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一人前の証④

 一週間の馬車旅なんて、するものじゃない。身体痛い。初めてセシル尊敬した。


「恨むんなら、お前の師匠にしろよな。俺は悪くねぇ。そもそも、この荷台は人乗せる用に出来てねぇんだよ」


 それでも、そっぽを向いてわずかに目を背けながらセシルは言う。ダリアとて、薄々、乗った瞬間にわかっていたことなので苦笑に留めた。


 「うん、ごめん。ありがとう」


 「たく。依頼品届けに行ったら、それらと一緒にお前連れてけなんてよぉ」


 ダリアに並び歩きながらセシルの愚痴は続く。


 魔術学園都市ギルベルは、その名の通り、高台の上にある学園を中心とした都市だ。


 学園のある高台から扇形に都市が形成されており、学園の門から続く大通りを中心に坂道と階段で区画が分けられている。


 職人区画は大通りから少し入った場所にあった。そのため、道が狭く大型の馬車が入れない。したがって、荷物は人力で運ぶのだ。


 アイヴィは、ダリアに渡した道具(これは最低限必要な当面の薬品や石類)以外に、机や窯等もセシルの家に頼んでいたらしく、セシルは、それらを運び込まないといけないらしい。


 「で、ここがお前の工房になんのか?」


 ダリアは現在掛かってる看板を確認し、頷く。


 「うん、『ベルの魔具工房』ってお師様が最初に店を開いた場所なんだって」


 ベルトに通したポーチの一つから、古めかしいデザインの鍵を取り出す。鈍く光るそれを、鍵穴に差し込みまわす。


 『カチッ』とわずかな手ごたえに続き、小さな音。鍵と同じ色に光るノブを回して扉を開くと、ギィと少しきしむ音。ついで埃っぽい臭いが鼻に付く。


 「うぅ、窓開けなきゃだね。あっ、でも、思ってたほど汚れてないかも」


 「確かに……放置して二十年くらいって聞いたけど、それにしたら綺麗じゃん」


 セシルはずかずかと入り、ガタガタと音を立てながら机を地面に置く。掃除したいけど、流石に今言うのはダメだよねと思い、考えるに留めた。窯取ってくると言う声を聞いて、ちょっと呆けていたダリアも動き出す。取り合えず換気。


 木枠の窓は、下の左右にスライドが付いている。なるほど、これが鍵になってるのか。両方を内側に引いて窓を開けた。その空けた部分から同じく木の棒が立てられる用になっている。これをつっかえ棒にして固定するのだろう。


 一階と、二階の窓もすべて開け終わり、セシルが運んでくれた机の上にレシピとトランクを置く。そして、中から短めの棒を取り出した。


 「おい、ダリちび。窯置く前に掃くんだったら掃いちまえよ。机と違って、お前みたいなちびじゃ、これは動かせねぇ」


 いちいちムカつくけど、正論だ。


 ダリアは無言で恨めしそうに睨み、けれど棒を伸ばし、先を出す。折りたたみ式の箒なのだ。


 「ほれ、ちゃっちゃと掃けよ。これ、重いんだからな」


 「言われなくても掃くもん。セシル君、いちいちうるさい」


 「お前がとろいんだよ。ちーび」


 にやにや笑いは止めて欲しい。けど、これ以上口答えはしない。からかわれるのがわかってるから。


 サッ、と。埃をまとめてスペースを作る。アレは土台で一部だけれど、嵩が出るのは上にだ。


 「もう置いていいよ」


 「ん」


 「それ以外って。お師様なに頼んでるの? 私、詳しく聞いてないの」


 「あー、木枠重ねるタイプの棚が結構あるな。天井着くから、先に掃除した方がいいぜ」


 「そっかー。それじゃ、掃除用の毛玉使うほうがいいかな? 時間掛かるもんね」


 ダリアは思案しながら、開けっ放しのトランクを漁る。服よりも魔具が多いのもなんかなー。


 「んぁ? あれって、魔法使いが使わなきゃ効果ないんじゃなかったけ?」


 「うん。けど、魔気があるから。流石にここ全部掃除するの大変だもん。魔気だったら買えるから」


 「そう言えばそだな、お前らは日常的に魔気使ってんもんなー」


 魔気とは、魔法を使えない魔具師が、道具の出来を確認する簡易に使う物で、そのまま、魔法の気の略である。魔具が魔法使いが使う道具の総称だが、魔気さえあれば、誰にでも使える物もある。効果が薄いだけで。けれど、掃除をするぐらいには十分だ。


 因みに毛玉は丸いモップのような物で、使いきり。


 「多分、十分も掛からないと思うけど外出てよ? 埃被りたくないもん」


 「だな」


 地面に毛玉を置き、魔気を振りかけ、トランクとレシピを持って外に出る。机は後から拭こう。


 「ねぇ、今さらだけど。馬車、停めとくの大丈夫」


 「ん。あそこ停める場所だし、切符切ってもらってるから平気」


 普通にセシルが笑う。だから、優しい。


 「セシル君は、ギルベルよく来るの?」


 「あー、一ヶ月に一回ぐらいか? 結構来るな。ここらじゃデカいし、店も多い。うちは店舗持ってねぇがココにもお得意さんは居っしよ。また増えたし」


 「増えたの?」


 「……鈍いよな、お前だよ、お前。最初だし、頼まれてっし、次、二、三週間したら来んぞ? 俺」


 「あははっ、ごめん。そうだよね、お師様もセシル君ちに頼んでる薬草とか石多いもんね。何が要るか考えなきゃなー。以前に、仕事あるといいんだけど。そう言えば、私がお師様経由で頼んでた薬草ってどうなるの?」


 ふとした疑問だったが、セシルがクシャっと笑う。


 「それなら、後から運び入れる瓶に乾燥のが入ってんぞ? 頼まれた時、珍しく乾燥って言われた」


 「お師様、ナイスです!」


 まぁ、私しか使わない実験用だしね。お師様、薬草系あんまり使わないもん。


 「お前の実家で買ったときも、不思議な顔されたぜ?」


 「あっ、家に手紙書かなきゃ」


 一人前になれたこと、ギルベルに来てること、一人暮らしはじめたこと。書きたいことがいっぱいある。


 「そだな、書いとけ書いとけ。棚の組み立てまでに書き終わりゃ、お前んち方面行くうちの馬車に頼んでやるよ」


 「ホント! ありがとう」


 早く掃除が終わらないかと、ダリアは窓から中を覗くと、結構綺麗になっている。


 「セシル君。そろそろ、終わると思うよ」


 「ん。じゃ、枠と工具箱取って来っかな。数あるから、パパッと作っちまわねぇと」


 グルグルと腕を回して、セシルは背を向け歩き出す。


 「手ぇ埋まっから、扉は開けっ放しにしとけよ」


 振り向かずに言い置いて、セシルは去っていく。


 もう一度覗き込んだ家の中。毛玉がもう止まっていて、入っても大丈夫そうだった。言われたとおり、扉は開けたままにしておく。


 「宜しくお願いします、私の、工房」


 窓から入ってきた優しい風が、頬を撫で、それが、工房からの返事のような気がして、ダリアはそっと微笑んだ。

これで序章は終了、次から本編に入ります。

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