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絶望と希望の依頼人⑤

 翌朝、子猫を前にしてダリアは途方にくれていた。


 「子猫って、なにあげたらいいんだろ」


  昨日の晩は、夕飯を作るときに鳥胸肉を裂いて上げた。


  昨日、取り置いておけばよかった。確か、チョコレートと、葱類がダメだって聞いた記憶はあるけど、他はなにがダメなんだろう?


 「人間の食べるものは、味が濃いって言うし……」


 ダリアが今日、朝ごはんとして用意しているのは、黒パンのサンドイッチとミルクで、サンドイッチの具に、昨日の残りを使っているが、味付けがされている。


 「ミルクって、薄めても危ないんだったかなぁ」


 昔、実家で猫を飼っていた。けれど、記憶になんて、ほとんど残っていない。僅かにある記憶を懸命に思い出す。


 「そう言えば、湯掻くだけ湯掻いて、使わなかった栗色豆があったっけ。うーん、裏ごししちゃえば大丈夫かな?」


 あげてた気がするし。




 「っと、こんな感じかな。ほーら、猫ちゃん。ご飯だよー」


 日のあたる場所で丸まって、ウトウトとしていた子猫を呼び、水と、裏ごしした栗色豆を小皿にのせ、近付いてくるのを待つ。


 まだ、寝たりないのか、クワっと、あくびをしながら、おぼつかない足取りで、フラフラと、水の小皿に口をつける。


 それを確認して、ダリアも朝食に手を付けながら、今日の予定。と言っても、昼過ぎにアーサーが来ることだけだが。を、反すうした。


 「お昼過ぎにアーサーさんくるから、それまでにしておくことあったかな?」


 視界の端に、子猫をいれ、パクリと、サンドイッチをかじる。咀嚼しながら考えるのは、ちょっとしたこと。


 ミルクで最後の一口を流し込み、裏庭の井戸から汲んできた水をタライに移すと、その水でお皿とコップを濡らし、オレンジの皮で洗い、フキンで水気を取って、棚に直す。


 「猫ちゃんも、食べ終わったみたいだね」


 同じように、みかんの皮で洗い、けれど、こちらはフキンで拭かずに、立てかける。


 「さて、それじゃあ、アーサーさんが来るまで、まだまだ時間あるし、ちょっと頑張ろ」


 ご飯を食べて、満腹になり、先ほどより、更に眠そうな子猫を抱き上げ、ダリアは工房に下りる。子猫は陽だまりの上において、一つ笑う。


 どうしよう、可愛い。すっごく和む。



 突っつきたい衝動に駆られながらも、眠りを妨げちゃいけないと、思い止まる。このまま。子猫と住むとしたら、忍耐力が必要不可欠っぽい。


 「ダメダメ、起こしちゃ可哀想だもん。うーん、見本にもなって、在っても邪魔にならない、護符布、作ろっと」


 ダリアは、作業机と平行に設置されている棚から、巻かれたリボンを一つ、瓶に入った、絵具を三本、水に油を溶かしたような、透明の中に、虹色が揺れる水のボトルを一本を、取り出す。


 「魔術学園があるんだから、魔力増幅と、守護の効果がいいよね!」


 作業机の上は、段差が付いていたり、突起があったり、凹んだりと、普通の机とは、有様が異なる。その中の一箇所、椅子に座ると、ちょうど目の高さにある、コの字型をした棒にリボンを取り付ける。


 空中に浮いたリボンの端を、弛まないように先ずは、そのまま直角に下ろして固定し、そこから、皺が寄らないように、弛まないように、机の側面まで引っ張って、邪魔にならない数箇所も同様に留めて行く。


 「威力混ざり合って、相殺しないようにしなきゃだから、三番かなぁ」


 キャスターと横に取っ手の付いた、腰の高さくらいの本棚を引き寄せる、椅子を斜めにしているので、バランスを崩さないように、手を伸ばす。革表紙に記されたタイトルは、『ギの魔具師専用①』。一体何だか、見当も付かない。


 けれど、ダリアはそんなことを気にせず、タイトルを確認して間違いがなかったようで、目当てのページを開き、本を置く用に作られた位置に置く、開いたまま固定される仕組みだ。


 絵具瓶に、入れっぱなしの木匙で、お皿に絵具を出していく。色に多少の違いはあれど、三色とも、赤い、血のような色。リボンは、エメラルドの光沢を持っていて、向きによって暗くなったり、明るくなったりする。


 虹色水を、すべての絵具に量って入れていく。一つ目のお皿には小さじ三分の一、二つ目は三分の二、三つ目は三分の三。水を入れたはずなのに、濃度や粘度に変わりはなさそうで、けれど、僅かな光沢がプラスされていた。


 「これで準備は大丈――あっ、筆!」


 本棚の中段に、立てていたブリキの缶を持ち上げる、何本も刺さった中から、二本、抜き出す。


 「リボンに描くから、一番細いのと、刷毛。うぅん、こっちの太いタイプの筆の方がいいかな」


 缶を元の位置に直し、一本は絵具の横に、もう一本は虹色水の中に入れる。


 「ここからは、時間勝負!」


 短く息を吐き、半眼で意識を集中する。


 おもむろに、筆を持ち、最初に付けるのは、水が一番少ない赤。よどみなく、描いて行くのは、幾何学模様と文字の中間の様な、フシギな陣。いつの間に起きたのか、子猫が、邪魔にならない位置から、興味深そうに眺めている。


 そのまま、筆を洗わずに、二番目の絵具で、先ほど描いた陣の上に、同じようで少し違う陣を描く。重なり合った場所は、色が混ざり合うことなく、よく見ると、描いた瞬間から乾いている様だ。


 三番目、水が一番多い絵具を乗せるのは、先の絵具が重なった以外の部分。はみ出さないように、丁寧に色を付けてゆく。


 書き上げられた陣は、文字ではなく、陣とも思えない、綺麗な模様に仕上がっていた。


 「ふぅ、こんな感じかな?」


 少し椅子を引いて、全体を確認し、満足が行ったのか頷くダリア。


 そして、姿勢を戻し、虹色水に入れていた、太い筆で陣の部分を濡らしていく。すると、一番目の絵具はそのまま赤を保ち、二番目は藍色に、三番目は緑色に変化して行く。


 「うん! 陣、ミスってないから、成功! ちゃんと、青と緑だから、大成功」


 青は魔力増幅、緑は守護の効果を持つ色だ。完成品は、エメラルドに、赤青緑の三色で陣が描かれたリボン。幅は3cmくらいだろうか。


 「猫ちゃん、おいで」


 じっと作業を見ていた子猫を呼ぶと、足にすりよって、そのまま座る。見上げるのはダリアだ。


 「じっとしててね」


 首元を撫でて、出来たばかりのリボンを子猫の首に巻く。蝶結びを邪魔にならないように、けれど大きめに作る。その方がカワイイ。


 「うん、出来た。飼い主さん居たとしても、これくらい、いいよね? それに、また襲われたら大変だもん」


 魔力増幅は必要ないだろうが、守護は役に立つだろう。そんな、軽い気持ちで、巻いたリボンだった。


 後ろで結んだため、一生懸命見ようと首を捻っては回ってこけかける子猫。


 それを少しの間、眺めて和んで、ダリアは再び、陣を描くために作業机と向き合う。


 「時間はそんなに掛からなかったから、もういくつか出来るかな? アーサーさんにも要らないか聞いて見よ」

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