黄昏貴石亭の佳人②
「一応、魔力のランクも調べる方がいいかな、潜在魔力とか。屑宝石のケースも、いるよね」
虹色水と、銀の皿に儀礼用ナイフ。六種類十二色の魔気が入った瓶と、ガラス板。縦横3cm間隔に区切られたコレクションケースを二つ。それは、一つだけでも、結構な大きさがある。
それらをアーサーの前に並べていく。
「先ずは、少しだけ血が欲しいの。現在の魔力ランクと、潜在魔力を調べるね。前に調べたのって何時くらいか、覚えてる?」
「潜在は、計ったことがない。魔力ランクは五回生に上がった時だ」
「じゃ、魔力は結構前だね。と、ちょっと待って。先ずは少し時間のかかる潜在魔力から、量っちゃおう」
銀の皿に虹色水を垂らし、波紋が収まるのを待つ間に、ダリアはアーサーに儀式用ナイフを渡す。
「波紋消えたら、その中に一滴でいいから、血を入れて欲しいの」
「わかった。しかし、潜在魔力も量れるものなのだな。学園では、ランクを量る時に血を使う。紙に血を垂らし、裏返して出た色で見るんだ」
「ふーん、やっぱり、魔具師によって、変わるのかなぁ? 私はランクの量り方も違うよ。お師様は普通って言ってたんだけどな」
ダリアは首を傾げつつも、流派によって方法も、色々あるのだろうと、無理やり自身を納得させ、ガラス板に魔気を盛っていく。
量るものは違うが、血を使うことに違いがないため、アーサーは儀式用ナイフを指に当て、軽く引く。深く傷付かないように注意して。
「血が入ったら、色も、水も揺らぐと思うけど、そのまま置いといてね。次はこっち」
「傷は、塞いでしまっていいか?」
頷くダリアを了承と取り、傷は治さずに塞ぐだけに留める。ヒーリングは便利だが、余り多用しすぎると、本来の治癒力が低下するため、止血程度にしか使わない。
「私は、この砂で、現在の魔力ランクを量るの。確か、高等科は濃黄以上って言ってたよね?」
「あぁ」
「じゃ、黒と白の四つと、薄黄は要らないね。薄赤っ言ってたけど、一応濃黄から」
向かって左から順に、濃黄・薄赤・濃赤・薄青・濃青・薄紫・濃紫。
アーチを描くように、一定感覚で魔気が盛られたガラス板を、ダリアは慎重にアーサーの前に運ぶ。
「魔力をちょっと意識して放出してくれる? ランクと同じ色の魔気は、同じランクの魔力に反応してね、もし、二種類反応したら、その間ってことなの」
「ほぉ、こんなのがあるのか」
「うん、魔力ランクの魔気全種類に、ちょっと違う砂を混ぜててね、砂鉄と磁石みたいに、魔気が魔力に反応して移動するの」
説明を聞き、納得を返して、アーサーが意識して魔力を放出する。すると、一種類の魔気が、魔力に反応して崩れて、移動していく。
「変わらず、薄赤、か」
「微妙に、濃赤も反応示してるっぽいけど、動いてるとは言いづらい、かな」
納得しているのか、淡々と返すアーサーに少し面食らう。本当の理由を聞いて、もっと魔力ランクに執着していると思っていた。
「不思議そうな顔をしているな、ダリア。僕が、ランクに執着してると思ったか」
図星を指されて、ちょっと気まずい。
「ランクは、仕方が無い――努力で、如何にか出来る物では、ない」
臨死体験をするか、絶体絶命の危険に遭遇するか。魂に負荷が掛からない限り、魔力ランクや潜在魔力は、爆発的な増加をしないらしい。
そして、五回生になるくらいには、殆どランクは決まってしまい、固定される。
「そっか……じゃ、じゃあ、潜在魔力の方、見て見よう」
話を変えるように、血を落とした虹色水に視線を移す。出ている色は、濃い赤紫。
「……ダリア、コレは?」
「えっと、ちょっと待って――と、多分この色。濃赤と薄青の間だと思う」
作業机の上から、リングで留められた羊皮紙を取り、めくる。色つきで潜在魔力のランクが書かれている、アイヴィお手製の教材だ。
初めてのことで、少し戸惑いながら、アーサーに羊皮紙を見せる。
「確かに、同じ色の様だ。では、僕はあと少し、ランクが上がるのか」
僅かに、嬉しそうな声音に変わる。やはり、少しでもランクが上がるのは嬉しいのだろう。
「期限までは言えないけど、血の中の魔力で潜在能力は見るらしいから、外れることは無い、らしいよ」
はっきりと、言い切ることは出来ないが、『ギ』の魔具師では、派閥に関係なく使っている方法と言うことなので、信憑性は高い。
「そうか」
アーサーは、自身の掌を見て、小さく微笑んだ。魔力ランクはもう、上がらないと思っていたのかもしれない。先ほどの言い方からしても。それが、変わるのだから、かみ締めるものがあるのだろう。
次に、宝石の選定があるのだが、ダリアは後に回そうと思っていたレシピの記入を優先させた。現在の魔力ランクと潜在魔力を"登録"するのだ。
一人前の証として創った、レシピ。
このレシピは『ギ』の魔具師固有の物で、創った魔具師以外に使うことが出来ない。レシピを開くことは出来るが、中に記入されていることを、見ることが出来ない仕組みになっている。
これは、魔具師でも魔法使いでも同様で、魔力のあるなしも関係が無い。ダリアのレシピは、魔力が無くとも、ダリアしか使えない。だからこそ、一人前の証なのだ。今となっては、一応と、付けたいが。
そのレシピの、表紙に埋まった猫目石に手を触れ、使った道具。虹色水、儀式用ナイフ、六種類十二色の魔気。今見た工程を鮮明に思い描く。それだけで、レシピには、全て記入されるのだ。
一息つき、レシピを開く。一番最初のページに書かれた、魔具の名前は『魔法使いアーサー・ジギルの装飾』。
名前は、そのままでいい。レシピは、後で書き換えも可能だ。
「それが、名高い『ギ』のレシピか」
『ギ』の魔具師は、一子相伝。魔具師は、流派や派閥によっても秘される技術が多々あるが、代名詞となる魔具は存在する。
『ナスル』は、大量生産に成功した杖がそうだ。そして、『ギ』は、派閥に関係なくレシピと言われる本である。
「うん、魔具師なのに、魔法使いが使う魔具じゃない、けれど『ギ』の代名詞、レシピだよ」
ダリアは、レシピの表面をそっと、撫ぜた。
「じゃ、次は宝石を調べるね」
理由は無いけど、多くは語らず、ダリアは積んで置いていたコレクションケースの一つをアーサーの前に置く。
「まずは、宝石から」
「わかった」
アーサーも何も聞かず、けれど姿勢を正して、宝石と向き合う。
ここからが、本番だ。