第123話 レディ・メアリーの忠告
「我が弟と仲睦まじいようで大変結構なことですけれども」
その日の夜、ロバートとの寝室でのやりとりを一部始終見ていた、レディ・メアリー・シドニーが忠告した。
「陛下もよくご存じの通り、あの男はすぐに調子に乗りますの」
「うん、知ってる」
「ですから陛下、いくら適齢期が迫っているのに心を震わせる殿方が現れないからといって、弟などで妥協してはいけません。陛下には必ず相応しい方が現れます」
「そこに繋がるんだ」
結婚適齢期なら、近づくどころか過ぎ去ろうとしているのだが、一応言い方には気を遣っているらしい。
ベッドの上でフランシスを可愛がっていた私は、黒い毛並みを撫でる手を止め、傍らに椅子を置いて座るレディ・メアリーを見やった。
レディ・メアリー・シドニー。現ウェールズ長官ヘンリー・シドニーの妻で、何を隠そうロバートの姉である。
ロバートの3つ年上で、弟によく似た、目鼻立ちのはっきりした彫刻のような美女だ。
弟よりも色白で、髪の色は弟の赤毛に比べるとやや色素が薄く、金髪に近い。
長身で、女性にしては骨格もしっかりしており、中性的な雰囲気があった。なんというか、宝塚の男役っぽいというか。
この秋、寝室付き女官の1人が結婚して都合でロンドンを離れ、丁度欠員が出ていたところを、ロバートから彼の姉を推薦されて、新たに任命した。
話し好きなタイプらしく、寝室ではどちらかというと私の時間を優先してくれるキャットと違って、レディ・メアリーはガンガン向こうから話しかけてくる。
ハキハキとしたしゃべり口で自分の意見を言うが、教養に裏付けされた話しぶりは面白く、かといって口が軽いわけではない。
そのあたりは、女王のプライベートに1番近い寝室付き女官ということで、採用するにあたって私が最も注意深く見極めた部分だ。
父親の野心に巻き込まれ、一家もろとも滅亡という危機を乗り越えた過去が影響しているのか、はたまた元々の気質か、達観したサバサバとした女性で、私も付き合いやすかった。
それにしても、メアリー多過ぎである。
ちなみにロバートには、他に兄が1人と妹が1人いる。
兄はダドリー家の家督を継ぐため、父が残したウォリック伯爵位を継いでいた。
ロバートからは、女王が自分との結婚に傾くように傍で洗脳してくれ、という頼み事含みでの仕事斡旋だったようだが、この姉の意見は前述の通りである。
そんなことまでバラされてるロバートも、気の毒っちゃ気の毒だ。
まぁ、基本、姉とは弟の人権を顧みない生き物だから仕方がない。
「あの弟のことです。女王のハートを射止め結婚などしようものなら、すぐに調子に乗って、内外からの顰蹙を買うに決まっています」
さすが姉、よく分かっている。
「そうなれば、唯でさえ負い目のある我が一族、いずれ暗殺なりクーデターなりの標的とされ、宮廷が紛糾するのは目に見えております」
私がロバートを好きか嫌いかという問題ではなく、妻を暗殺したと広く信じられているロバートと結婚などしようものなら、それこそボスウェル伯とメアリーの逆パターンだ。
「我がダドリー家は、陛下にお救い頂いたご恩を決して忘れません。弟も、陛下への忠誠と愛にだけは溢れているようですから、どうぞ変わらぬご寵愛の上、良いように使って下さいまし」
一族の出世頭のロバートが失脚すれば、その影響は直接、彼女たち家族の身にも降りかかってくる。
先を見越して結婚という暴挙を牽制しつつ、そつなく売り込むレディ・メアリーに、この女性の視野の広さとしたたかさを見る。
夢見がちで楽天家な弟と違って、姉の方は現実的でシビアだ。
見た目は似てるのに、中身はかなり違う。
「などと、宮廷の男達を大変お上手に扱っていらっしゃる陛下に、今更ワタクシなどから申し上げることでもございませんでしたわね」
「そうかな……」
すでに結構、いっぱいいっぱいなんだけど。
ホホホ、と口元に手を当てて上品に笑いながら、最後に私を持ち上げることも忘れないレディ・メアリーの台詞に、勝手にプレッシャーを感じる。
わずかな女官を除けば、宮廷で官職についているのは、ほぼ全て男だ。
貴族もいれば庶民もいるし、無能なのもいれば有能なのもいる。
そんな彼らが、この宮廷という世界で権力を握ろうとしのぎを削っているのだ。
そして、彼らが望む権力を一手に握っているのが、この時代のイングランドでは国王という存在であり、国王は任意に、その権力を廷臣達に分配することが出来る。
あっちでこっちで、我も我もとピーチクパーチクする廷臣達のバランスを取るのは、かなり難しい。
嫌われるわけにはいかないが、かといって好かれるために何でもかんでも媚びを売ればいいというものでもない。
彼らを御す立場にある以上、舐められないように、毅然と望むことも大切だ。
国家繁栄という目的がある以上、そこに向かうために必要な最良の人材に最適な権力を与え、最高の奉仕を得るのが理想だが、その采配を全て任されるというのは、これまたかなり難しい。
常にその時その時、私なりに最善と思える道を選んでいるつもりではあるが、実際どこまで出来ているかは自信はない。
私の2つしかない目では、見えていない部分もたくさんあるはずだ。
それでも、選んだ人材を信じて、精一杯やっていくしかないんだろうけど。
溜息をつき、私は読みかけの本を取ろうと枕元の棚に手を伸ばしたところで、ふと思い出した。
……そういえば、あれどこやったっけ?
以前、セシルからもらった、私の結婚相手候補たちの査定がまとめられた通信簿だ。
アレいつだっけ。カール大公の来英中だから、もう大分前の話だが、記憶をたぐり寄せてみる。
確か、眠かったから、その辺にあった読み終わった本の間に挟んで、そのまま寝て……
「レディ・メアリー。いつも、私が読み終わった本ってどうしてたっけ?」
「陛下にお声をかけて、読み終わっていらっしゃるようなら書庫に片付けておりますけど」
そういえば、あの翌日も、朝起きた時に「読み終わりました?」となんとか聞かれて、「うん」と答えたような……
朝にとことん弱いため、寝起きの会話などほとんど無意識に近い。
「書庫か……取ってこようかな……」
もう夜遅いし、明日になるけど。
なにげに書庫は別の塔にあるので、めちゃくちゃ手間だ。正直面倒臭い。
もう終わったことだし、見返すこともないだろうしな-。っていうか今まで忘れてたし。
王室用の書庫に保管している書物だから、挟まったままだったら誰の目にも触れないだろうし。
「いいや、明日考えよう」
呟き、布団に潜り込む。
「フランシス、寝よっか」
「みぎゃ」
体勢を変えられ、膝から下りたフランシスを布団の中に誘い込む。
布団をちょっと持ち上げて隙間を作ると、そこからするすると潜り込んできた。
「お前あったかいねー」
もふもふの毛並みを楽しみつつ、踏まないように寝る体勢を整える。
「おやすみ、レディ・メアリー」
「お休みなさいませ。陛下、フランシス」
こういう時、ちゃんとフランシスの名前も呼んでくれる、レディ・メアリーが私は好きだ。
小さな生き物の温もりを感じながら、幸せな眠りに落ちた私は、翌日には、例の通信簿のことなどすっかり忘れていた。




