促すと、アンは緊張の面持ちで、向かい合ったフランシスとなぜか同じ体勢になった。両手と両足をそろえて身を低くする、猫の箱座りである。


 何だこの図。可愛いぞ。


 子猫と少女が線対称になって睨み合っている。

 

 最初に動いたのはアンだった。じわじわと、マフをフランシスに近づけていく。ものすごく神経を使っているのが、見ているこちらにも伝わった。


 そして、白マフがある一線を越えた時――敵が自らの射程範囲内に入った途端、フランシスが動いた!


 素早く横に一閃した猫の手を、アンが俊敏な反応でマフを引っ込め、避ける。


「ふふっ……」


 アンの顔に勝ち誇ったような、不敵な笑みが浮かんだ。


 再び待ち伏せ体制に入ったフランシスに、アンが先ほどよりも大胆に攻撃をしかけた。


 さっとフランシスの目の前までマフを突き出して、すぐに引っ込める!


 一瞬遅れてフランシスの両前足が飛び出すが、虚しくベッドのシーツを叩いた。


「あははっ」


 無言で両前足を突き出したまま、じっと敗因を分析している(多分)フランシスを見下ろし、アンが声を上げて笑う。


 しばらくフランシスとアンの攻防が続き、ついに一瞬の隙を突いて、フランシスがマフに爪を引っ掛けたところで、私は黒白のモフモフを引きはがした。


「はい終了~。残念だったわねー、フランシス」


 これ以上爪を立てられたら、マフが傷んでしまう。


 アンの手からマフを取り上げ、私は代わりに抱っこしていたフランシスを手渡した。


「え……っ」


 不意を突かれてアンの方が硬直するが、遊び疲れて満足したらしいフランシスは、大人しく少女の腕に抱かれていた。


「耳の付け根を撫でると喜ぶわよ」


 教えてやると、その通りに子猫を撫でる。すると、喉を鳴らして胸にすりついてきた小さな生き物に、少女はつぼみがほころぶように笑った。


「これからはずっと宮廷で過ごすことになるけれど、ご両親の傍を離れるのは辛くない?」


 フランシスを撫で回すことに熱中しているアンを眺めながら聞くと、少女ははっきりと首を横に振った。


「いいえ、陛下。アンは今とてもしあわせです」


 膝の上で落ち着いたフランシスを撫でる手を止め、少女が顔を上げる。


「お父様は、アンの夢をかなえてくださったのです」

「夢?」

「お父様から、陛下はとてもすばらしい女性だとお聞きしていて、ずっとおしたいしておりました。もっとたくさんお勉強をして、いつか陛下のおそばに仕えられるような、りっぱな淑女になることを夢見ていました」

「なるほど……」


 ベッドフォード伯爵にとっても、幼い娘を手放すというのは大きな決断だっただろうが、本人に前向きな希望があったのは後押しになったのだろう。


「じゃあ私も、期待を裏切らないように、立派な女王にならないと」


 頭を撫でて言うと、アンが反論した。


「そんなっ! 陛下はもう素晴らしい女王です!」

「ふふっ、ありがとう、アン。明日からは家庭教師をつけましょうね。立派な淑女になるために、たくさんお勉強しましょう」

「はいっ!」


 夢を追う少女は、子猫を膝に抱いて、とても良い返事をした。




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