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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第9章 スコットランド動乱編・後編
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第125話 少年王の求婚


「大変力強く、説得力のあるスピーチでした」


 議員代表団に大演説をぶった翌日、執務室で反応を聞くと、ウォルシンガムがそう評価した。


 議員代表団の様子を探るため、彼を代表団の1人に潜り込ませていたのだ。


「庶民院は今回の要請を取り下げ、補助金の認可を下ろす方向です。今後は、やはり女王の結婚問題は、枢密院に一任した方が良い、という見解で代表団の間ではまとまっていました。陛下にお目通りが可能な貴族院のメンバーは、近日中にでも許しを乞いに行くつもりのようです」

「そう、待っているわ。もし、まだ誰か不満で、何か私に理屈が言いたければ、枢密院に来てそこで開陳するように伝えます」


 この辺りは、ウォルシンガムではなく、セシルを通して下院議長に伝えさせる事柄だ。


「それと、補助金の3分の1は、彼らが私の主張を認めてくれたお礼に、辞退しようと思っているのだけど、どうかしら?」

「よろしいのでは。彼らの感激を買うには安い買い物でしょう」


 書き物をする手を止めずに聞くと、ウォルシンガムが同意してくる。

 平常運転の男に、私は1つ付け加えた。


「最後のあれ、あなたでしょう。良い後押しになったと思うわよ」


女王陛下万歳(ゴッド・セーヴ・ザ・クイーン)』の第一声目がウォルシンガムのものであることは、すぐに分かった。

 サクラで演出に一役買えとまでは指示していなかったが、雰囲気作りという点では、彼の名助演である。


「自然と湧き上がった敬意を言葉に表したまでです」


 謙遜し、ウォルシンガムは賞賛に分析を加えた。

 

「それにしても、よく計算されたスピーチでした。ここまで追い詰められた状況で、夫を迎えるという言質を取らせなかったのは見事です」


 そこは私の1番してやったりの部分なので、褒められて鼻高々に胸を張る。


「まぁね。とりあえず、当座の目的には役に立った感じかしら」


 無事に補助金の認可がおり、今後は後継者問題を公に議論されることを避けることが出来たなら、万々歳だろう。


「とはいえ、陛下が独身であるということに、多くの臣下や国民が不安を抱いていることは事実です。陛下ご自身の意志とは別に、女性が独り身を貫くということには、良からぬ噂や中傷も流れるでしょう。メアリー・スチュアートが存在する以上、カトリック派の陰謀も無視できない。今後も、結婚の意思がある素振りだけでも見せる方が得策かと」

「うーん……やっぱりそうなるわよねぇ」


 今回の件で、表面的には鎮火したとしても、後継者問題については、先送りにしたに過ぎない。


 カール大公の一件以来、やる気のない婚約交渉で相手を振り回すのも悪いな、という良心の咎めもあったのだが、そうも言っていられないか。


「……よし、出来た!」


 書き上げた書類を揃え、私は傍らに立つウォルシンガムに手渡した。


「ウォルシンガム、これ読んで」

「これは?」

「救貧法の改正案と、組織改革案の草案。私が方向性を決めて、ハットンと案を出し合って細かいところを詰めてみたんだけど、何か気になるところとか、質問があれば突っ込んで欲しいの」

「ハットンと?」


 軽く目を見開き、ウォルシンガムは手渡された書類にさっと目を通した。


 カール大公とのお忍びで市街を歩いてから、必要性はひしひしと感じていた懸案だが、仕事の合間にちまちまと構想を練りつつ、ハットンとああでもないこうでもないと話し合っていたら、出来上がるまでにかなり時間がかかってしまった。


「大きくは救貧行政の中央集権化と救貧税の制定ね。今まで地区ごとに任せていた貧民対策を、枢密院をトップとした集権的な組織体制に見直して、国として管理すること。これまで教会や一部の富裕層の献金をあてにしていた福祉を、全ての国民の義務として、一定の救済税を徴収すること」

「貧民を救うために税を徴収するのですか?」

「貧民の救済はただの慈善ではなく、社会秩序を保つための国家の義務であるという観点に立ちます」

「…………」


 ウォルシンガムは、しばらく私を見つめ、思索を巡らせていたようだが、やがて短く口にした。


「別の世界を見た気分です」


 そうなのだろう。私の考え方に、ハットンも初めは驚いていたが、持ち前の柔軟さを発揮してすぐに納得していた。


 この時代、貧民とはなるべくしてなった存在であり、犯罪者予備軍であり、どこの国も、治安を維持するために弾圧と排除によって、彼らを取り締まろうとしていた。

 彼らを救済するのは、あくまでも慈善事業であって、国家と国民の義務という考え方は存在しない。


 だが、21世紀では、社会福祉は当たり前の制度だ。

 勿論、価値観や常識、モラルの違い、インフラや生活水準、その他あらゆる社会条件が違うこの時代に、それらのやり方をそのまま適応することは出来ないため、どうすれば現実的に可能な福祉制度を作れるかに、大分頭を悩ませた。


 結局、出来そうなことからやっていこう、という結論に達した。


 組織改革と税導入が大きな柱ではあるが、貧民を区分するガイドラインの作成や、登録名簿の作成、労働可能貧民の収容施設と監督官の任命……諸々、1つ大きな改革を構想とすると、当然細かい部分の改革が付随してくる。


 到底、私1人の脳みそで賄えることではない。

 時間をかけて細かい部分を詰め、組織として実行していかなければいけないことだ。


「それでね、クマさんにお願いがあるんだけど……ハットンと2人、救貧法の調査委員会に入って欲しいの。これまで自発的な寄付で済ませていた救済金を、税の強制徴収となれば、反対する者も出てくるでしょう。今の調査委員会メンバーに、この改革の意義を理解させて、私の代弁者としてリーダーシップを取って欲しいの。お願いできるかしら?」

「陛下、何度も申し上げていますが」


 私の頼みに、ウォルシンガムが静かに告げた。 


「陛下は、私共にお願いをされる必要はありません。ただ、命令されればいいのです」

「……そうだったわね」


 私は女王だ。


「女王陛下が命じられることは、可能な限り正確に遂行します」


 胸にあてた右手の指先を揃え、謹厳な面差しでそう答えた彼に、忠臣という言葉が過ぎる。


 従順で実直な言葉は私に安心感を与えたが、同時に、王と臣下という明確な距離も感じさせた。







 一旦は議会の暴走を収束させたものの、私は再び周囲の不満を解消するため、また、孤立しやすい国家の安全保障のためにも、前向きに結婚を考えているブラフを立てなければいけなくなった。


 そして、有り難いというか何というか、縁談自体は、次々に舞い込んでくるのだ。



 長らく有力視されていたハプスブルク家との縁談が破断し、次に名乗りを上げたのは、なんと聞いて驚く、フランス国王シャルル9世だった。


 さすがにその話を最初にセシルに持ち込まれた時は、むせ返った。


 未だ17歳の若きフランス国王が、自ら手を挙げたのだという。


「シャルル国王は大変エリザベス女王陛下を恋慕っておられるとのこと、ご母堂のカトリーヌ・ド・メディシスを介し、陛下へ求婚の意志をお伝えするよう頼んだそうです」

「ははは」


 思わず、渇いた笑いが漏れた。


 会ったこともない11歳も年上の女王を恋慕していると公言して憚らず、何をするにも母親を介さないと出来ない病弱な少年王からの唐突な求婚を、大真面目に受け取れという方が難しい。


「向こうは本気なの?」

「計りかねますが、シャルル9世は不健康で情緒不安定なきらいがあり、全てにおいて母親に依存しているそうです。そのような少年の心情を計ることは難しいですが……カトリーヌ・ド・メディシスが弟のアンリを溺愛しており、兄弟間にかなりの軋轢があるという話は聞いています」

「母親の歓心を買うために、イングランド女王と結婚しようとしてる――とか?」


 首尾良くイングランドが手に入れば、そりゃあカトリーヌは喜ぶだろう。


 そんな動機だとしたら、鼻で笑い飛ばしてしまいそうになるが、国内の状況を思い、ふと真面目に考える。


「どうしようかしら……どう思う? セシル」


 私室に非公式にもたらされた宰相からの縁談話は、まだどこにも漏れていない最新の案件だ。


「一考の余地はあるかと思います」

「へぇ?」

「フランス側も、国内が抗争で疲弊している中、スペインが増長している状況には危機感を抱いているはずです。シャルル9世の突然の立候補がどのような思惑であれ、上手くいけばもうけもの、程度にはカトリーヌ及びフランス政府も考えることが予想できます。我々としても、ハプスブルク家の縁談を断った今、フランスと結婚同盟を結ぶと見せかけるのは、スペインに対する牽制になる」

「なるほどね……」


 スペインとの関係悪化が加速する中、フランスと手を結ぶという道は、選択肢の1つとして考慮する必要がある。


 数年前では考えられなかったことだ。


 本当は、カトリーヌさんとのガチでの化かし合いは、あまりしたくなかったのだが……


 そんじょそこらの男の君主より、よっぽど不気味だ。


「じゃあ、明日の枢密院会議ではその方向で話をしましょう。多分、相当反対されると思うけど、上手いこと丸め込んでね、セシル」

「そのつもりです」


 頼もしい宰相は、気負うことなく答えてくる。出来る男は格好良い。


 翌日の枢密院会議は、予想に違わず反フランス感情を残した委員達が反対したが、宣言通りにセシルが丸め込み、女王の本心がどうであれ、現時点ではスペインを牽制する目的でフランスと接近し、結婚話を俎上に乗せるのが得策だという形で説得した。


 大使を通して前向きな返答をしたイングランド政府に、カトリーヌがどういう反応をするかは見物だったが、今回の結婚にはかなり乗り気で、喜んでいる様子だという。


 それもどこまで本心かは分からないが、イングランドが手に入るかも知れないという状況では、彼女の野心がくすぐられたのは確かだろう。


 そうでなくともセシルの言う通り、彼らもイングランドと手を組み、スペインの増長に対抗する必要性に迫られていた。


 そうして、互いにどこまで本気か分からない、化かし合いの結婚交渉がスタートした。





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