一人前の証②
ダリア・アルビレオは今日、17年生きてきた中で、一番緊張する場面を迎えていた。
目の前には妙齢の女性、師匠の手には表紙に猫目石の埋まった本。
ルーペを手に表紙から裏表紙、側面に中も一枚一枚丁寧に。確認しては頷いて、首を傾げて、あらかじめ提出した成分表を一瞥し、手元のメモにペンを走らせる。
何か不備があるのだろうか。
基本の作り方を逸脱して良い。否、寧ろしろと言われたが離れすぎたのかもしれない。
どきどきと濃い蜂蜜色の瞳が瞬き、びくびくと紅茶色の髪が揺れる。
一分一秒が凄く長く感じた。
ここで躓けば、ミスってしまえば、今までの自分は何をしてきたのか、落ち込むし、何より師匠に失礼だ。祈るような気持ちで、見つめるダリアを知ってかしらずか、師匠は一つ、大きく頷いて、ルーペを置いた。
「もうちょっと待ちな、ダリィ」
『ギ』の魔具師カメリア派11代目、アイヴィ・ベルというのがこの人の名だ。
珍しいストロベリーブロンド色の髪で、妬ましいほどの直毛。閉じられた瞳は新緑の鮮やかな色。やや長身で優美な身体を持っていた。腕を組んで静かに座る様子に固唾を呑む。早く聞きたい。でも、怖い。
「よし! 幾つか確認するよ」
「はっ、はい。お師様」
「魔法陣は規定にかなりの改良を加えてるね? で、本来のレシピと違って開閉式。ページが増やせるのは良いね。猫目石はお前の増幅石を薬品に浸けてるようだが……何だい?」
「ぇっと、マーシャイの果汁とリュベの実の粉末、ガガンの花をイクス酒に混ぜたキャリドシュス作って、そこに一ヶ月浸け込みました」
「……キャリドシュスって、作るのに半年以上掛かる酒じゃないか。っとに、完璧だよ。これ以上ないってくらいにね」
ダリアは力が抜けて机に突っ伏す。
ただ座って待っていただけなのに、酷く疲れた。けれど、同時に安堵の息が漏れる。無性に笑いたい衝動に駆られるが、ここで笑ったら変な人だ。と、何とかこらえる。
「じゃあ、見習い卒業、ですか」
恐る恐るダリアは言い、それを聞いたアイヴィはにっこりと笑った。
「あぁ、ダリィ。『ギ』の魔具師は自身のレシピを作れれば一人前だよ。よく頑張ったね」
ポムポムと頭を撫でられ、じわじわと実感が湧いてくる。
「でも、一人前ってことは、ここ出てかなきゃダメなんですよね。おっ、お師様どうしましょう……!?」
さっきとは違う意味でびくびくとする。
親元で育った7年間も、アイヴィの元で修行した10年間も、そんなこと考えたこともない。
ダリアはアイヴィが利用している薬草園の娘で、会って話して、質問に答えたら、なぜかまとめられた荷物と共に辻馬車に乗って、気付くと魔具師見習いだった。
両親が頼んだらしい。流石に九人兄妹の末は持て余されたか、就職先見つけるのも大変よね、丁度弟子探してたんだよ。とはアイヴィの談。
ちょっぴりいじけてた一週間、自分はいらない子だったの? なんて悩んで三週間、卑屈になって自暴自棄の一ヶ月。むしろ見返すんだから! って決意したのは半年後。
アイヴィは優しかったし、魔具師の何たるかはダリアの性に合ったみたいで。
何だかんだで一人前になっていた。
思い返して、ちょっと泣きそうなダリアを見て、アイヴィは笑みを濃くする。
「安心しな、何もなく放り出しゃしないよ。これを見な」
「何です、これ?」
「ん? ギルベル魔術学園都市お膝元にある、今は使ってないカメリア派の工房の鍵だけど」
「はぁ。カメリア派の工房、ですか」
「そっ」
「って! 工房!!」
バン。っとテーブルを叩いて立ち上がるダリア、イスが盛大な音を立てた。
「これをダリィにあげるから、店開きな」
わたわたと腕を動かす。えっ、ホントにいいのかな。お師様騙そうとしてないかな。
アイヴィの表情に変化はない、相変わらず笑顔だ。
「明日、クウん所の坊が来るから、ついでに乗せてってもらえばいいよ」
「あすぅ? ちょっ、早いですよ、お師様」
「思い立ったが吉日って言うだろ? ほら、早く準備おし。うちからの餞別で、道具一式は用意してるから」
急すぎる話に、けれど逆らう気持ちなんて到底なく、むしろ嬉しくて鼻歌なんか歌っちゃいながら必要なものをトランクに詰めて行く。
「私の、工房……」
どうしよう、顔にやけてないかな。
アイヴィが餞別でくれた基本材料や道具があれば、他はダリアの荷物くらいで事足りる。
「レシピの最初のページには、どんな魔具が入るのかな」
明日が待ち遠しかった。




