狙われるじゃじゃ馬姫
サヤ=ライリーは、はねっかえり姫、ルーンの
手をしっかり握って走っていた。
烈火のごとく赤い髪が、窓から差し込む
風に揺れている。小さな体には、汗の玉が
垂れ落ちていた。
力を出し切ったことのないサヤは、
それがこんなにつらいこととは知らなかった。
「何故……私を助ける?」
「ああ!?」
訳が分からないという顔のルーンを、
キッとサヤが睨みつけた。
びくっとなるルーン。
「なんでって、友達助けちゃいけないのかよ」
「とも……だち……」
「あんたはそんなこと思っちゃいないかも
しれない、でも、オレにとっては
あんたは友達なんだよ!」
「ありがとう……」
ルーンは心の中が温かくなるのを感じていた。
いつになく素直に礼を言う。
笑顔が太陽のように輝いた。
「私も、そなたと友になりたいと思うぞ」
「姫さん! 姫さんってのもなんかな、
ルーン、仲良くしようぜ!」
「もちろん!!」
二人は今までの事も忘れて立ち止っていた。
ルーンの手が、しっかりとサヤの手を握り返す。
「ぅあ……」
「サヤ!?」
サヤの顔が青ざめていた。だらだらと脂汗のような
ものが流れている。その顔には、苦痛の表情。
彼女の腹に、深々とナイフが突き刺さっていた。
血がポタポタと滴り落ちている。
「サヤッ!! どうした!!」
ルーンの叫び声に応える声は無く、
サヤの小さな体は崩れ落ちた。
倒れる前に抜いたらしく、
カラン、と血にまみれたナイフが落下する。
流れ出た血が、髪の色と混じる。
べっとりと服についた血は、ルーンの心を騒がせた。
「サヤ!! しっかりしろ、サヤ!!」
ルーンはサヤを助け起こした。血が服についたが、
そんなこと構っていられない。彼女は服の袖を
やぶり、サヤの腹にあてた。
血はまったく止まらず、布が瞬く間に真っ赤に染まる。
ハンカチももう一方の袖も、同じ運命をたどった。
「誰か、誰か助けて! サヤを助けて!!」
スカートのすそを少しやぶってサヤの腹に
押し当て、ルーンはひときわ大きな声で叫んだ。
サヤは精神力を使い果たし、黒い狼に変じている。
それをしっかりと抱きしめて、ルーンは
叫び続けていた。
黒い水が少しずつ近づいているのを、
彼女は気づいていない。黒い水から突き出た手
が、ナイフを握っていることに、彼女はまったく
気づいていないのだった。
「血の匂いがしない?」
そう言ったのは、ルーだった。彼女は人狼のサヤ
ほどではないが、嗅覚は優れている。
「血ってまさか、王女様が!?」
ゆきなが珍しく慌てていた。元々青白い顔が、
さらに青くなっている。ルミアも同じ反応だった。
「サヤ……」
ルーの顔から血の気が引いた。血の匂いに混じって、
獣のような匂いがする。こんなところに、他の人狼が
いるとは思えなかった。
「サヤ!! サヤを助けなきゃ!!」
ルーは透き通った羽根をはばたかせた。
まさに疾風のような速さで駆け抜けていく。
ルミアとゆきなもキッと顔を上げた。
ゆきなが氷の波のようなものを作り上げる。
「しっかり掴まっててよ、ルミア!!」
「了解よ!!」
氷の波を滑り、いつも走るのとは格段に
早い早さでゆきなは空中を飛んで行った。
全ては、仲間を、家族同然の者を助けるために。
彼女たちは必死になっていた。
「死ねッ!! ルーン王女!!」
「きゃあっ!!」
きらめく白刃がひるがえる。
叫び声とともにナイフを奮われ、
ルーンはよけきれずに肩を怪我した。
腕の中には、いまだ動かない黒い子狼がいる。
それを手放す訳にはいかず、ルーンはじりじりと
後ろに下がった。サヤの血はもう止まっている。
けれど、ぴくりとも動かなかった。
(サヤは絶対に守るッ!)
ルーンはしっかりと子狼ーーサヤを抱きしめた。
暗殺者に背を向け、サヤに攻撃がいかないように
深く抱きしめて彼女を守ろうとする。
暗殺者はナイフを振りかぶった。
がーー。
「させないんだから!」
キンッ、と飛び出してきたルーの能力でナイフが
はじけ飛ぶ。怒りに身を震わせたルーは、
羽根の色に反して悪魔のようにも見えた。
チッと暗殺者が舌打ちする。
来た時と同じように黒い水にまぎれようとしたけれど、
その水がいきなり凍りついた。
「逃がさない!!」
ゆきなだ。無茶なことをしたせいで少し怪我を
している彼女は、ルーと同じように煮えくり返る
感情をおさえようともしない。
「よくも、リーダーに怪我させたわね……」
三人目の、やはり怪我を負っているルミアも、
怒っていた。怒りのあまり、変身が解けかけて
時折、頭にヘビが浮かんでは消える。
水に飛び込んだところで凍らされたので、
暗殺者は全く動くことができない。
彼はこの依頼を受けたことを後悔したが、
すべては遅かった。もう彼女たちは激怒している。
大事な家族を、仲間を傷つけられたのだから。
「安心しなさいよ、殺しはしないわ」
「サヤの痛み、おもいしって!!」
「許さないから……」
暗殺者の悲鳴は、城中に響き渡ったという。
怪我をしたサヤだが、吾妻夙によって回復術
を施され、ことなきを得た。そして、ギルドに新メンバーが
入ったのだ。城が壊滅し、行く所がなくなったルーン姫である。
王直属の依頼もあり、ルーたちとも和解した彼女は、
しばらくギルドですごすことになったのだったーー。
またまた新メンバー加入です。
少しわがままですが、
優しい目で見てやってください。