絶望と希望の依頼人⑦
「……タオル、持ってきますか?」
生乾きと言っても、辛うじて水が滴っていないだけ。アーサーは、まさにそんな感じだった。
「出来ればお願いします。服だけは、着替えて来たのですけどね」
椅子を勧めて、取って返して、タオルを持ってきたダリアに、苦笑いが返される。
「有難うございます」
ガシガシとではなく、丁寧にタオルドライしていく、アーサーの姿に、敬語といい、育ちのよさが伺える気がした。
「ぇと、これは、何で濡れたかは、聞かない方がいい話題?」
「いえ、ダリア君にも回りまわって、関係のある話なので、聞いてください」
昨日、ダリアと別れ、学園に戻るとそこは、蜂の巣をつついた様な騒ぎになっていた。
アーサーが魔獣召喚に失敗して、食べられた。なんて、笑えない真顔の声で、驚愕を向けられて、聞きつけた教師に、指導室へと連行される。
そこでは、担当であり、師匠に当たる先生が、笑っていない、満面の笑みで出迎えてくれて、そこからは事情聴取と、説教だ。
夜半には開放されたが、散らかった召喚部屋の片付けを言いつけられ、更には押し付けられた、雑用の数々。
つい、ウトウトと寝落ちかけて、水を掛けられて起こされたのが、つい数刻前。そこから、今だ笑みの薄れない先生に、ダリアのことを話し、やっと開放してもらえた。
全貌要約、けれどほぼ事実。
「その、アーサーさんの先生、確実にお師様と同種の人間だと思う」
「えぇ、幾度か話に出て来た時は、先生が友人の話と銘うって、自身の話をしているのかと思っていましたが、数回、手紙の代筆で、実代の人物だと知ったときは驚きました」
「外見じゃなく、中身が似てる人も、世界に三人居るのかもしれない。すっごく、迷惑だけど」
「同感です」
髪の毛を、一通り拭き終わったのを確認し、タオルを受け取り、紅茶を出す。
「話を戻しましょう。魔獣は、僕が責任を持って捕まえる事となりました。が、喚び出した魔獣は、明らかに今の僕より格上の存在です」
「魔石でブースト、かけちゃいましたもんね。ところで、アーサーさん」
「何ですか?」
喉を潤し、真剣なダリアに首を傾げる。
「確か、魔獣が濃淡明らかじゃないけど、紫でしたよね? 魔術学園の高等科五回生って、ランクどれくらいなんですか?」
「あぁ、そう言うことですか。一応、差はありますが……魔術学園は初等科から中等科、高等科、上級高等科までの科があります」
アーサーの話す内容を、ダリアは紙と羽ペンを用意し、書き込んでいく。
「初等科に入るには濃黒以上が必要で、そこから中等科に上がるには薄黄以上が、高等科に上がるには濃黄以上のランクが必要になります」
「中等科と高等科の間は、黄色の上下だけ?」
「初等科に6歳で入って、10歳で上の科に上がりますが、そこで既に濃黄以上であれば、直ぐに高等科に上がります」
「それじゃ、中等科って何のためにあるの?」
「一応、魔力の爆発的な成長は10歳くらいで緩やかになる、らしいです。が、一応13歳くらいまでは、伸びが期待できるらしく、濃黄のランクがない生徒はそこで、最終通告を待ちます」
「……シビアだね」
「一応、国立ですから」
ちょっと空気が重くなる。魔力があれば、誰でも魔法使いになれると思っていた、アーサーの話はダリアには衝撃的だった。
「じゃ、じゃあ! アーサーさんは濃黄以上ってことだよね」
これ以上、話が重くならないように。と、声だけでも明るくダリアは尋ねる。
「僕のランクは薄赤です。なので、紫よりは2ランク低い、悔しいことですが」
アーサーも、それを察してか、軽い感じで返してくれた。
「うーん、ないよりはマシって程度だけど、これ見てくれます?」
ダリアは立ち上がり、作業台から午前中に作ったリボンを見せる。
「これ、魔力の増幅と、そこまで力ないけど、守護の力持たせたリボンなんです」
「へぇ……面白いですね。触っても?」
「はい」
アーサーが指で模様を触ると、模様は僅かに光を放つ。
「魔力を持ってる人が触ると、そんな風に反応するの。力を抑えてもらったり、魔力が切れかけてるときは、普通のリボンに見えるんだけど、魔気を溶かした虹水を塗ってるから、効果は薄いけどあるの」
「魔力がある人は、意図せずに放出している力がありますからね。意識して魔力を注いだら、効果は上がるのですか?」
「はい。魔力のない人が使っても効果があるけど、魔法使いが使ってこそ、真価を発揮するのが、魔具ですから」
満面の笑みで、ダリアは答える。魔具は、魔法使いの道具。魔力のあるなしで、効果は劇的に変わる。
「つい先日、説明を受ける機会がありましたが……やはり、違いますね」
「魔具の説明ですか?」
「ダリア君は以前、チラシを学園生に配っていたらしいですよね」
「ぅ……どうして、アーサーさんが知ってるんですか!」
「まぁ、経緯は兎も角、少し、外に出ましょう。見せたいものがあります」
「あっ、はい」
残っていた紅茶を飲み干し、席を立つアーサーに続いて多少バタバタと席を立つ。子猫どうしよう。
「アーサーさん、この子、連れて行ってもいいですか?」
ついでに、用事が済んでから、自警団の詰め所的な場所を教えてもらおう。
「えぇ、少し外観を見るくらいですから」
少々謎の台詞を吐きつつ、扉を潜るアーサーに続いて、外に出る。鍵をかけて、並んで歩き出す。
「見せたいものって、さっきのリボンと、魔獣捕獲に関係するもの?」
「そうですね、一応、関連性はありますし、ダリア君には是非、知っていてもらいたい場所です」
区画を通り過ぎ、大通りに出る、向かう先は坂の上、学園方向だ。
「いつかは知らないといけないことですし、早いに越したことはないでしょう」
アーサーの声は、ダリアの耳に届かず、子猫だけが、距離を取りつつも、見上げて、ニーと泣いたのだった。