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今日からよろしくね

作者: オセロ
掲載日:2026/05/01

お久しぶりです

 教室は塩素の匂いが充満していた。

 気だるい空気が室内を包む。

 俺は数学教師の小田の背中を可哀想にと思いながら見つめる。

ーーーよりによって水泳の後に数学って。

 疲れた体に呪文を刻み耐えられるのはクラス上位の徳田か、男子と別れて体育館で授業を受けていた女子生徒くらいだろう。けど、その頼みの徳田も女子生徒も総じて生あくびをしているので、このクラスで弛緩した空気に耐えられるのはいないわけだ。

 小田はそれを理解してるのかクラスの空気を注意することなく淡々と仕事をしている。

 欠伸をしながら隣を見ると眼鏡をかけた女子生徒も他のクラスメイト同様に黒板をまっすぐ見つめている科ように装ってた。彼女は俺の視線に気づいたのかこっちを見て軽く手を振った。そして何か思いついたかのように机に向かう。

 視線を外にやると雲一つない青々とした空のなかにポツリと太陽が西に傾きだしていた。

 しばらくすると机に小さな紙があるのに気がついた。隣の女子生徒を見ると、小さくそれを開けとジェスチャーしていた。

「今日からよろしくね♡」と書かれていた。

 女子生徒を見るとニヤニヤと笑っていた。

 だからその紙の裏にシャーペンで「こちらこそ」と書いて女子生徒の机に置いた。


 事の発端は水泳の授業開始の事だ。

 俺は水泳という授業が大嫌いなのでそのサボり方を知っている。簡単な話だ。そもそも水着を持ってこなければいいのだ。 そしたらいくら体育教師の岡本いえど無理強いできない。

 そもそもなんで水泳がきらいかって? そうだよ、泳げないからだ。それに俺の通っている中学は水泳の授業は男女別。女子のスクール水着姿も見れないのだから嫌な事に嫌々出席するメリットが一つもない。

 けどデメリットは大きい。一つは夏の体育の評価が大幅に下がること。それは別に推薦を狙ってないからあまり気にしてない。もう一つ所属しているバスケ部の顧問にどやされることくらいだ。

 それくらいだろう。きっと。

 俺は水着を忘れたことを職員室にいた体育教師の岡本に告げにいく。「水沢、お前⋯⋯」と頭を掻かれ「体育館裏の草取り」と命じられた。

 こういうのって大体グラウンド何周って話だと思っていたが生憎ほかの学年がグラウンドで体育を使うらしく俺はお邪魔のようだ。

 授業の合図をプールサイドで済ませ俺は言われた通り体育館裏に行く。

 体育館裏は石で埋め尽くされており草もそれほど生えてなかった。

「お、ラッキー」

 適当に20本くらい草を抜いて俺は日陰で涼んでいた。グラウンドからは他学年の声がきこえ、体育館からドンドンとボールを弾ませる音がする。どうやら女子はバスケのようだ。

 体育館の壁をぼんやり見上げていると、ゴムが弾ける音とともに茶色いボールが足元に転がってきた。

 俺はそれを拾い上げて、出どころの扉を見た。

 しばらくして扉が開き、一人の女子生徒が出てきた。隣の席の宮内だった。授業中は丸眼鏡をかけている彼女だが、どうやら体育では外しているらしい。

「あ、水沢君。ごめんなさい。ボール……」

「ほい」

 投げると宮内は慌てて受け取った。俺はその背後、体育館の中を覗いた。壁際で女子が二人、宮内の方を見て何か言いながら笑っていた。隣のクラスの佐藤と山田だ。

 俺は思わず立ち上がった。

「宮内さん。もしかしてあの二人にいじめられてる?」

 宮内は一瞬固まって、それからにこっと笑った。

「そんなことないよ。どうしたの、水沢君」

「ならいいけど」

 俺はボールを追う口実で体育館の扉に寄り、中を覗いた。

 どうやら宮内さんは佐藤と一緒のチームのようだ。山田と佐藤は経験者だけあって二手に分かれてゲームをさせられていた。しばらく見ていると経験者だけあって佐藤と山田,は特別うまく見える。ポストプレーからドリブルシュートまで素人を際立させながらうまく立ち回っている。

 けれど、彼女らのプレーに違和感を覚える。彼女らは他の人に対してはそれほど速いパスを出していないのが、宮内さんの時だけ異様に当たりが強い。パスからドリブル、シュートブロック。彼女のシュートモーションに入る前から他の人よりチェックがきつく彼女のフォームが崩れている。抜くときも体を当てる必要がないのにあえて体を当てて抜いている。そしてなにより佐藤のパスは他の人よりも異様に速い。

「こいつら」

 一見、受け取れない強さじゃないが、素人が受けるには速すぎる。案の定また彼女がボールを弾いた。ボールが外に転がってくる。

 彼女が慌てた様子でこちらに走ってくる。それを見て彼女らがニヤニヤしていた。俺はボールを拾い上げ、宮内さんを通り越して体育館の中に行く。

「佐藤に山田。相変わらず下手くそだなー」

 体育館の中が静かになった。

「だからレギュラー取れないんじゃねぇの?」

「ちょ、水沢君」

 宮内が飛んできたが俺は無視した。佐藤と山田がコートから出てきた。

「なんだぁ、水沢」

「お前ら素人が受け取れないパス出すとか。チームプレー出来ねぇからレギュラーになれねぇんじゃねぇの?」

「てめぇ、いい加減に——」

「何? 宮内さんいじめてたのしい? 俺が相手してやってもいいけど?」

「ちょ、水沢君!?」

 宮内が止めに入ろうとするが、俺は続ける。

「ってかさぁ、水沢。男子は水泳だろ。なんでここにいんだよ」

「そりゃ水着忘れたから。そしたら岡本に裏の草取り命令されたんだけど?」

「水沢君、いいって、ね」

 宮内がやめてと言いたげに俺の腕引っ張る。

「いーや。体育といえど、こんなやつらと同じスポーツしてると思われたくないからさ」

「ほー、言うね」

 佐藤と山田が喧嘩腰になってきたところで、俺の頭に鈍い衝撃がきた。

「はいそこー、喧嘩しないの」

 バインダーだ。振り返ると女子担当の沢田女教師が仁王立ちしていた。

「なんで俺なんだけなんすか!」

「水沢君? あなた体育館裏の草取りは?」

 どうやら岡本に俺の事の面倒も頼まれたらしい。

「目の前でいじめ見てそっちに集中しろってか?」

「教師にタメ口使わない」

 再び頭に衝撃がくる。

ーーーこの女、俺の母ちゃんよりえげつねえ、攻撃に一切迷いがない。体罰だなんだと言われる昨今。怖くないのかよ。

「それと、そこの二人はあとで話そうね」

「宮内さんも戻ってね。授業中だから」

「は、はい」

 山田と佐藤は沢田先生のに威圧に屈し大人しくなった。

 そしてこの場は終わりだと言わんばかりに淡々と指示をはじめた。

「おい、俺の話は」

「水沢君? あなたはこっち。いい?」

そう言って体育館裏に居ろと言わんばかりに指を指す。

「いや、でもコイツら——」

 また続けるし、今ので悪化するだろ。こいつらどう見ても反省なんかするわけない。

「うーん。まぁ水沢君の気持ちもわかるし、私としてはこれで体育が嫌いになられても困るからなー。そうだ。バスケの借りはバスケで返そう」

 いい提案だと彼女はにやりと笑った。

「は?」

「だってバスケを汚されたから怒ってるんでしょ? それとも宮内さんだから?」

「前者ですけど?」

「じゃあ話は早い。2vs2で3本勝負。勝ったほうが正義でいこうか」

「は? 俺の相方って」

「そりゃ宮内さんに決まってるじゃん。当事者なんだから。そっちは佐藤さんと山田さんね。負けた方は1週間昼休み校庭の草取りね」

「ちょ、おい!」

「あ? 貴重な時間使ってやるって言ってんの? バレたらこっちも怒られるんですけど?」

 それ以上何か言ってみろ。お前わかってんな。そういう声だった。その気になれば人1人くらい殺せそうな眼だ。

 前から思っていたけど鬼だ、この人。

 宮内が俺の袖を引いた。

「水沢君。えーと、ごめんね。巻き込んじゃって」

「いいよ、別に」

「あ、それと必ず一回はパスすること。1人でドリブルからシュートは禁止だから」

「は? おい!」

「あ? 水沢君? さっきパスが下手とか言ってたよね?」

「そうだそうだ。素人相手にっていってたよな」

「そうやってうちらをバカにしたよな」

 こいつら、いい気になりやがって。こっちは素人1人抱えてお前等経験者って。ぜってえつぶす。


 俺は教室の外に設置されているロッカーから体育館シューズを持ちこみ、ボールをついて感触を確かめた。体育館の床は思ったほど滑らない。そして前を見ると普段より広く感じた。2vs2ならそんなもんだろう。

 隣に宮内が立った。

「ごめんね、私見ての通りバスケ全然わからないから」

「ドリブルしてパス出して、」

「う、うん」

「後は確実にゴールに入れられるところにいろ。そしてさっきと同じようにボールを投げたら絶対入るから」

「え?」

 自信なさげにキョトンとした宮内に指示し、俺は向かいの佐藤と山田を見た。  

 二人とも体育館シューズを履いてウォームアップしている。部活でやってるだけあって動きに無駄がない

「水沢君最近調子に乗ってるから私たちがボコボコにしてあげるね」

「そうそう。男バスのレギュラーが女バスの控えに負けたって言いふらしてあげる」

 クズだなこいつら、と思った。

 沢田の笛が鳴った。

 佐藤がボールを持って仕掛けてきた。ドリブルのリズムが速い。俺はフットワークで対応しながら、宮内の位置を視界の端で確認した。ゴール下の少し手前で立ち尽くしている。

 左を見ると宮内の死角から山田が見えた。宮内は気付いていないようだ。

 俺は声をかけた。

「宮内、左。前に立つだけでいいから」

「う、うん」

 宮内がはっとして左に走り山田の前に立つ。

「っち、余計なことを」

 死角からゴール下を走ってレイアップってところを狙ったんだろうが、素人でも前にたてば動きは止められる。

 それに、正直、佐藤だけの1on1なら楽勝だ。縛りのおかげで絶対にパスしないといけないおかげでコースも絞れる。

「佐藤。そのままそいつを抜け」

「いや、それができたら⋯⋯」

 佐藤の手が緩んだ瞬間に俺はボールに手を伸ばした。弾かれたボールを拾う。

「宮内そのまままっすぐ走れ!」

 彼女は言われた通りに走る。フリースローラインめがけて走った。

「あいつにシュートはない」

「お前からボールをとれば勝ちってわけよ」

 山田と佐藤が俺をスピードに乗せないように二人がかりで止めに来る。彼女は完全にフリーだった。

「そうやって見誤る。だから補欠なんだろてめぇら」

 俺は彼女の前にボールが落ちるように軽く山なりでボールを投げた。

「「は? こいつ正気か」」

 虚を突かれた佐藤と山田は頭上を通るボールをただ眺める。

 ボールはフリースローラインにいた彼女がそのままキャッチ。そして落ち着いてボールを放つ。ボールはボードに当たりリング通過した。

 入った。

「入った。やったー」

 無邪気にはしゃぐ宮内の気を抜かないように俺は活を入れる

「後1本。まだ気を抜くな」

「ご、ごめん」

「謝らなくていい」

 山田がボールを拾って攻撃が切り替わる。

「あんなまぐれに負けるか」

 今度は山田がドリブルで上がってきた。俺はポジションを取りながら宮内に声をかける。

「佐藤見とけ。俺が山田に行く」

「わ、わかった」

 山田は女バスの中でも男子並みに速い。でもドリブルのコースが読みやすい。右に仕掛けて左に切り返すパターンを2回繰り返したところで俺はカットに入った。ボールが俺の手に当たって転がる。宮内が拾った。

「そのまま打て!」

 彼女は迷いながらシュートを打った。そしてボールはリングの縁にあたりコートの外に出た。

 彼女は複雑な顔をした。

 そろそろ佐藤と山田の目が変わってきた。目配せをしているのが分かった。本気で来る気だ。

 再び笛が鳴る。山田が佐藤にパスをだした。パスのテンポが速い。

「宮内さん、ゴール下でいい」

「う、うん」

 さすがに部活でやってるだけあってコンビネーションが出来上がっている。

 コート中央付近で山田のドリブルをとめると俺の後ろに佐藤が走り出していた。山田は迷わず佐藤にパスをする。宮内と1vs1だを仕掛けてきた。

「調子に乗んなよ」

 佐藤は宮内を軽くかわしてレイアップ。

 1-1だ。

「ご、ごめん」

「いいって。謝るな」 

 宮内が俺にボールをだした。あの女教師の話ならこれで一応制限は解除される。このままあの2人を抜いておれがレイアップを決めたらこの勝負勝ちだけど、

「宮内。走れ」

「え、でも」

 宮内も勝つためにはこのまま俺が2人を抜いて終わり。そう思っていたそうだが、それは勝ちじゃない。

「いいから、ゴール下まで走れ」

「う、うん」

 これは体育だ。実際のバスケのように細かいルールはない。

「おいおい、水沢君。さっきまでの威勢はどうした? 恥じかかせてやるよ」

 佐藤が俺をマークする。

 俺はゆっくり宮内がゴール下まで走り終わるのを待って俺はドリブルを開始した。

「来いよ。雑魚」

「テメェ」

「ちょ、佐藤」

 進路を塞いでゴール下まだゆっくり動かせばまだ勝てただろうに。

 佐藤は俺の挑発に乗ってボールを取りに来た。素早く右から左にボールを切り返して佐藤を抜く。

 1本目が相当こたえたのか山田は宮内にボールが渡ってもカバーできる位置にいた。

「簡単に抜かれんなって」

 慌てて山田が宮内のマークを外れて俺に向かってくる。宮内はゴール前でフリーだ。

 佐藤の頭の上に山なりでボールを投げる。ボールはゴール下の宮内の手にすんなり収まった。

「しまっ、」

 宮内は1本目と同じように丁寧にボードにボールを当て、ボールらリングを通過した。

「はい勝ちー。これに懲りて真面目に練習しろ」

 俺は佐藤と山田を挑発する。佐藤と山田が苦虫を噛み潰したような顔で俺等を見つめる。

 ゴールを決めた宮内も俺ところに駆け寄ってくる。

「水沢君ありがとう」

「宮内さんが決めたんだから」

「水沢君のおかげだもん」

 宮内はそう言って自分の手のひらをじっと見ていた。

「はい残念。時間でしたー」

 沢田先生の声がした。

「は?」

「は? じゃないわよ。授業時間内に終わらなかったんだから引き分けでしょ」

「は? ブザービーターは?」

「宮内さん。惜しかったね。もうちょい早ければね」

 子供をあやすかのように優しかった。

「じゃあ草取りは」

「4人まとめてね」

「「「「え」」」」

 沢田は4人を見つめてにっこり笑った。

「体育を止めて大声出した罰。当然でしょ」

ーーーこのババア。

「じゃあ片付けして解散!山田さんと佐藤さんは着替えたら職員室ね」

 終わりと言わんばかりにパンと両手を叩いてその場を閉める。

「あんたらのせいでほかの子たちはもう終わってるから片付けもよろしく」

「それと水沢くんも。岡本先生には私から言っておくから。片付け手伝ってね」

「へいへー」

 理由はどうあれ体育館を使ったのだから片付けはするつもりだったがいざ言われると。

沢田先生はそれに付け加えるように耳元で

「それと最後、宮内さんに決めさせたのは良かっよ」

 と囁いてその場を後にした。

 佐藤と山田がボールを体育倉庫に直しに行く。俺と宮内さんは床を磨くためにモップを取りに行く。

「なんかごめんね。結局草取りになっちゃって」 

 俺は宮内さんに謝った。1週間草取りになったこと。佐藤と山田が態度。最後の方づけ。

 こんな面倒巻き込んでしまったこと。

 けど彼女は「ううん。こっちこそごめんね。巻き込んで」そう言って俺の顔を見ることもなく足早にモップをかけだした。


誤字脱字あったらすみません

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