私、いつまで聖女やらなきゃならないんですか?
短編です。
「おお、聖女殿よ!どうかこの世界を救って下され!」
大学の構内を歩いていた際に急に足元が光ったかと思うと次の瞬間、私こと飯島ミサトは見知らぬ場所にいた。
石造りの壁に囲われた窓のない小部屋にいた。
声をかけてきたのは正面に立ついかにも”王様”といった真っ赤なローブを羽織と王冠を被った中年の男。
その背後には同じくらいきらびやかな衣装に身を包んだ美青年。
他にも異世界ファンタジーで見た騎士や魔道士っぽい格好の人が30人ほどで私を囲んでいた。
なるほど、これが異世界召喚という奴か。
「我はこのガストール王国の王ウォルト!そしてこれが私の息子で皇太子のリチャードだ」
紹介を受けた美青年が前に進み出る。
「まずはあなたのお名前をお教え頂けますか?」
「い、飯島、ミサトです」
リチャードが軽やかな動作で私の前に跪くと、柔らかい金髪がふわりと揺れた。
「聖女ミサト殿。異世界より何の断りもなくお呼び立てした無礼をお許し下さい。ですが我々にはこうするしかなかったのです。どうか力をお貸し下さい」
*****
王子の話によるとこの王都はモンスターに攻め込まれて大変なことになっているらしい。
別室に通され、リチャードから現状に関する説明を受けた。
「これまでは我々現地の騎士団で対処してきたのですが、王国のモンスターは日に日に数が増えてきており最早我々だけでは防ぎ切ることができなくなってきているのです」
そんなわけで異世界から私を呼び、浄化魔法でモンスターを倒してもらおうという話になったらしい。
「そんなこと言われましても、私は聖女でもなければ浄化魔法なんてのも使えませんけど?」
心配ありません、とリチャードは微笑む。
「書物に残る伝説によると、乙女が世界を渡り歩く時にその者は聖女となり浄化魔法を会得するそうです」
おい、と私の後ろにいた使用人と思しき人物に指示を出す。
私の目の前に中が墨で濁ったような色をした水晶玉が置かれた。
「モンスターの魔素を封じ込めた玉です。軽く触れてみて貰えますか?」
憂いを帯びた瞳でそんな風に頼まれては致し方ない。
私が軽く触れてみると、水晶玉の濁りが瞬く間に消え失せた。
「おお!」
リチャードが感嘆の声を上げた。
*****
それからというもの聖女としてモンスターを浄化する日々が始まった。
モンスターから王都を守る最前線と言われる砦に連れてこられた私は十分に安全な距離を取った上で、ゴマ粒みたいな怪物に向かって見様見真似で「浄化魔法出ろー」と手をかざした。
「おお、見ろ!モンスターが消えていく!」
朝起きてまず王都の中央にそびえる塔の上から周辺にたむろするゴブリンやオークの群れを消し去り、午前中は砦に移動、昼頃に大規模浄化魔法を一発放ち、打ち漏らしをちまちま処理しながら夕方に城へ戻ってくる。
最初はそんなぽんぽん打って体に影響はないかと心配したが、今のところこれといった症状はない。疲れもほとんど感じなかった。
「おそらくミサトは無尽蔵な魔力をお持ちなのでしょうね」とはリチャードの言だ。
リチャードは私の案内役兼護衛として毎日行く先々へ同伴してくれる。
私だって若い女だ。何なら元の世界では色恋沙汰には縁がなかった。
そんなもんだからアイドルみたいな顔と声の男性が常に近くにいるとドキドキしてしまう。
いつかそういう関係になる日が来るのだろうか、などと分を弁えず夢想してしまう。
*****
ある日、砦から帰ってくる途中で道端に子供が倒れているのを目にした。
「馬車を止めて!」
リチャードの制止を振り切り馬車が完全に止まるのを待たずして外へ飛び出ると、子どもの方に駆け寄る。
女の子だった。
まだ辛うじて息はあったが、真っ赤な顔で苦しそうに喘いでいる。額に手を当てると熱が酷かった。
「あなた、家はどこ?親は?」
周囲に母親らしき人物を探すが突然現れた貴族にビビって身を縮めている浮浪者ばかりだ。
「捨て子でしょうね」
追いかけてきたリチャードが平然とした声で言う。
「このあたりではよく見かけますよ」
何故この人はこんなにあっけらかんとしていられるのだろう。
子供を治療院へ連れていきたいと申し出ると、怪訝な表情で首を傾げられた。
「どうしてそれを病院へ?」
「どうしてって…こんな高熱を出して倒れているのに放っておくわけにはいかないじゃないの!」
「でも平民の浮浪児ですよ?」
ああ、そうか。
私はようやくリチャードと話が噛み合っていない理由を理解した。
価値観が違うのだ。
私にとってこの少女は自分と同じ人間の子供だが、リチャードにとってはその限りでない。
皇太子である彼にとって”人”とは”貴族”のことであり、平民は野良犬かドブネズミ程度の認識なのだ。
訝しむ彼を何とか説得し、少女を治療院へ運んでやったところすんでのところで事なきを得た。
リリィと名乗る彼女はやはり身寄りのない捨て子と判明し、ひとまず私のところで面倒を見ることになった。
幼い命を救えたことは喜ばしかったが、一方でこのことがあって以来、私が王国を見る目は変わった。
*****
「いつまでこんなことを続けなくてはならないのだろう…」
「聖女様、何か?」
傍に控えていた騎士が尋ねた。
「いえ、ただのひとりごとです」
「左様ですか」
リチャードは三ヶ月ほどで同伴しなくなった。
『私もそろそろ通常の政務に戻らなくてはなりません。それにずっとつきっきりではミサトも落ち着かないでしょう』
そんなことを言っていたが、毎日のようにパーティを開いていることは知っている。
私が異世界にやって来てからすでに半年近くが経過していた。
元の世界の家族とは疎遠だったし、これといって友人もいなかった私にとってあの世界は未練がある場所ではない。
別にこの世界にずっといても構わないとは召喚された当初から考えていた。
ただ、いくら浄化魔法の行使自体は楽といえど終わりのない作業を日々こなすというのは正直、精神的にくるものがあった。
何しろ浄化魔法を打っても打ってもモンスターの数は一向に減らない。増えもしないが減りもしないのだ。
それでも王国のためを思えば日課もこなせようが、そのモチベーションも最近は著しく低下している。
リリィの一件があって以来、少し広い視野で物事が見えるようになった。
結果、この国がいかに貴族主義で平民の命を小さく見ているかが身に沁みてわかった。
王は自分達貴族を優先した政治を行い、民をどう生かさず殺さず搾り取れるかをシミュレーションゲームのパラメータを弄るように操作した。
城下は飢えているのに自分達は毎日パーティで放蕩三昧。
平民も荒れ放題で、街は浮浪者でごった返していた。
子供に暴力を振るう親。
女に狼藉を働く男。
少しでも金の匂いがすれば奪われ、弱さを見せればつけこまれる。
何度か民を救う制度や施設を作ってはどうかとリチャードに進言したことがあったが、まるでその意義を理解して貰えなかった。時間をかけて説明してやると最後はやや疲れた面持ちで「わかりました。私の方から王にかけあってみせましょう」という返事を貰った。
だが偶然その後リチャードが王宮の廊下で部下と話しているのを耳にしてしまった。
「やれやれ、ミサトにも困ったものです。聖女だから無碍に扱うわけにもいかないとはいえ、女が国の運営に口を出すなど…私の気を惹きたいのでしょうかね?」
「殿下が一度抱いてやれば大人しくなるのでは?」
「そうですね。そろそろ一度くらい夜の供をしてやりましょうか」
いつまでこの国を救わなければならないのだろう?
そもそもこんな国を救う必要なんてあるのかな?
*****
「この王都はね、巨大なダンジョンなんですよ」
ある晩、寝室の私を尋ねてきたのは会話のできる人の形をしたモンスターだった。
体をすっぽりと覆う真っ黒な外套を纏っているが、頭部はただの仮面という出で立ち。
「つまり本来地中に埋まっていたダンジョンの表土をくり抜き、大規模な土魔法で地上に露出させて建てた街なんです。なんでそんなことをしたかって?さてね、おおかたいちいち装備を揃えてちまちまダンジョンに潜るよりこの方が便利だとでも考えたんじゃないですか?人間というのは妙な物の考え方をしますからね」
そう言えばこの荒廃した国が何を主要な産業としているのか全く知らない。
「アイテムの採掘やモンスターの素材はダンジョンからしか取れませんからね」
「私、モンスターの勢力が日に日に強くなってきて耐えられなくなったからってこの世界に呼ばれたんだけど」
嘘っぱちですね、とモンスターは肩をすくめた。
「実際に浄化魔法を行使しているあなたならわかるでしょう?」
私は沈黙で肯定の意を示した。
「我々はこれまで一定の間隔、一定の規模で発生している筈です。そう、これまではね」
ふふふ、とモンスターが肩を揺する。
「案外、あなたがこの世界に呼ばれたのも経費削減とかが理由なんじゃないですか?」
そういえば私の日課に付き添っていた人が騎士団の規模縮小に伴う所属部署の解体で故郷に帰ってしまっていた。
「何にせよ、迷惑を被っているのは我々ダンジョンのモンスターです。無理やり地上に引きずり出されてポンポンあなたに処理される。いい迷惑だ。我々はね地中に帰りたいんですよ」
モンスターが足元の影に溶け込むように沈み始めた。
「私があなたのもとを訪れた目的はただ一つ。何も知らないあなたに事情を教えて、我々の行く手を阻むことを控えて頂きたいから。あなたが賢明な判断を下すことを祈ります」
そうして言いたいことだけ言うと影に溶け込むようにして消えてしまった。
私は窓から外の月を見上げた。
まだ夜は深い。
今から出発すれば、朝までには砦近くの森に逃げ込めるだろう。
最低限の荷物をまとめているとぎぃ、と小さく扉が開く音が聞こえた。
「リリィ」
少女は部屋に入ってくると今度は音を立てないようにそっと扉を閉じて私を見つめた。
「……眠れないの?」
首を横へ振る。
「…………一緒に来る?」
彼女はこくり、と頷いた。
一ヶ月後、私達は新たに生活を共にし始めた隣国の宿で、ガストール王国が崩壊したという報せを耳にした。
かつてない規模のモンスターの大群から襲撃を受け、一夜の内に滅んでしまったそうだ。
このくらいの分量が自分にはしっくりきます。




