退屈と寂しさと愛しさと
今日はアイツが帰って来る日。
けれど朝から彼はウトウトとしていた。
久しぶりに会うその人を待ちくたびれて・・・
ふと目を開けて確認の為に時計を見る。
「もうすぐか」
時刻は既に彼女の乗っている飛行機が空港に着く時間を過ぎている。
空港からこのマンションまでの距離を考えると、もう少しでここに着くだろう。
テーブルに置いてあるコーヒーカップを手にして口に持っていく。
中身はすでに飲み干していて、底に残っていたわずかなブラックコーヒーが流れてきただけだった。
「やっぱり迎えに行けば良かったかもな・・・」
コーヒーメーカーより二杯目を注ぎつつ、少し後悔する。
数日間の国内旅行に行っている彼女は、出かける前に彼に空港まで迎えに来てほしいと言っていたけれど。
『めんどくさい』
の一言で断ったのだ。
「退屈だ・・・」
独り言など普段滅多に言わないが、今日は思ったことが無意識に口から出てくる。
それくらい時間をもてあましていた。
時間つぶしのために用意していた本は全て読みきってしまった。
代わりに読んでいた参考書も読みきった。
「早く帰ってこいよ・・・本屋にも行けねぇよ」
今から本屋に行って、その間に帰ってこられたら後でどんな文句を言われるか分からない。
遅く感じる時間の経過にイライラしながら最終手段の国語辞典を開く。
ソファに腰をしずめ、ぼんやりと国語辞典を眺めているうちに、朝が早かったせいだろうか?いつのまにか彼は眠ってしまった。
……………?
軽く左右の頬を引っ張られる感じがする。
何だ…?と半ばまだボーとした状態で彼がゆっくりと目を開けると。
「普通、こういう時ってちゃんと起きて待ってるもんじゃないの?」
寝てるだろうなって予想はしてたけど、と続けながら、呆れ顔で自分を覗き込んでいる人がいた。
「・・・・・・」
数日ぶりにみる彼女の姿から、自分が眠ってしまった事に気付いてゆっくりと上半身を起こす。
「・・・あぁ、」
悪い・・・と続けようとした彼の唇は軽く彼女の人さし指で制された。
「まず最初に言う事があるんじゃない?」
そう言いながら彼女は彼の隣に腰をおろす。
「あぁ?・・・あぁ」
どうやら頭がやっと覚醒してきたらしい。
彼女の言おうとしている事に少し間を置きながらも気付いた彼は、改めて彼女に向き直るとその言葉を彼女に贈った。
「お帰り、陽」
「ただいま嶺。すっごく会いたかった〜」
陽は久しぶりに会う恋人の言葉に嬉しそうにそう答えると、嶺の首に腕を回した。
「嶺は?あたしがいなくて寂しかった?」
「別に」
「え〜?まぁ嶺は本さえあれば一生暮らしていけそうだもんねッ」
そっけない嶺の返事に少しすねたように陽が言う。
陽がいるだけで自分の周りが明るくなる。陽が帰ってきただけなのに、先ほどまでの退屈な感じは一切なくなっていた。
そんな風に感じている自分に驚き、陽にばれないよう軽く笑う。
「でも、お前がいないと退屈だった。お前一人でいつも騒がしいもんな」
と、少し強めに腕の中の小さな体を抱きしめた。
抱きしめられた暖かい腕の中で、陽は、ひねくれているけれど珍しく素直な嶺の言葉に嬉しさと愛しさを感じ、負けじと強く抱き返す。
そして、数日間の隙間を埋めるように、どちらからともなく唇が重なっていった・・・
初めまして、沙原ソラチと申します。
今回、昔書いた小説を引っ張り出し、手直しをして、ドッキドキの初投稿となりました。
楽しく読んでいただければ、とても嬉しいです。