絶望と希望の依頼人①
一章突入です。
ギルベルに来て早一週間。早くもダリアは挫けかけていた。新規店の宿命と言うか何と言うか、客が一人も来ないのだ。そして、挨拶に回った近隣の店や職人さんには会って早々励まされた。そんなにダメっ子に見えるだろうか?
「やっぱり、恥ずかしいって言ってられないし……チラシ配る方がいいかなぁ」
ダリア自身、簡単に依頼が来ないことはわかっていた。工房の登録所で書類を書いて、簡単なアイテムを収めて、登録はしているが、如何にかして名前を売らないといけないことを。
チラッと、机の上に置いた紙束を視界の端におさめる。工房の片づけが一段落して、一番最初に作って、一回配りには行ったのだ。大通りに面したお店の前で、お店の人に許可を貰い。
これは、ダリアの問題で、渡そうと思っても声を掛けられなかったのだ。萎縮して。
もう、どうすればいいんだろう。
情けなくて泣けてくる。
「うじうじしてても仕方ないよね、行こうかな」
腰重いけど。
「お店の人、いつでも配っていいって言ってくれたし」
意識を入れ替え、自身を奮い立たせ、ダリアはチラシを手に立ち上がる。頑張らないと。これも修行と思おう。
「よしっ!」
マントをはおり、鍵を掛ける。見上げた看板には『魔具工房・アルビレオ』の文字。これは、セシルが出立前に持ってきてくれたダリアのための看板だ。文字以外にダリアの花の彫り物が可愛い。
大通りに出るには、急勾配の細い階段を三つ、通り抜ける。段差に作られた都市だからか、何段目になに。と、言う感じに区画が分かれている。因みに。ダリアの工房がある職人区画は17区画だ。
セシルに聞いた話だと、小さいのも数えると100近くあるらしいが、大きい区画は30だ。それでも十分多い。
前回と同じように、お店の人に声をかけ、道行く人を眺める。狙うは魔術学園の生徒。同年代の女の子。
「すっ、すみません。新しく出来た……~」
制服を目印に、声を掛けるが撃沈し、ダリアは肩を落とす。
そして、次に声を掛けるのを躊躇してしまう。迷惑かもしれない。
やっぱり、無理なのかな。
「うぅ……」
オレンジ色を背負い、ダリアは階段を下りる。今は大通りを見たくなくて、細い路地に入ってそのまま区画を下って行く。結局一枚も配れなかった。
これで、一人前って言えるのかな?
思わずため息が出る。幸せが逃げるなんて考えない、幸せじゃないし。
「ガルル……シャー!」
「ぅん?」
ふいに、どこからか威嚇するような動物の鳴き声が聞こえた。近い。
俯き気味だった頭を持ち上げ、きょろきょろと辺りを見回す。
「あっ!?」
少し離れた階段の上で、傷だらけの小さい仔が、襲いかかろうとする大きな猫を威嚇している。
「どっ、どうしよう? ……助けないと!」
意を決して、二匹に近付くと大きい方は、人間の気配を察してかパッと走り去り、傷だらけの仔だけが残った。
「触っても大丈夫かな? 怪我してるし、手当てしてあげないと」
そっと手を伸ばすと、威嚇するように呻り声を上げるが、襲い掛かってくることはない。その、元気すらないのかも知れない。
「大丈夫だからね」
ダリアが声を掛けると大人しくなったので、そっと抱き上げる。
「っ!」
が、引っかかれた。
けれど、そんなことに構っていられない。怪我が酷い。
「急いで帰ろ」
チラシを落とさないように、傷に触らないように、慎重に、けれど急いでダリアは工房を目指した。
「薬ないから薬草調合しなきゃ。あっ、先に洗わないとばい菌入っちゃう」
「お湯……薬湯を八分目まで」
タライに魔気を掛けると、湯気が上がる、深緑色の水が満たされる。そっと仔獣をその中に入れる。もう、暴れない。
「じっとしててね、泥と小石とか落としちゃうからねー」
傷に極力触らないように、湯を掛けながら、泥や小石、砂利に血を落としていく。
出てきたのは、ほわほわのタテガミと、薄茶色とこげ茶色のぶち模様。猫にしたら足が太い。何だろうこの仔。可愛い。
「そのまま、じっとしててね」
軽くタオルで水気を拭き取って、大盤振る舞いだと魔気と赤い粉を混ぜて仔獣に振り掛ける。仔獣の身体に付いた粉は、仄かに発熱して、周りの水分を奪い、しかし身体を温める。
「うん! 綺麗になった。あとちょっと待ってね、薬調合しちゃうから」
動物にも使える薬草と、魔気を含んだ水を混ぜて、素早く塗り薬を作り、ガーゼと包帯を使い、仔獣に巻いていく。
「ふふっ、出来た! もう大丈夫だよ」
少し邪魔そうに包帯を擦るが、外す様子はない。
ダリアの足にまとわり付いて来たので、そっと抱き上げる。懐いて来たかと思うと、先ほど引っかかれた場所を舐める。
「心配してくれるの? ありがとう」
ほわほわのタテガミを撫ぜる。
「首輪してないから、ペットじゃないのかなー? お母さんはぐれちゃったのか、それとも……」
何か珍しい動物なのか。こんど、調べないと。ダリアは予定に入れる。
「確か、自警団がいるって言ってたよね。知らせておこ」
相変わらず、背中を撫ぜてまどろんでいると、急に強く擦り寄ってきた。
「? どうしたの……あっ」
『バン』と、盛大な音と共に、工房の扉を壊さんばかりに、一人の青年が肩で息をして、立っている。
「あの……」
「失。礼、します。こちらに、大きな、魔獣が迷い込んでいませんか?」
メガネを掛けた、魔術学園生徒が、開口一番、そう切り出した。