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処女王エリザベスの華麗にしんどい女王業  作者: 夜月猫人
第8章 スコットランド動乱編・前編
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第108話 変わりもん同士


 ものすごく割り切れない気持ちにさせられながら、何も買わずに店を後にした私たちが通りを歩いていると、前方から継ぎはぎだらけのボロ着をまとった男が歩いてきた。


 同じ通りの逆側では、華やかな大道芸に人が集まっているというのに、なんとも辛気臭い光景である。


「陛……おっかさん、こちらへ」


 その汚い男を警戒したケアリーが、さりげなく私を自分の後ろに回し、男と距離を取る。


 悪臭をまき散らしながら、片足を引きずって歩く浮浪者と、すれ違おうとした――その時。


「うわっ!?」


 急に、さっきまで足を引きずっていた人間と同一人物とは思えぬほどの動きで、ちょうど大道芸に気を取られていたカール大公に突進した男が、タックルをかました!


 そのまま、男は近くの路地裏へと一目散に逃げていく。


「殿……大丈夫か!?」

「ケアリー、今の男!」

「はいよ!」


 顔色を変えたラベンスタイン男爵が大公に駆け寄るのと、私がケアリーに指示を出すのは同時だった。


 だが、それよりも早く、イケメン従者が動いた!


「うおっ?」


 飛び出したケアリーの前をすり抜け、男の後を追った若い方の従者が、すさまじい健脚で追いつき、男が入り組んだ路地裏に逃げ込む前に、その襟首を捕まえる。


「痛ぇ!」


 悲鳴を上げた男のバランスを崩して押し倒し、上から組み伏せた従者は、なおも逃げ出そうともがく男の頭を殴りつけて気絶させた。


 この間、およそ15秒。


 あっという間に終わった活劇に、呆気に取られて眺めていた私は、思わず呟いた。


「さすがイケメンね。動きもイケメンだわ」

「陛下……その評価、俺が切なくなるんスけど」


 出し抜かれたケアリーが、肩を落として呻く。


「陛下って呼ばない」

「さーせん、おっかさん」


 などと言っているうちに、イケメン従者がずりずりと男を引きずりながら戻ってくる。

 足元に投げ出された身体を、職人の恰好をした髭従者の方が改め、気絶した男の懐から金袋を奪い取った。


 男がぶつかってきた時に、カール大公が奪われたものだ。


 この男は、身障のふりをして油断させ、強奪を行う窃盗犯だった。


 近くに身なりの良い紳士階級の人間がいたにも関わらず、わざわざ職人の徒弟を狙ったのは、大公が隙だらけだったからだろう。


 その騒ぎを、通りを歩いていた物見高い人間たちが立ち止まって振り返るが、小悪党が1人のされただけだと知ると、興味を失ってまた人の流れの中に帰っていく。


 まるで、それがなんてことのない日常だとでもいうように。


「ケアリー、役所に引き立てていって」

「了解しました」


 ここは外国人である彼らより、役人に顔の利くケアリーが行った方が話が早い。


 窃盗犯は、捕まれば鞭打ちだ。


 大公には幸い怪我はなく、ぶつかられて尻もちをついた程度で済んだようだった。

 私たちは2人の従者に守られたまま、その場でケアリーが戻ってくるのを待った。


「浮浪者です。2、3か月前に地方で職を失って市内に流れ込んできて、それからはこんなことを繰り返してたようです。人の気を引きやすい大道芸なんかがやってて、すぐ逃げ込める路地裏の近くで、年寄りや弱そうな子供を中心に狙うもんだから、なかなか捕まらなかったみたいですね」


 戻ってきたケアリーが、簡単な事情聴取の結果を教えてくれる。


 金を持っていそうな人間よりも、成功率の高そうな小物を狙う小悪党だったようだが、健康な成年男性なはずなのに狙われた大公は、どれだけチョロそうに見えたのか……


 なんか、常にぼーっとしてそうに見えるからなぁ。


 これで、ちょいちょい身分を偽って出かけているというのだから心配になるが、あのやたら素早いイケメン従者が守ってくれているなら大丈夫なのか。


「今に始まったことじゃないですが、こういう、不景気で職を失って、迷い込んだ貧困者が犯罪を働くケースが増えてるんですよねぇ。もう収容所もいっぱいですよ。女王陛下の治世になってから、死刑の適用範囲が狭まったでしょう。正直、働かずに犯罪犯して食ってる奴なんて、全員ぶっ殺してやってもいいと思いますけどね」

「そういうわけにはいかないわ。彼らだって、働きたくても職がないんだから」

「それが、働けるくせに、働かない方が楽だから浮浪者やってるやつも、結構いるんすよ。そういうやつらが乞食稼業でお恵みを頂戴しようなんざ、反吐がでらぁ」


 言い捨て、ペッと唾を吐いたケアリーを、私は軽く小突いて注意した。


「唾吐かない」

「さーせん、おっかさん」


 肩をすくめて謝ってくる。

 私はため息をついて、先ほどのケアリーの話を反芻した。


「そうね……一口に浮浪者が問題だといっても、色々いるのよね。働けるのに、ただの怠惰で人のお恵みに与ろうとする者もいるし、簡単に犯罪に走る者もいる……でも、本当に身体が悪かったり、働けるだけの能力がなくて、人の善意に縋るしかない人間もいるのよ。ちゃんと区別をしないと、不幸なことになるわ」


 それは、前々から問題意識としては浮上していた事柄だ。


 失業率の高さと、急増する浮浪貧民が社会不安や犯罪の温床となっていることは以前から指摘されていて、これらの問題に対処する最善策を研究するための委員会は、即位1年目に発足させた。


 失業問題に関しては、根本的な解決は国内産業の発展と雇用の拡大にしかなく、それはもう1つの課題である景気の回復と表裏一体だ。


 国内産業の育成と貿易の促進は、即位当初から積極的に取り組んできたが、今1つ手が回り切っていなかったのが、現時点での「落ちぶれた人たち」の群れへの対策だった。


 浮浪者層の取り扱いという難問は、ヘンリー8世の頃から問題視されており、こういった者たちを取り締まるための救貧法が発令された。


 この法令では、病気や身障で働けない者には物乞いの許可を与え、健常な貧民には強制労働を課すというもので、貧民の救済と言うよりは、犯罪者に転化しやすい浮浪者達を厳しく取り締まるのが目的だ。


 そのため、健常な貧民への仕打ちがあまりにむごく、また、実際に犯罪を働けば、それがただ物を盗っただけでも死罪となるような行き過ぎた厳罰主義を問題視し、私の代で死刑の適用範囲を狭め、貧民の救済制度の充実を図るように委員会を設置した。


 現実問題、こういった貧民救済の公的扶助は制度として不完全で、ほとんど各都市と教区に丸投げされている状態だった。

 当然、足並みも揃っていなければ、政府の方針も伝達されにくい。


 これまで貧困者の救済措置のほとんどは、各区域の修道院の慈善事業に頼っていた。だがその従来のシステムも、ヘンリー8世の宗教改革による修道院の解散で、崩壊してしまった。


 その上、失業者の増大やインフレが重なり、各地区の富裕層が任意に拠出する資金では、到底まかなえるものではなくなっていた。


「やっぱり、救貧法の改正は絶対に必要ね……」


 このままにはしておけない。


 研究委員会は、財源の確保という大命題の前に躓いているようだったが、従来のやり方を修正する程度では、どうにもならないだろう。

 抜本的な構造改革が必要だ。


「ハムちゃん、ごめんなさいね。危険な目にあわせてしまって。我が国の恥ずかしいところを見られてしまったわ」

「いえ。こういうことは、どこでもあることですから。貴女が無事で良かった」


 前歯を見せて笑いながら、カール大公がのんびり付け足した。


「それに、こういう時のために、僕はほとんどお金を持ち歩かないようにしてるんです。よく狙われるんですよねー、なぜか」


 まぁ、理由はよく分かるけども。


 全然気にしてないような大らかさに、軽く脱力する。


「変わった御仁だなぁ……」


 横で見ていたケアリーも、呆れ半分、感心半分に呟く。


「変わりもん同士、お似合いかもしれませんねぇ」

「何か言った?」

「いやなんでも」


 私が軽く睨むと、ケアリーはわざとらしく目を逸らしてごまかした。




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