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第1章 死への"1//|/174710//"

 関西帝国日報社――ウィキサイクロペディア


 関西帝国日報社(かんさいていこくにっぽうしゃ)は、日本の新聞社である。本社は京都市中京区。東京都千代田区に東京支社がある。


 大日本帝国憲法の発布を機に、1889年8月、早田十四郎、諸星忠之らが創刊した「新関西日報」が前身。戦後、体制翼賛報道の中核をなしたとされる財閥系報道機関「帝国新報」がGHQの「財閥解体令」により解散すると、その一部を吸収、現在の社名となる。なお、東京支社の社屋は旧帝国新報社のものである。発行紙「関帝日報」(朝・夕刊)は高度経済成長の波に乗り、1960年代以降、近畿・中国地方を中心に発行部数を150万部前後にまで伸ばし、全国紙としての地位を築いた。しかし、近年はメディアの多様化に伴い、販売部数は激減している。関西の西、帝国の帝の2文字を取った「西帝(最低)新聞」の蔑称がある。――

――20XX年3月26日 東京都千代田区――


 9時37分、神岡は神田駅東口を出て、雑居ビルの隙間にある細長い店構えのコンビニに入ると、350㍉㍑の野菜ジュースと糖分ゼロのコーラを買い、中央通を日本橋方面へ歩いた。東京支社の人間の勤務は、支局管内や担当省庁で取材を行う番記者時代のような「夜討ち・朝駆け」といった不規則な生活ではなく、基本的に普通のサラリーマンと変わらない。しかし、実際の紙面を作る編集局の人間などは、朝刊・夕刊の発行に合わせて日勤、夜勤の2交代制になっている。神岡の働く部署「逓信ていしん事業部・電子通信課」も然り。ちなみに、漢字ばかりの部署名だが、平たく言えば「ネット事業部門」のようなものだ。


 神岡は久しぶりの日勤だったせいもあり、山手線の通勤ラッシュでもみくちゃ(・ ・ ・ ・ ・)にされ、既に一日の仕事の半分以上をやり遂げたような疲労を感じながら、室町3丁目の交差点を左に曲がった。


 戦前に建てられたという東京支社の社屋。ルネサンス風の外観の中心にある狭いエントランスを抜けると、神岡は大理石の鈍い乳白色を踏みしめながら、受付ロビーの制服姿の女性たちに会釈した。ロビー奥のエレベーターに乗って4Fまで上がり、扉が開くと同時にジャケットの内ポケットから財布を取り出すと、セキュリティーゲート前の警備員に財布から取り出したIDカードを見せ、そのまま、刑務所の鉄格子そっくりの鉄製ゲートのセンサーにかざした。右の壁には「逓信事業部」と旧字体で書かれたパネルが、鈍い青緑色に浮き上がって見える。


 鉄塊同士がこすれるような音と共にロックが外れると、神岡は刑務所に入る“ベテラン”の心持ちでゲートを抜ける。総務課を左に見ながら10秒ほど直進し、空色のパーティションで区分けされた「電子通信部」のドアを開けた。



 「……あーざーまーす」


 いつからか、モチベーションの低いワイドショー司会者のようなあいさつが、部署のトレンドになっていた。


 「あざーす」


 アニメなら絶対二枚目キャラを演じるだろうと誰もが思う甘い声の男が、カメラにブロアーを当てながらあいさつを返す。


 「樫田(カッシー)、それ『ありがとうございます』だろ?」


 勇ましそうな、よく通る女性の声でツッコミが入った。彼女がノートPCの前に投げ出して組んだ(つまりデスクの上に乗せた)脚は、タイトスカートにいばら模様の黒いストッキング。眺めているIDカードには「木宇部麗香」と書かれている。今日の日勤、すなわち、関帝日報社webサイト「関帝電子報」の夕刊帯作業――社内では単に『番』と言うことが多い――のパートナーだ。


 「うわ、マジすか?」


 「誤用とは極めて遺憾だな。『都』に『訂正電文』でも送るか?」


 カメラのメンテナンスを終えて顔を赤くする樫田に、窓際に立ってマグカップのコーヒーをすする、無駄に(・ ・ ・)背の高いメガネの男が、“食えない男”のお手本のような声で返す。


 「土岐(トキ)は(夜勤)明け(・ ・)?」


 神岡がたずねる。


 「ああ。でも“アラクネたん”がご機嫌斜めでね……。しばらく『関帝電子報』は更新できん。じきに俺もサーバ室行きだ。もっと、しっかり仮眠を取ればよかったよ……あ、この状況で引き継ぐ必要があるかは分からんが、『光画部』からネット禁止写真がかなり来てる。提供者不明で著作権管理が出来ないから、二次利用はするな、だそうだ」


 土岐は神岡に、光画部から送られてきた数枚のコピーを手渡した。それには、真っ黒な画像らしきもの――白黒コピーでは良くあることだ――しか写っておらず、神岡は写真説明の文章にだけちらちらと目を通した。写真はだいたい写真説明さえ見れば、画像がなくとも関連が分かってくる。ほとんどの写真説明に「茨城県八郷市の民家に飛来した隕石と見られる石(読者提供)」というようなことが書かれていた。


 「了解……なんだ、俺ら今日、超ヒマじゃね?、木宇部(キゥベレイ)、ほれ」


 神岡は木宇部にもコピーを手渡した。木宇部は不機嫌そうに受け取ると、「関帝電子報」のトップ画面に向かって「F5」キーを叩きながらつぶやいた。


 「夕刊番だっつうのに……鯖落ちしてんなら連絡とかしろよな。使えねぇ」


 「まあいいじゃないか。ヒマで給料がもらえるのは悪いことじゃない。それに、寝起きのお前に電話などした日には、出社後に腕の1本でも折られかねん」


 土岐は木宇部の文句にそう答えると、再びマグカップを口に運んだ。


 神岡はやれやれ(・ ・ ・ ・)といった表情で、自分のデスクの上にメッセンジャーバッグを置くと、その横にある浅葱色あさぎいろの封筒が目に入った。


 「お?なんぞこれ?」


 神岡の声を聞き、木宇部が首だけ動かして答える。


 「さっきバイク便で来た。リリース?」


 「FAXあんだろがウチにも……」


 神岡はそう言って封筒を裏返した、送り主欄には“独立行政法人EME 素粒子物理学研究所 客員研究員:御手洗 剛(みたらい・つよし)”の活字と、その横に手書きで“旧東都エナジー”とある。


 「みたら……あ~ん。カッシー、ちょっと」


 「なんすか?」


 「懐かしい人からだ」


 「どれ……オゥ……アァハン」


 樫田は少し外国人を真似たようなしぐさで、小刻みに頷いた。


 「この人(・ ・ ・)なら、あんま、いい話、ってことはないか……読んでみます?」


 「だな……でも何の因果かね。ここ、実家の近所」


 神岡が封筒の端を指でちぎり、空いた穴に人差し指を突っ込んで、力任せに封を破いた。


 「“つくば”すか?」


 「ああ。ここあれだよ『洞峰公園』のそば」


 「いや分かんないす。ローカルすぎ」


 「……だよな」


 中の手紙をと思しき紙を引き出すと、入っていたのはセミナーの広告だった。


 「んだよ、本当にリリ……違うわ。まだある」


 封筒を逆さにして振ってみると、小さくたたまれたメモ紙が落ちてきた。神岡はメモを広げた。


 “090―XXXX―XXXX 御手洗 16時以降にかけて下さい。連絡をお待ちしておます”


 「……だと」


 神岡はメモを読み終えるとイスに座り、コンビニのレジ袋から野菜ジュースを取り出し、のどを鳴らしながら一気に飲み干した。


 「……」


 樫田はあごに親指を当ててしばらく黙り、神岡が野菜ジュースを飲み終えるのを待ってから。低い声で話し始めた。


 「連絡をってとこ……最後、“り”が抜けてますよね」


 「え、そこ!?……まぁ人間誰にもミスはある……」


 神岡の反応に、樫田はしたり顔のまま鼻で笑った。


 「フフッ…野菜ジュースを吹かずに済んだだけありがたいと思ってくださいよ。まあ神岡さん。これは行かなきゃ的なアレっすかね」


 「今の関帝(ここ)で、俺らの記事を“紙”に載せる出稿部がどこにあんだよ。……まあいいや。話を聞いてみなければ分かんねえ。16時にアラームかけとく」


 神岡はカバーもつけていない真新しいスマートフォンを取り出し、時計のアイコンからアラームを設定した。


 「お、ついにスマホ?」


 樫田が神岡の手元をのぞき込む


 「ああ、前のガラケー電池死んじまって……さすがに2年半使ったから、ちょうどいいやって。しかし、何でもはかどるな。ネットするのに家でPC開かなくなるわ」


 「栄光ある電子通信部の職員が、今更スマートフォンだと……?」


 土岐は“ダメだこいつ、早く何とかしないと”と言わんばかりに額の辺りを指先で押さえ、かぶりを大げさに振ったあと、指の隙間から神岡の表情をのぞいた。


 「電子通信部職員たるもの、IT事情に明るく、かつ敏感でなければならないのは必定だろうに。俺を見ろ。スマートフォンはおろか、タブレットに光通信Wi-Fiもだな……」


 「完全に自慢モードだろ……」


 今度は神岡の方が、呆れ顔で土岐から視線をそらした。


 「ガラケーのアタシに謝れ。それと、お前みたいにスマホで出会い系サイトばっかり見てるヤツに言われたくありません」


 横から木宇部が口を出す。


 「なっ!…お、俺は出会い系なぞやっとらん!」


 神岡は土岐と木宇部のやり取りを遠目で見ながら、コンビニの袋からコーラを取り出すと、


 「……栄光ねえ……」


 樫田以外には聞こえないように、ため息混じりにつぶやいた。


 「生え抜きの記者が来るようなところじゃねえよ」


 神岡が手にしたコーラのふたを開けると、ボトルから「プシッ!」と勢いよく気体が漏れ出す音が響いた。それを聞いて一瞬だけ神岡に注目する一同。神岡は左目だけ(・ ・ ・ ・)を大きく開くと、一同と目を合わせ、“乾杯”のしぐさをした。一同が驚いたように目を見張る。


 「あ!……っ」


 途端に、ペットボトルから逆流するコーラが溢れ出した。



THE PARTICLE SUPERMAN

-=>>》KAMIOKANDER《<<=-・・・・・・つづく

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