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死期  作者: 遊哉
1/2

残された時間


 「俺には人に言えない秘密の力が使える。」

なんて馬鹿らしいことを言って本気で信じてしまうのは、余程の電波さんか、まだサンタクロースを信じて疑わない少年少女の方々だけだろう。

実際その秘密の力なんて物を信じ切っている人に出会った際には、俺は笑い出さずには居られない筈だ。

しかし現実は意外と厳しいもので、自分とは違う方向に地球が動くこともしばしば。

例えればクリーム入りと書いてあるパンを生クリームと期待して買ったところ、中から黄色いカスタードが出てきたというような感じで、結果から言うと非常に残念な事に不本意ながら俺こと桐島孝平は、

「人には言えない秘密の力が使える。」

 

 使えると言っても、火の玉を飛ばしたり、瞬間移動したりするファンタジー溢れるかっこいい力ではない。

妖怪が見れるとか、陰陽道を遣いこなせるというような妖しく、不気味な力でもなければ、占い師ように、この先の恋愛運や仕事運がわかる、みたいなOLが喜びそうな都合のいい力でもない。

この力が俺に教えてくれるのはたった一つ、それは人の死ぬまでに残された時間。

そう、

『死期』である。




        ******************************




 何にもない無重力ステーションのような場所を彷徨ってた俺は突然の騒音に起こされた。

安らかな時間に終わりを告げるこの騒音を放つ機械を俺は理不尽に嫌ってるため、反射的にこの機械を叩き付ける。

日々、俺との戦いで傷だらけになっているそいつは静かにその唸りを止めた。

寒くて布団から出たがらない体を無理に起こし、急いで母の部屋へ向う。

「佐希子さん、起きろ」

布団の中で丸くなってる母を揺さぶり起こしながら言った。

「あとぉ、ちょっ・・・とぉ・・・・・・」

「早くしないと会社に遅れるぞ。また部長にセクハラされるぞ」

このあいだセクハラされてた時は、夜中まで愚痴を聞かされる羽目になったのだから、もう勘弁してほしい。

「こうちゃんがオフロ作ってくれたらぁ・・・起きるからぁ・・・」

などと言われたので、お風呂を作ってから、それでも起きない母を叩き起こし、お風呂に引きずり込み、その間に朝食と弁当を仕上げたのち、食べたがらない母に朝食を飲み込ませ、玄関まで連れて行く。

「今日も遅くなるから夕食作って、待っといてね」

夫に突然先立たれ、それにもかかわらずせっせと働いてくれる母にこれ以上負担をかけないよう、家のことは俺がすべてやっている。

「今日はスーパーの牛肉が安い日だから、久しぶりに鍋にするぞ」

「本当!?じゃあ今日は走って帰らなくちゃぁ」

母は掌に乗せている弁当を落としそうになりながら、子供のようにはしゃいでる。

両手が塞がっている母のためにドアを開け外に出る。

まだ日の出てない空は薄暗く、少し憂慮な面持ちになる。

「気をつけろよ」

「こうちゃんも学校楽しんで・・・。」

笑顔で手を振る母の顔が少し悲しげに見えた。

 

 母が見えなくなるのを待ってから、凍りのように冷たくなっているドアを開けて家に戻った。

玄関の前で自分の部屋を睨みながら溜め息まじりに呟いた。

「次は妹か・・・」



 自分の部屋に入ると端の方にボロボロな飾り気のない目覚まし時計が転がっている。

それとは対象的な時計が部屋の反対側に、まるでそのボロボロな時計を見下すかのように置いてある。

その傍らで寝ている少女はとても義務教育を卒業してから半年以上経っている高校生には見えない。

その白銀の髪に隠れた色白で細い体は、今にも溶けそうな気がして、少し躊躇してしまう。

「ユキ起きろ」

積み重なっている布団を一枚一枚剥がしながら一つ年下の妹を起こす。

「寒い」

布団の中から落ち着いた、静やかな声が返ってくる。

「寒いならさっさと風呂に入れ」

妹の雪と布団の奪い合いをしながら俺は答えた。

(それにしてもこいつは何枚布団をかぶれば気が済むんだ・・・・・・。)

日増しに増えていく布団がどこから来たのか不安になる一方で、寒がりに生まれた妹が気の毒に思えてしまう。

「昨日マフラーと手袋を編んどいたから、学校行くとき着けていけよ」

「孝平はとうとう編み物を習得しちゃったんだ。専業主夫の道に一歩近づいたみたいね」

妹は布団を一枚ぐるぐるとその細い体に巻きつけながら、淡々とした口調で俺の心臓に針を刺した。

俺は馬鹿にされたことを気にする素振りをみせず、妹にタオルと着替えの制服を押し渡す。

「お風呂の中でコケるなよ。怪我したらたいへんだからな」

「孝平じゃあるまいし」

あいかわずの憎まれ口を放つ妹の心臓あたりを見ながら、俺はいつものように不安げに溜め息をついた。

 

 妹の入浴時間の間、俺は部屋を片付ける。母の部屋はいつも綺麗で、昨日飲んだはずのビール缶もない。

きっと俺に気を使って、らしくもなく部屋を毎日掃除しているのだろう。

まかせてくれたらいい物を・・・・・・。

次は子供部屋だ。

別に汚いわけでもないのだが、俺の布団とは対象的に、妹の敷布団の周りには夥しい数の布団が天井を目指すかのように重なり合っている。

(これはかかりそうだ。)

 

 すべて片付け終わった頃には、妹はすでにお風呂から上がって、その腰まで伸びてる長々とした髪を黙々と乾かしいた。

「俺が風呂入ってる間に準備済ましとけよ。あと三十分しか無いんだから」

「わかってる」

イチイチうるさい俺が腹立たしくなったのか、妹は少し心悪そうに言った。

俺は部屋のタンスからタオルを取り出し、脱衣所に入って服を脱ぎ捨てた。

寒さのあまり震えだす自分の体を抑えて、ぬるまったお湯に浸かりながら俺はいつものように考え事を始めた。

(今日のユキはいつも以上に機嫌が悪い。

昨日誕生日だったのに何も言ってやれなかったからか。

もしかしたら今日が父の命日だからか。

それとも・・・。)

懸賞で当たった防水時計の針がいつの間にか五つ分進んでいる

(体洗って早く出ないと。)

 

 相変らず遅い妹の準備を手伝い、なんとか時間に間に合わせ、外に出た。

空はまだ薄明るく、とても静寂としている。

「寒いか?」

「昨日よりはマシ」

「大丈夫か?」

「大丈夫」

分厚いコートと毛糸のマフラーに手袋というなんとも暖かそうな衣類に身を包まれていながら、返って来る言葉には寒気しか感じられない。

「おはよう」

近所のおばあさんが犬と一緒にいつもの笑顔で挨拶を送る。

「おはようございます」

少し頭を下げながら挨拶を返す俺の後ろには、犬が苦手な妹が隠れるように立っている。

「朝から仲良しですねぇ」

「いえいえ」

照れたように答えた俺は、真直ぐとおばあさんの心臓あたりを見ていた。そこには不自然に、しかしはっきりと数字が刻んである。

『1082』

(あと三年ぐらいか・・・。)

わた飴のようにもわもわとした溜め息を吐きながら、俺は自分が沈鬱な気持ちになるのを感じる。

「行って来ます」

「あら、行ってらっしゃい」

おばあさんとは反対方向へ歩き出した俺の横にはいつの間にか妹が並んでる。

身長差は二十センチぐらいだろうか。

俺はいつものようにゆっくりと妹の左胸あたりを見下ろした。

一ミリぐらい緩んでた緊張の糸がまた張り付く。

日々減っていくその数字を見るたび、心臓が潰されるように痛みだす。

そこにくっきりと刻んである数字は

 『1』だった

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