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君とだったらどこまでも。

作者: 空野ゆり

もともとはSSのつもりで構想を始めたのでしたが、

風邪で発熱し、テンションがおかしくなったときに勢いで書いたという…

なんとも残念な成立です。

その後、いろいろ手を加えていった結果、普通に短編小説になりました。

SSはまた別の機会に。


くすっと笑いながら、軽く読んで頂ければ幸いです。

 中学校の卒業式は、涙のない卒業式だった。

 誰も寂しいとは言わなかったし、実際誰も寂しいなんて思ってなかったんだろうと思う。「また連絡取り合って会えるから」なんて言う人もいたけれど、本当に会うつもりがある人なんていたんだろうか。二度と連絡をとる気のない人達とおもしろ半分にメールアドレスを交換する人で溢れていた、卒業式後の校庭。ただ心底くだらなかった。

 小学校から一緒の人がほとんどなのに、別れる時にはもうすでにばらばらだった。とっくにお互いの関係なんてたわいのない表面的なものに過ぎなくなっていて。誰もがお互いに無関心で。

 そんな環境だったから、わたしも第一志望の私立に受かった後は、卒業式の予行までずっと登校しないでいた。行く意味を見出せなかったから。随分前に心が離れてしまっていたから。


 だから、わたしはある意味卒業を経験したことがない。小学校の卒業式はみんな一緒に上がるだけで実感が薄いし、中学校では先程述べたような体たらくだ。

 そうしていつの間にか、わたしは何かに出逢う感覚を忘れてしまった。どうすれば誰かに出逢えるのだろうかと、それについてうだうだと悩むような日々が続いていた。そんな折のことだ、わたしがアイツに出くわしたのは……。


    §


 真っ白い何かが空から舞い降りてきた。

 箒を動かす手を止めて、わたしは手を伸ばしてその何かを受け止める。それは、とても丁寧に折られた綺麗な紙飛行機だった。

 どこからきたものかと不思議に思いながら、無意識にそれを目の高さまで持ち上げる。初夏の鮮やかさを増してきた空には、真っ白な紙がよく映えた。

「……またアイツか」

 不意に謎が解けた。気付くと声に出して呟いていた。

 わたしのクラスで一番浮いているアイツ。窓際の席で、いつも紙飛行機ばかりいじっている男子生徒。

 振り返って校舎を見上げると、案の定二階の教室の窓からぼんやりとこちらを見下ろしているアイツがいた。

「ちょっと、掃除サボって何やってんのよ!」

 意味もなくむしゃくしゃする。手にしたものを振りかざして大声を出した。

 しかしアイツはまるで関心がないといった様子で、軽く首をかしげて見せる。

「それ、ついでに捨てておいていいから」

 眠たげで、心底面倒くさそうな声。

 もう一度よく紙飛行機を見てみると、それは昨日の小テストの解答用紙製だった。

「捨てていいもんじゃないでしょ? 今から持っていくから!」

 終わりかけていた掃除の後始末を同じ班の人に頼み、一気に階段を駆け上がる。

 到着してみると、教室掃除もほとんど終わりかけていた。

「ほら、これ」

 相手は突然目の前に突き付けられた物体に一瞬目を丸くしたが、すぐにまた眠たげな表情に戻って、

「いいって言ったのに」

 と呟いた。とりあえず、聞こえないふりをしておく。


 改めて窓から外を見てみると、澄んだ青い空を柔らかそうな雲の群れが静かに流れていて、とても清々しかった。

「あのさ……」

 わたしの無意味な苛立ちも、いつの間にか雲と一緒に流れて行ってしまった。

「なに?」

 相手は相変わらず無愛想に答える。わたしは大きな手に延々とこねくり回されている紙飛行機を指差した。

「いつもそれをいじってるけど、そんなに好きなの? 紙飛行機……」

「好きだと悪いか?」

 どうやら今度はわたしの方が相手を苛立たせてしまったらしい。

「全然。文句言う理由ないでしょ」

「あぁ」

「ただ、なんでかなーって思って。単なる興味本位だよ」

 相手は少しの間黙って空を見ていた。やがて、独り言のように

「空が青いから」

と呟いた。

 はっきり言って紙飛行機が好きであることとの直接的な繋がりは見出せない。ただわたしは、空が見事な青のグラデーションを作り出していることを急に不思議に感じた。

「わたしも好きだと思う。青い空」

 特に深くは考えず、零れるように出てきた言葉だった。すると、彼は怪訝な顔をして私を見た。

「……お前って暇人?」

「はぁ?」

 人がちょっとしみじみしているところを、見事に打ち壊してきた。

「ちょっと、それどういう意味よ? もともとあんたが変なこと言い出したんじゃない」

「なんだ、そんなに怒るなよ。それを言うなら、この話題を振ったのはお前の方だ」

 わたしがむっとして睨むと、相手は大げさに溜息をついた。

「お前、さっきから何がしたいんだよ」

「……へ?」

「捨てていいって言ったのにわざわざ持ってくるし、意味分かんないこと言うし」

 そう言われてみると、なぜコイツと絡んでみようと思ったのか、自分でも全くわからなかった。

「……ただの気まぐれよ」

 とりあえずごまかすことにする。

「面倒くせぇ気まぐれだな」

 そういって、小さく笑った。笑ったところを初めて見たような気がする。

「あはは、確かにそうかも」

 思わずつられて笑う。なんだかすごく馬鹿らしいのだが、それが何とも言えず心地よかった。


「でさ、実際のところどうなのよ?」

 一しきり笑い合った後、もう一度聞いてみる。

 日が傾き始め、掃除していた生徒もみんな帰ってしまった。

「さっきの続き?」

「そう。なんで紙飛行機ばっかりなのかって話」

「結局、俺もなんとなくかも」

「そうなの?」

 なんだか拍子抜けである。

「ただ……コイツが飛んでると、俺も一緒に飛べるから」

「……ごめん、ちょっと意味不明」

「そっか。まぁ、そんなもんかな」

 彼は一人で納得したように頷くと、振り返って教室の角に向かって紙飛行機を放った。

 真っ白な紙飛行機は影が伸びて薄暗くなってきた教室の中を滑るように飛んで行き、廊下側のドアに静かに当たって落ちた。ゆっくりと宙を舞う姿からは、なんだかとても自由を感じて。

「ちょっとわかったかも」

 わたしは微笑んで小さくそう言った。

「そっか」

 彼はまたそっけなく答えると、紙飛行機の回収に向かった。

「それにしてもよく飛ぶよね。なんかコツとかあるの?」

「まぁね……やってみれば?」

 彼は教卓の横にある余ったプリントを指した。

「じゃ、そうしてみる」


「では、いきます!」

「はいはい、どうぞ」

 張り切って挑んだものの、久々に折ったそれは、製作者の意図とは裏腹に不格好にすぐ近くの机の上に不時着した。飛行距離、およそ一メートルにも満たず。

「うわ、予想を超えて下手だなー」

「……自分で言うのもなんだけど、これはさすがにひどいわね。残念ながらあんまり器用じゃないのよ」

 彼はわたしの出来の悪い作品を手にとって眺めると、

「折り方が悪い。羽根の角度が左右でばらばらだ」

とコメントした。

「じゃあ、よく飛ぶ折り方教えてくれる?」

 ダメもとで聞いてみたのだが、

「あぁ」

 意外にもあっけなく了承を得た。


「それじゃ、飛ばすわよ!」

「どうぞ好きにやってくれ」

 期待で若干テンションが高くなってしまった。なんだか子供みたいだ。というか、高校生だからまだ子供なのか。とりあえず恥ずかしさ等は横に置いておき、勢いよく二号機を放つ。

 彼の飛行機を超すことはなかったが、今度はなかなか優雅に宙を舞った。

「すごい! 全然違う」

「だろ」

 わたしの感動に対して、彼はまんざらでもなさそうに言葉を返す。ちょっとだけ、紙飛行機を見直した。今度からは紙切れ扱いしないようにしよう。


     §


 鳥には空気の流れが波のように見えるらしい。上昇気流と下降気流が、まるで絶えず動き続ける山と谷のように。本当だろうか?

 取り留めもないことを考えながら、わたしは窓にもたれて澄んだ空を見上げる。昔から高いところは好きだし、なぜか強い憧れを感じるのだ。

 黒い点になるほどに高く高く飛ぶ雲雀が羨ましかった。あれだけ高いとどんな感じがするんだろう、と想像しようとしてみたり。地上からは点にしか見えなくても、しっかり自分の翼で風を掴んで、よく通る高い声で鳴き続ける姿が眩しかった。


 ふと、低いエンジン音が耳に届いた。しゃがんで上目使いに空を覗くと、屋根の下に飛行機が小さく見える。

「お前はいいなー。幸せかー?」

 鉄の塊のくせに悠々と空を飛んでいるなんて。なんとなく癪なので大声で呼び掛けてみた。

「……何やってんだ?、お前」

「ひゃあ‼」

 わたしとしたことが、ドアを開けっ放しにしていたようだ。お兄ちゃんに恥ずかしいところを見られてしまった……。

「な、なな、なんでもないからっ!」

 大きな音を立ててドアを閉める。今更閉めても遅いのはわかっているけれど。


 窓辺に戻ると、諸悪の根源である飛行物体は姿を晦ませていた。なんとも憎い奴である。

「わたしだって、いつかは飛んでやる!」

 今度は小さな声で呟く。わたしは小さい頃から、いつかパラグライダーに挑戦しようという野望を胸に秘めていた。

「今に見てなさい! いつかは鳥のように優雅に飛び回ってやるんだから‼」

 雲が流れるばかりの空にそんなことを熱く語る。

 窓の外を、二羽の雀が横切って行った。


    §


 放課後のがらんとした教室。掃除を終えたわたしが荷物を取りに戻ると、またアイツが白い物を手に窓の外を見ていた。

「ねぇ」

 わたしはまた声を掛けていた。

「……なんだよ」

「紙飛行機、もう一度勝負しない?」

「勝負? 勝負だったのか、この前の」

「……何でもいいから、もう一度飛ばしましょうよ」

「あぁ、いいよ」

 教えてもらった折り方を思い出し、前回よりも丁寧に折る。彼はそんなわたしを横目に見て、

「お前、おもしろいな」

 なんて、笑いもせずに呟いた。


「できた」

 根拠のない期待を寄せて、しっかりと構える。

「いくよ?」

「おう」

 わたしの掛け声で同時に手を離れた二羽の白い鳥もどきは、一メートルほどの距離をあけて静かに着地した。

「……俺の勝ち」

「あーあ、けっこう自信あったのにな」

 それでも前回よりだいぶ飛距離を伸ばしていたので、勝敗はどうあれ、満足感は十分あった。

「でも、なんでだろ? 同じ形なのにこんなに差が出るなんて」

 自分の飛ばしたものを拾い上げて、しげしげと眺めてみる。

「そりゃあ、飛ばし方が違うからだろ」

「あ! さてはわかってて教えなかったわね! 飛ばし方のコツ、教えてよ」

「……断る。それくらい自分で考えろ」

「は? 負けるのが嫌なの?」

「そうじゃねえよ!」

「うわーそうなんだー」

「だから違うって!」

 くだらない応酬が続いた。でもそれが、なんだかとても居心地良くて。


 こういうのを、人は出逢いと呼ぶのだろうか。今のこの時間、確実にわたしと彼はここにいて、確実に言葉を交わしている。そう実感することができた。

 ずっと心に薄い膜を張っていたのかもしれない。胸の奥のどこかで、もう一度触れ合うことを諦めてしまっていた気がする。

 無意識の内に、わたしは誰かと触れ合うことを、その結果肩透かしを食らって傷付くことを、密かに恐れていた。そうして、感覚を麻痺させてしまっていたのだ。

 何かと、誰かと、出逢う感覚。

 それを忘れたと言って虚ろな目をしていたのは、はっきり言ってしまえば他でもない寂しさのせいであって。

 そんな風に胸につかえていたこの孤独を、彼の放つ紙飛行機は、いつの間にかその翼に乗せて飛んで行った。わたしが見上げるばかりの、あの高く青い空に向かって。

 だからだろうか。知らぬ間に身体が軽くなって、背中に羽根でも生えたようなこの気持ちは。

 わたしは今まで抱えていた妙な個別感が嘘のように薄らいでいることに気付いた。


「ねぇ」

「……今度は何だよ」

 もういい加減、この人の無愛想な態度にも慣れた。逆にそれが気持ちいいくらいに。

「いつかさ、パラグライダーとか、やりに行かない?」

「……へ?」

「だからさ、今度はマジでわたし達が飛ぶの。どう?」

 初めて表に出てきた、密かな想い。それは意外な程にするりと口を衝いて出た。

 この人なら、わかってくれるかもしれない。一緒に飛べるかもしれない。そんな直感によって。

 少しして、彼は予想だにしないことを口にした。

「ごめん。俺、高所恐怖症」

「……はぁ? それ本気で言ってるの?」

 あまりに意外過ぎて声が裏返ってしまった。

「本気も本気。悪ぃな」

「なんだ、自分が飛びたいんじゃないのか……」

 あからさまにがっかりした声になってしまう。自分の直感、あてにならないなぁ、なんて思ったり。

「いや、飛びたいのは気持ちだけなんだよ」

 彼は取り成すように話し出した。

「心だけもっと遠くまで飛んで行ければいいなって、そんだけのこと」

「高く、じゃなくて、遠く?」

 今までのわたしには無かった視点。

「そう、遠く」

 再び彼の手を離れた白は、音もなく窓から出て行った。

「もっと広い世界を見たい、的な……」

「そっか」

 なんとなくわかる気もした。そして、なんだかとても男の子らしいとも思った。

「そっか」

 わたしは思わず微笑んでいた。

「でも、お前が飛ぶのを見るのはすっごくおもしろそうだ」

 窓に目を向けたまま彼は言う。

「そん時は見に行ってやる。それだけで、俺も飛べると思うし」

「そっか」

 またそっけなく返したけれど、頬は自然と緩んでいた。二人にとっての飛行とは、そんな形なのだろう。


 鳥のように自由じゃなくても、飛行機のように堂々としていなくても。

 紙飛行機のようにふらつきながらでいい。

 まだ見ぬ広く高い空を夢に見て。

 君とだったらどこまでも。

 君とだったら、どこまでも飛べる気がした。


最後までお読み下さりありがとうございました。

爽やかな読後感になっているといいな、と思っております。


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― 新着の感想 ―
[一言] その時間の中で、どれだけ、人とかかわったか、そしてその人たちとの別れる度合い。それが卒業式の悲しみの具合をけるんですよね。 小学校はそこそこ、中学校はなかなか、高校生以降はほとんど別れるでし…
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