第116話 女王のお楽しみ
五月祭の翌日、久しぶりに、メアリーからの手紙が届いた。
『生まれたわよ!』
1行目から、ドヤ顔が目に浮かぶ太文字である。
『とうとう生まれたわよ! 子供産むの初めてだったけど、超きつかった! 軽く死ねると思った! 死なないけど!』
うん、お疲れ。
『そっちで何言われてるか知らないけど、これだけははっきり言っとくわ。ジェームズは間違いなくあのろくでなしの子よ! リッチオは確かに頼りになるイイ奴だったけど、普通に臣下。よくて友達。だいたいアタシ、ブサメンに興味ないし!』
最後の一文に説得力があり過ぎる。
『あー、でも本当に、重みが取れた感じ。これでもうアイツの子供産めとか言われなくて済むんでしょう? この子には元気に育ってもらわないと、アタシのために!』
どこまでも利己的で姐さんカッコイイっす。
本人いわく結構な難産だったらしいが、母子ともに健康な様子がうかがえる。
色々突き抜けた内容から、どれだけマリコが開放感を味わっているのかがよく分かった。
この時代の女性は、世継ぎの男児を産むのが使命だ。
21世紀生まれのマリコも、この時代のプレッシャーの中に晒され、自然とその重みを感じていたらしい。
弾けたくなる気持ちは分かる。が、若干弾け過ぎているような気がしないでもないが大丈夫だろうか。
『もう女の大任も果たしたし、自分の好きなように生きちゃっていいわよね?!』
えっ?
今まで自分の好きに生きてなかったんすか?
という驚きと、
今から何やらかすつもりですか?
というおののきを同時にもよおす。
それ以降、マリコからは、以前ほどの頻度ではないが手紙が届くようになり、私は彼女の近況を知ることができた。
内容は、もっぱら子どものことに終始していたが、女王ともなると子育ては乳母や教育係が数名ついて行われるので、あまり育児の苦労のようなものは感じられない。
ダーンリー卿とは完全に別居状態であるため、意識もしていないのか、あえて無視しているのか、一切名前が挙がることはなかった。
代わりによく名前が挙がるようになったのは、先の『王の反乱』で反乱軍を鎮圧する際に活躍し、女王の信任を得るようになった総司令官のボスウェル伯ジェームズ・ヘップバーンで、マリコは親しみを込めてアタシの熊さんと呼んでいた。
なんか真似されたんですけど! 丸パクリなんですけど! せめてひねって欲しかったんですけど!!
意地でも熊さんなどと呼んでやる気はないが、最近のお気に入りはこのボスウェル伯らしく、最側近に返り咲いたモレー伯やメートランドと共に、政治に関しては、すっかり彼らに任せきっているようだ。それはそれで平和でいい。
手紙を読む限りは全てが順調にいっていて、幸せそうに見えた。
表面上は。
『熊さんとお兄様とインテリがいれば、うるさい貴族たちも大人しくなるでしょ。後は、あのロクデナシをどうにかしたいんだけど……』
このどうにかしたいの意味を、私は、この時点では、かなり軽く考えていた。
※
マリコが生まれたばかりの息子を愛でている頃――私は、密かに別のものを愛でていた。
「今日もいるかなー」
不信心っぷりには自信がある元21世紀日本人天童恵梨も、似非プロテスタントとして毎朝のお祈りは欠かしていない。
日課になってしまうと別段苦でもないのだが、私はつい最近、毎日通っている礼拝堂の裏に、あるものが住み着いていることを発見した。
野良猫の親子だ。
ネコたん!!!
何を隠そう大の猫好きである。
どうやらこの春に子供を産んだらしく、礼拝堂の裏の茂みの中で、3匹の子猫と母猫を見かけることが増えた。
時間や日によっては、姿を見ないこともあるのだが、朝の早い時間だと、ほぼ必ずいることが分かり、私は日課の散歩をカットし、礼拝堂の裏口から出て、庭で子猫を眺めるのが趣味になっていた。
「野良猫を可愛がる女性は多いですが、陛下の愛で方は独特ですね」
朝の散歩時間が子猫観察時間に化け、必然的に付き合わされることになったウォルシンガムが、棒立ちで呟いた。
愛でるといっても、自分からは近寄らない。
遠くからしゃがんで、息を潜めて見ているだけだ。
「だって近づいたら警戒して逃げちゃうんだもん。せっかくの猫だんらんを邪魔したら悪いかなって」
しゃがんで、母猫のお乳を吸う子猫たちを眺めながら答える。
色とりどりのちっちゃい頭が、母猫の腹の上でもそもそ動いているのが可愛い。
「餌は与えないのですか」
「うん、『野良猫にえさを与えてはいけません』って教えられたから」
昔から犬や猫は飼っていたし、捨て猫を拾ってきたこともある。
だが、野生で生きている彼らに、無責任に餌を与えることはしないようにしていた。
そんなことをしたら、どんどん集まってきてご近所さんのご迷惑になってしまうし、野良には野良の社会があるはずなので、野生で逞しく生きる彼らに中途半端な情けをかけるのは気が引けた。
「気まぐれにあげても毎日続けるわけじゃないなら、かわいそうでしょ。かといって、下手に毎日続けたら、増えて手に負えなくなっちゃうし。そこまでするなら責任持って家で飼った方がいいと思うもの」
だからあげない。でも可愛いから見る。
だが、見てるだけで何十分も居座り続ける私に付き合わされ、ウォルシンガムは飽き飽きしているようだった。
「そんなにお好きなら飼われては。世界中の珍獣を集めて飼育する趣味を持つ王侯貴族もたくさんいます」
別にそういうコレクター魂はない。
「うーん、でも、どんどん増えちゃうでしょう。この時代の技術だと去勢もかわいそうだし。処分なんてもっての他だけど、かといって宮殿が猫屋敷になっても困るし」
人にあげるという手もあるが、女王が猫など配り出したら、それこそお猫様状態になってしまうのではなかろうか。
「1匹だけ飼うならいいけど、可愛くて選べないし……1匹だけ連れ去ったら、選ばれた子も選ばれなかった子もかわいそうでしょう。母猫だって、目の前で自分の子が取り上げられたら……」
「そこまで猫事情に配慮する人間は初めて見ました」
呆れたような皮肉も、慣れっこなので取り合わず、私は隣に立つ男を振り仰いだ。
「ウォルシンガムも忙しいでしょ、帰っていいわよ。私ここにいるだけだから」
「そういうわけにはいきませんが、明日からはハットンに任せます」
やっぱり飽き飽きしていたらしい。
そんなわけで、翌日から猫友はハットンに変更された。
「見て見てヒツジさん、あの繁みの陰」
「あ、見えました! うわ、まだかなり小さいですね。いいなぁ可愛いなぁ」
礼拝堂の裏口をくぐり、指を差すと、ハットンが歓声を上げた。ウォルシンガムと違って、反応が素直で可愛い。
「みんな色が違いますね」
「個性があるわよねー。あのみかん色の子と、灰色で靴下はいてる子が仲良しで、よくじゃれて遊んでるの」
私の隣で付き合ってしゃがみ込んでいるハットンが、乗っかったりひっくり返ったりしてじゃれ合う2匹を見て目元を和ませた。
「あはは、本当だ。元気ですね。あの真っ黒な子は、あまり動かないですね」
じゃれあう兄弟から少し離れたところに、全身真っ黒な子猫が丸まっていた。遠目に見ると、どこに顔があるか分からない。
「うん、あの子はいつも大人しいの。身体も小さいし、ちょっと弱いのかも」
心配な気持ちで見つめる。
元気に育てよーと念じながら、しばらく愛らしい子猫の姿を堪能した。
ハットンが楽しそうに呟く。
「なんか、見てて飽きないですね」
「ほんとほんと。日々の疲れが癒されるわー」
年寄りじみた台詞を口にすると、ハットンが苦笑した。
「陛下は、最近特にお疲れのようですね」
「んー、っていうか……精神的にね。メアリーが息子を産んでから、周りのプレッシャーが凄いのなんのって」
「カール大公をお断りしたことで、余計に陛下の独身で生きたいという主張が真実味を増して、皆焦っているんでしょうね」
溜息混じりに愚痴った私に、ハットンがやんわりとフォローを入れた。
「でしょうねー。私は子どもいなくても、ここで可愛い子猫を愛でられたら十分なんだけど」
「ははは」
重臣たちが聞いたら倒れそうな本音を呟くが、ハットンは笑って受け流してくれた。
「今日は、これくらいにしておきましょうか。付き合ってくれてありがとう、ハットン」
「いえ、僕も動物は好きなので、見てて楽しいです。やっぱり、子どもは可愛いですよね」
「そーそー。小さい子って、なんであんなに可愛いのかしら。癒されるわー」
裾を払って立ち上がり、私たちは猫の親子に別れを告げて、裏庭を後にした。
「あー可愛かった! 今日も頑張るぞー」
1日の始まりに目の保養をすると、気力が湧く。
声に出して伸びをしたところで、ハットンに言おう言おうと思っていたことを思い出す。
「あ、そうだ。実はね、ハットンに協力して欲しいことがあるんだけど」
「何でしょうか? 陛下のご命令であれば、何なりと」
「新しい救貧法の改正案を考えてて、骨格は出来たんだけど、1人じゃ細かい部分で煮詰まっちゃって」
仕事の合間にひとりで構想を練っていたので、時間がかかってしまったが、そろそろ私の脳みその容量を越えかけているので、理解者の協力が欲しかった。
私の答えに、ハットンが驚いて目を見開いた。
「そのような大役を、僕が仰せつかってよろしいのでしょうか?」
「セシルは忙しそうだし……それに、多分ハットンが1番理解してくれやすいと思うの。ダメかしら?」
「滅相もない! 喜んでお引き受けします!! 陛下のご期待にお応えすることこそ至上の喜びです!」
うおっ。笑顔が眩しい!
よほど嬉しいのか、キラキラと瞳を輝かせるハットンスマイルにやられる。
やっぱり小さい子は可愛い。




