絶望と希望の依頼人⑩
前半、シリアス続きます。
どうして、頭を撫ぜてくれるの? 私は、アーサーさんに、ヒドイことを言ったのに。
頭を上げられなくて、動けなくて、硬直してしまっているダリアを、アーサーは優しい手付きで撫ぜる。
ゆっくりと、ゆっくりと。けれど、声は掛けてこない。沈黙が、今は怖い。
「ごめんなさい。先ずは、謝らせてください。そして、もう一度、僕の話を聞いてもらえますか?」
刹那に続く時間に、終止符を打ったのはアーサーで、動かないダリアの手を引き、ベンチに戻る。
自身は座らずに、跪いてダリアの手をとり握ると、目線を合わせる。
膝が、地面に付いている。汚れてしまうのにと思っても、何も言えない。
子猫はベンチの上に飛び乗り、ゆったりと、ダリアの膝の上に鎮座した。視線が交差する。ダリアは、その眼差しが怖くて、目を閉じて、逃げた。
けれど、容赦なく、近くからアーサーの声が、膝の上から子猫の温もりが、ダリアに罪悪感を抱かせて。
更に、悪い考えへと、思考は堕ちていく。
「言い訳に聞こえるかもしれませんが、僕は、断られるのが怖かった」
そんな思考を遮ったのは、やはり、アーサーの声で。
「だから、理由を付けた。こんな理由があるから、僕は貴女に頼みたいのだと。けれど、本当の理由ではない」
今回の声は、先ほどの、理由を挙げ連ねていたときと違って、真剣だ。頼んでくれた時の様に。
「昨日、杖を強化してもらった時、僕は本当に驚いた。魔具なんて所詮、誰が作っても同じで、魔具に頼る魔法使いを、正直馬鹿にしてさえいた。本当は、だから創っていなかった」
魔具が如何に素晴らしいかと、魔具師で変わるかを力説していた教師を、軽蔑すらしていた。
「僕の考えは、粉々に打ち砕かれた。本当はあの杖、強化にも耐えられる仕様だ。と、ナスルの工房では謳っている」
そう。以前、同じ様に陣を描いて、デモンストレーションをして見せられて。
「その時、僕は悔しくて、妬ましくて、羨んだ。あんな物で、強化できるか、と。――僕が、魔石を使ってまで、強力な魔獣を呼び出したのは、同じ五回生。トップの生徒が、濃青ランクの魔獣を呼び出したから」
剣呑な色が一瞬、瞳に宿るが、一度瞼を閉じ、開いた時には消えている。
「失敗して、挙句逃がした。ふっ、愚かだよな、凄く」
自嘲気味に嗤う。声の感じが変わったことに、ユルユルと頭を上げたダリアは、驚愕に目を開く。
少し、感じが違った。話し方や、纏う雰囲気が。その、決定的な場面を見た気がした。
「我を忘れて追いかけて、途中で魔力が途切れて焦って、辿り着いた先が、ダリア君の工房だ」
視線が交差する。けれど、どちらも逸らさない。
「最初は、気付かなかった。気付いても、その時は、いい感情を持てなかった」
苦笑いと自嘲が混ざった、笑いだ。
「ここからは、さっき言った通りだ。そして、凄く欲した。しかし、どこかで理由を付けた。魔獣に勝つため、と」
その結果がこれだと、視線を逸らすアーサー。
しかし、ダリアは、アーサーを愚かだとは思わなかった。
魔法使いのことはわからない。けれど、気持ちは十分理解できる。アイヴィの元での修行中は忘れていた思い。10歳までの、実家に居た頃の、苦い気持ちが蘇る。
上の八人と、比べられて居た時の気持ちと、違うだろうが、ダリアには同じだ。
「アーサーさん」
呼びかけても、今度はアーサーが、視線を合わさず、返答もない。
「本当の理由はわかりました。――私は、その気持ちを愚かだとは思わない。むしろ、アーサーさんに、魔具を創りたい。いいえ、私から改めてお願いします」
ハッと、視線を戻すアーサーを真正面から見据え、ダリアは強く決意する。
「私に、アーサーさんの魔具を、創らせてください」
頭は下げない、対等で居たい。だから、視線も逸らさない。
「ダリア、君」
信じられないと言う顔で、凝視されるが、止めとばかりに、にっこりと笑う。
「それと、もう一度言います。私と、本当の友達になってください。さっき、言葉使い違ったもん。本当は、敬語じゃなくて、アレが本来、でしょ」
固まって、動かなかったと思うと、頭を下げ、肩を震わせる、アーサー。
ダリアにはわかる、アレは、泣いているのではない。涙を堪えているのでも。アレは――
「ふふっ、わかった。では、変えさせて貰おう。本来、僕の話し方は、尊大だ、偉そうだと言われるので、なるべく、隠している」
「やっぱり! 私、気にしないから。うぅん、尊大なんて思わない。だって、その方が全然いいもん。本物! って感じがするの」
ダリアも、敬語を意識して、取り払う。
「名前だって、なんだったらダリアでいいよ? 君付けってなんかなれないもの。その代わり、私もアーサー君って呼んでいい?」
「わかった。僕は、慣れで、それでも良いのだが、ダリアがそう言うのなら変えよう。僕も、それでいい」
表情も、以前より少ない気がする。けれど、しっくり来る。
「それで、アーサー君。私に、魔具、創らせてくれる?」
答えはわかっているが、ダリアはあえて、アーサーに問いかける。
「あぁ、頼む。あそこまで、本音を曝したんだ、断るわけなんかない」
「じゃ、預かりました。っと、今から時間あるかな?」
「ぅん? 大丈夫だが」
「今日、調べられるだけ調べちゃいたいの。あっ、でも、その前に――」
ダリアは膝上の子猫を撫ぜる。
「この仔が、迷子か? とか、飼い猫か? とか、調べたいんだけど」
本音を言うと、このまま連れて帰りたいのだが、そうも言えない。
「自警団の詰め所に寄ろう、そこで、訪ねればいい」
立ち上がり、土を払いながら、アーサーが提案し、ダリアはそれに頷く。
歩き出す距離は、工房を見に来たと時よりも、近付いた気がした。
一章終了、です。