絶望と希望の依頼人④
オレンジ色に染まっていた空に、藍色の帳が降りる頃、ようやくアーサーの掌の赤みは引いた。
「もう、大丈夫でしょうか? 予想以上にかかっちゃいました。あっ、学園って寮制ですか? 時間……」
「問題ありませんよ。寮に住んでますが、僕の回生だと門限は関係ないのです」
やはり、最初は緊張していたのか、慣れてきた様なアーサーはニコッと笑ってダリアに返す。
ダリアの方も、自然と笑みを零し、よかった。と、呟く。
「それでも、時間は時間ですし、お暇させていただくとしましょう」
「いいえ、こちらこそ。火傷させちゃってごめんなさい――」
「ふむ」
「私が、もう少しきちんとしてたら、防げてたのに」
初めてのお客さん。と、言っていい人に、してしまった暴挙? を思い出し、項垂れる。
「こちらも、悪いのでお気になさらず。そうですね、それでも気になると言うのでしたら――」
「でしたら?」
「手伝ってもらう。と、言うこともありますし、言葉崩して、もっと自然体で行きましょう。お互いに」
「自然体ですか?」
いいことを思いついたとばかりに、手を叩いてアーサーは、提案する。
首を傾げて、ちょっと考える。お客様にいいのかな?
「でも、ジギルさんは――」
「はい。まず、僕のことはアーサーでお願いします。僕も貴女のことをダリア君と呼びます」
「アーサー……君? アーサーさん?」
「それは、どちらでも構わないですよ。それで、僕の敬語はクセですが、ダリア君は違いますよね?」
たまに、話し方変わってましたし。
今までと違い、少しからかい混じりの含みを感じて、ダリアの頬が熱を持つ。
でも、ちょっと仲良くなれたみたいで嬉しくて、けれど、ちょっと悔しくて、頬を染めたまま、話を逸らす。
「うー、じゃあ、アーサーさんって呼ばせてもらうね。けど、敬語は急には無理、です」
「ふふっ、まぁ、それは追々。これから一緒に、魔獣を捕まえるのです。余りにも他人行儀なのは、頂けません」
アーサーは自然体と言った。それならば、それならば……
「じゃあ、アーサーさん。私も一つ、いい、ですか」
「はい?」
「えっと、えっと――」
言いよどむダリア、言葉を待つアーサー。
急かされなくて、慌てないけど、中々言い出せずに、口を開いては閉じるを繰り返す。
「わっ、私と、お友達になってください!」
キョトと、アーサーの瞳が瞬く。
「なんだ、そんなことですが」
「うぇ?」
頭を下げたまま、顔を上げるのが怖くて、体制を維持するダリアの上に、アーサーの呆れ声が落ちる。
やっぱり、唐突過ぎたんだ。
そのまま、後悔で押しつぶされそうになって、穴があったら入りたい心境に駆られて、ダリアは百面相を繰り返す。
けれど、次に降ってきた言葉は、呆れなんかまったく含んでなくて、ダリアが望んだ言葉だった
「自然体に、と言った時点で、僕としては友達として。と、同意と考えていました」
「それじゃあ! ――」
ガバっと、音が聞こえるほど、ダリアは頭を上げる。
「はい、何か、改めて言うと恥ずかしいですが、こちらこそ、喜んで」
はにかんだアーサーは、優しい眼差しで、ダリアに向かう。
確かに、恥ずかしくて、けれど、なによりも嬉しい。
「さて、それでは。本当に、暗くなってきたので」
「あっ、はい」
「では。そうですね……また明日、お昼過ぎに訪ねさせて貰いますね。色々と、話し合わないといけないことがあります」
「そうですね、私も少し魔獣に付いて調べて見ます」
今度こそ、扉から出るアーサーを見送って、ダリアは鍵を掛ける。
「これ、一応お手伝いだよね? 仕事にならないけど、修行にはなるのかなぁ?」
二階から下りてきて、今まで、部屋の隅で丸まっていた仔獣が、足に擦り寄ってきた。
「見たことない感じだけど、この仔も猫だよね、多分。うーん、どうにかしなきゃいけないけど、誰かに飼われてたの?」
聞いても、返答なんてないことがわかっているが、ダリアは、仔獣を顔の高さに持ち上げ、視線を合わせる。首輪は付いてないし、けれど、人には慣れてる様に感じる。
現に、最初こそダリアを威嚇し、引っかいたが、今は見る影もなく、ゴロゴロと擦り寄って来ており、抱き上げても抵抗一つしない。
そう言えば、アーサーには近付かなかったと、今更ながらに思う。偶然だろうか?
「もしかした、女の人に飼われてたのかなぁ……そう言えば、セシル君が自警団が居て、何でも屋扱いになってるって言ってたよね」
明日、アーサーが来たときに聞いてみてもいいかもしれない。
「もし、飼い主さんが居なかった、猫ちゃん、うちの子になる?」
首を傾げて、話しかける。一人暮らしは、思ってたより寂しい。この仔が居てくれたら、少しは楽しくなるかもしれない。
「うーん、飼い主さん居るかもだから、捜さなきゃだけど、この仔、可愛いもんね」
抱き続けても、まったく抵抗がないので、ダリアは抱いたまま、歩く。
「取り合えず、今日は一緒に寝ようね!」
ニーと、あがった、小さな泣き声が、了承の返事に聞こえて、ダリアは足取り軽く、二階へと続く階段を上って行った。