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追跡と虫眼鏡⑤

 月明かりが照らす道を、アーサーは足早に歩く。


 門限には十分間に合う時間だが、その門限すら、今のアーサーには敵になりえるのだ。


 担当教師はおらず、また同教師が受け持つ生徒も、アーサー以外の全員が不在である。彼らは、教師と共に志願して仕事へと赴いてくれた。


 彼らの行為を無駄にしないためにも、アーサーは下手な動きが取れない。唯一、寮監が担当教師と同学年だったと言うよしみで、アーサーに協力的だ。


 しかしそれも、他よりマシ。と言う程度ではあるが。


 「今の時刻なら、先生も寮生も、食堂のはずだ」


 帰り掛けに、目に付いた露店で軽食を購入したアーサーは、寮監室で帰宅を告げ、早々に部屋に引っ込むことにした。


 「これで、点呼まではゆっくり出来る」


 机に軽食を投げ出し、ドサッとベッドに倒れこむ。スプリングの軋む音が静かな部屋に響く。


 同室の生徒は、笑って、担当教師と仕事へと旅立った。最低五日は帰ってこれないと言い残し。


 ベットサイドのキャビネットから、カレンダーを取り、今日の日付に×を付ける。


 「今日で、四日」


 最低五日とは言ってたが、それ以上に伸びる可能性は十分にあって、それまで四面楚歌の状態は続く。


 「出来れば、外泊届けを出したいが、それも無理だろう」


 ダリアには話していないが、セシルにはある程度、今現在のアーサーが置かれている状況を説明していた。


 そして、一応外泊届けを出すが、受理されない可能性が高い、とも。


 外泊届けには、教師の印が必要であり、印自体は誰の物でもかまわない。ところが、今やアーサーに印を押してくれる教師は居いないだろう。


 関わりたくない。この一言に尽きて。


 「ことごとく、先生と同じ派閥の人間が、居ない」


 偶然にしては、出来すぎた状態。派閥の関係ない教師も居るが、厄介ごとは御免だとばかりに、皆、アーサーから距離を置いていた。ある程度、交流のあった教師すら。


 「一応、寮監に頼んでみるか」


 今なら、まだ食堂だろう。時間を確認したアーサーは、膳は急げと、寮監室へ向かった。




 「悪いが、君に外泊届けを提出させることは出来ない」


 駄目で元々、そう思って尋ねてみたが、結果は思ったとおりだった。


 「ですが、僕自らの手で、魔獣を捕まえる。そう話はついたはずです。魔獣の活動時間である、夜に探したいのです」


 食い下がってみても、結果は同じで、寮監は頑として首を縦に振らず、それどころか、外泊届けの書類すら、出してくれない。


 「被害が出てからでは遅い、そう決めたのは委員会だと聞きました。それなのに、捕まえるのに必要な申請も、許可してもらえないのですか?」


 学園の教師数人からなる、査問委員会。アーサー自身は参加していないが、今回の処置はそこからの決定だと、自警団の詰め所で見せられた書類には書かれており、ご丁寧に印まで押されていた。


 「その、査問委員の決定だ。理不尽だと思うが、諦めろ。ほら、そろそろ生徒が帰ってくる。部屋に戻りなさい」


 ギュッと、爪が掌に食い込むほどに、強く拳を握る。


 「有難うございます、失礼しました」


 それでも、頭を下げ、礼を言いアーサーは寮監室を後にする。生徒と、顔を合わせたくない。


 「あぁ、それと……今日からの就寝前点呼は、私が回る事となった。返事がない場合は、就寝したと解釈する」


 「えっ?!」


 足早に去ろうとした背中に、寮監の声がかかる。他の生徒は、返事するまで扉を叩き続けるけど。と、笑って付け加えながら。


 「朝の点呼には、顔を出せ」


 「……! はい、有難うございます」


 今度こそ、パタパタと走り去るアーサーの背中を、寮監は、綻ばせた瞳で見送った。




 「抜け出すなら、深夜だな。しかし、そこから工房に行って、点呼までに帰ってくるのは、厳しい、か」


 やる気を出したアーサーは、買ってきた軽食を急いで口に放り込みながら、やるべき行動を考える。


 「点呼が五時半なんて、一体誰が決めたのか」


 魔術学園の朝は、早すぎると言って良い。生徒の間では不評だ。


 兎に角、アーサーは、出来ることを考える。しかし、言い案は思い浮かばない。


 万一、工房に行ったとして、魔獣が現れたらどうする? 点呼の時間があるからなんて、途中で帰るなんて出来やしない。


 「そう言えば、先生から渡された本があったな」


 今更に、アーサーは担当教師から渡された本の存在を思い出す。魔法書と思われるそれは、机の端に、ポツンと置かれていた。


 教師が旅立った日。ダリアの所から帰ってきたら、ポンと置かれていたその本を、アーサーは初めて手に取り、ランプを点けて、開く。


 「これは……魔獣について書かれた物、か? 捕縛や追跡に関しても、書かれている」


 アーサーは、食い入るようにページを眺め、捲っていく中、一つのページで手を止めた。


 「ハウレス又は、フラロウス……まさか!」


 説明文と共に描かれた姿は、大きく、恐ろしい、豹と言う動物の姿らしい。しかし、これは……


 「魔獣の頂点に君臨する、七十二柱の魔獣……No64、僕が、喚び出したのは、コレ、なの、か?」


 注釈として書かれて文章を、目を皿の様にして読む。


 ハウレス、又はフラロウスは、現在過去未来、全ての真実を知る者として知られており、契約者が望めば、全ての問いに答えることが出来るが、魔法陣から一歩でも足を踏み出すと、途端に必ず嘘を付く存在となる。


 能力としては、炎を自在に操ることが出来、瞬時に業火を出すことも可能である。また、契約者が望めば、他の魔獣からその身を守ってくれる。


 「位は大公爵、コレならば、濃紫以上で当たり前、だ」


 本を投げ出し、アーサーはそのまま後ろに倒れる。一体、こんな魔獣相手に、どうすれば良いのか。




 絶望的な気持ちで、ボンヤリと天井を見ていたアーサーの耳に、ノックの音が聞こえる。点呼だ。


 「はい」


 億劫に思いながらも、扉を開けて顔を出す。


 「……せっかく、見逃してやるのに、行かないのか?」


 「本当は、行きたい。けれど、時間が足りないのです。それに」


 ちらっと、アーサーはベッドに投げ出した本に視線を向ける。


 「することが、出来ました」


 「そうか」


 アーサーの視線を追って、僅かに頷くと、寮監は去って行った。


 寮監と会話し、意識が切り替わったアーサーは、再び、本を手に取る。


 「捕縛方法は……」


 ページを捲る。薄い紙が指を擦り、血が滲むが、そんなこと気にしている余裕なんか無い。


 「ハウレスは、召喚者から逃げる魔獣であり、捕縛の結界は多重掛けを推進する。間違えても、ランクの低い魔法使いは、手を出さないこと」


 確率的には、奇跡に近いほどだが、稀にハウレスに気に入られる者がおり、その場合は全力を持って守ってくれるだろう。


 しかし、逃げられた場合、速やかに捕獲することを推進する。何故ならば。


 「ハウレスは契約者が居ない場合、召喚して数十分後には、自身の魔力を制御できずに、力が四散する。そして、数匹の幼体へと姿を変えるため、魔力が低く、追跡は困難を極める」


  幼体は、魔力だけでなく、身体の大きさや色も変わってしまい、見分けが難しい。


 「そして、元の姿に戻るため、自身以外の力の一部、幼体を探し、さ迷う」


 見つけた時は決闘となり、どちらかが敗れ、相手に吸収される。


 「そうして、完全体に戻ったハウレスは、環境に適応し、その性格によって異なるが、元々召喚される前に居た場所に戻る者と、残虐の限りを尽くす者が居る」


 万一、召喚後、直ぐに逃げられ、尚且つ速やかに捕獲できずに幼体にしてしまった場合は、一匹でも良いので捕まえて、囮にするのが好ましい。


 「……クウ、ダリア、無事で居てくれ」


 願うことしか出来ないアーサーは、三度本に戻る。今は、少しでも情報を集める。


 それが、今現在、本を手にするアーサーに、出来ることなのだから。

誤字脱字チェック。途中で力尽きました。ごめんなさい。

残り約三分の一なので、明日には終わらせられると思います。

チェック、次からは一週間に一回くらいのペースでしよう。結構大変だ。


そして、本編。

話が佳境に入ってまいりました。

三人の工房で分かれた後の場面は、今回のアーサーで終了です。

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