一人前の証①
月明かりに照らされた、あまり大きくない真四角の建物。
それは異質だった。明り取りは四つ。建物よりふた周りほど小さい四角形のガラスが壁に、同じく丸いガラスが天井に嵌る。そしてドアもガラスで出来ていた。
床は真っ白の一枚石。
仄かな輝きを放つ、魔法陣が床に描かれていた。その陣を隠すように道具が置かれている。
羊皮紙、糸と針、レザー、幾色もの発光するインク、羽根ペン、はさみ。そして、様々な宝石。良く見ると
道具はサークルを描くように真ん中だけがぽっかりと開き、それらに囲まれるよう人影がひっそりと座している。
張り詰めた空気、動くものは無く、人影も、ともすれば人形のように思えてくるほど、長い時間、微動だにしない。
右手に見えていた月は真上に上り、頭上から、明らかに過量な光が降り注ぎ、室内を満たす。
それまでの仄かさとは比べ物にならない眩い光が魔法陣から発せられ、瞬間、今まで閉じられていた人影の瞼が開き、濃い蜂蜜色の瞳が現れる。
俯き気味の顔が上がり、紅茶色の髪が僅かに揺れた。
降り注ぐ月光は、天井付近で粒子となり、散らばる道具に当たっては、染込むように融けては消える。
段々と、道具自体も自らの内に融けた粒子を元に、鼓動を始め、やがて、一つ、また一つと宙を舞う。
羽根ペンはインクを滴らせ、文字を躍らせる。
糸が針に通りレザーと羊皮紙を縫い合わせる。はさみが余分な部分を切り取り、宝石は羊皮紙に沈んでいく。
その中で一つ。淡い緑の猫目石だけは人影の眼前で浮かんだままだった。
そして、道具は徐々に光を失い、音を立てて床に落ちて行く。未だ浮かんでいるのは、大きな本、そして猫目石。
いつの間にか時間は経過し、月は左手に移動している。
人影が動き、本と猫目石、両方に手を当てて二つの距離を詰めて行く。程なく二つの距離は無くなった。
刹那、添えていた手を放す。本は浮かんだまま、猫目石はそのまま表紙へと埋まって行き、僅かの膨らみを残し沈み込んだ。
人影がそっと、表紙を開く。猫目石は貫通せず、表面に出ている部分以外、消えていた。
腕が動いて、張り詰めた空気が緩るみ、微笑んだ人影が、表紙を撫でる。
「――出来た」
夜の帳が上がり、朝日が射すまでの狭間の時。
少女は呟きと共に、そっと本を抱きしめた。