清らかなる少女との出会い
吾妻夙は、泣きながら走っていた。
ルーンが追いかけてくるけれど、そのことには
気が付いているのだけれど、止まらずに走る。
あんなこと、言うつもりではなかった。
だが、夙はここで過ごすうちに不安になり、
つい心にためこんで一生言うつもりでは
なかったことを吐き出してしまったのだった。
どうしてあんなことを言ってしまったのだろうと、
後悔ばかりが浮かんできて一向に頭が冷えない。
と、向こう側から何者かがやってきた。
服装を見て、ここのギルドの者だと気づく。
その瞬間、顔から血の気が引いた。
ルーンも立ち止って青ざめている。
それは、ギルドの男の表情が
楽しげであったからだった。
(しまった……忘れていた!!)
「おい、そこで何をしている」
ルーンも夙も答えることができなかった。
動くことさえもできずに固まっている。
男が夙の肩を掴もうとした、その時だった。
「なに、してるの……?」
幼い少女の声が響き渡った。
不思議な雰囲気の少女だった。
肌の色はまるで生きていない人形を
想わせる青白い色をしていて、
目はガラスを想わせる青い色。
白だか銀だか分からない髪を腰まで垂らしていた。
決して威圧的な雰囲気ではない。
しかし、何をしているのかと少女に問われた
男は、まるで殺してやるとでも言われたかのように
青ざめて行った。
少女は夙の前までやってくると、無機質な
瞳で男を見つめていた。
「ここで、何、してるの……?」
もう一度問う。ひっ、と喉の奥で悲鳴を
上げた男がじりじりと後退した。
少女の声も表情もあくまで穏やかなのにである。
「お、俺はただ散歩をしていただけです。
ご、ごきげんよう守護姫様!!」
男は逃げるようにその場から去って行った。
守護姫と呼ばれた少女は黙ってその後ろ姿を見送る。
「あの、あなたは……?」
夙が問いかけると、少女は何も言わずに踵を返した。
助けてくれたのだろうか、と思ったルーンがお礼を
言うために肩に手をかけようとする。
とーー。
「な、何……!?」
手は少女の体を突き抜けた。実態がないのだ。
ルーンはもう一度手を伸ばしたが、今度もその
手は空を切って触れることはかなわなかった。
「お前、何者だ!?」
「私は、守護姫……」
それだけ言うと、少女はまるで幽霊ででも
あるかのようにふっと姿を消したーー。
同時刻、倉木ルカ&サヤ=ライリーは。
部屋でとりあえず休んでいた。
サヤはここに以前いた時のことを思いだしたようで、
うつむくようにかたいベッドに腰かけている。
その顔は前髪に隠されて見えなかったが、
かなりつらそうなのがルカには分かっていた。
ルカも死んだ妹のことを思い出してうつむく。
暗い空気がその場に流れ始めていた。
最初部屋に着いた時は、カラ元気かもしれないが、
彼女は元気だったのだった。
その表情が陰ったのは、白衣を着た男が採血に
来てからだった。その瞬間、サヤが青ざめたのだ。
ルカが手を握ったけれど、そんなものなど
なぐさめにもならないようだった。
男はサヤが男装していたこともあり、
彼女の正体には一切気付かなかったけれど、
サヤはこの男を知っていた。
実験だと称して妖しげな薬を飲ませ、
サヤを苦しめた張本人だったのだ。
サヤが悲鳴を上げたり逃げたり
しなかったのは、奇跡に近いかもしれない。
なんとか採血が終わり、サヤはその後は
一言も口を聞いていなかった。
ルカはサヤの体が小さく震えていることや、
隠れた顔から涙のような雫が垂れていることを、
見てみないふりをしていた。
サヤが泣いている、ここでの恐怖に震えている。
その辛さを体験していないルカには、
彼女に何か言ってあげることも、
なにもしてあげることもできなかった。
そんな時だった。
「開けて!! 開けてください!!」
「助けて!! 僕達を助けて!!」
二人分の悲鳴が響き渡ったのだった。
それは、イルク=タルデアとアニタ=リスキールの声だ。
サヤははっとなって涙をふいて顔を上げると、
すぐに扉を開いて二人を出迎えた。
二人はサヤとルカの姿に驚いたものの、
何も言わずに部屋に入るとほっと息を吐き出した。
「何で、お前らがここにいるんだよ?」
サヤは若干和らいだ口調で二人に椅子をすすめた。
二人は罰が悪そうにうつむく。
「彼女を、放っておくことができなかったんだ。
だから、眠り薬をルーンたちの食事に仕込んで……」
「馬鹿野郎!!」
「「ひゃああっ!!」」
アニタが説明すると、サヤがカッと紅い瞳
に怒りをにじませて怒鳴りつけた。
二人が悲鳴を上げ、ルカの後ろに退避する。
「お前ら、分かってんだろ!! ここが、
どういう場所だか!! 大人しくギルドにいればいいものを」
でも、サヤには仲間の危機に何かしてやりたいと
思う気持ちがよく分かっていた。
ため息をつき、ベッドから降りる。
「しばらくここにいろよ。分かっていると思うけど、
食事には手をつけるな。行くぜ、ルカ」
「リーダー?」
「早く出口探して、こいつらを帰すんだよ」
サヤはルカの腕を引いて歩き出した。
ルカがどうしたかと聞くと、出口を探して
こいつらを早くここから出すと返ってきた。
ここは科学者や狂ったものたちの巣窟。
食事さえも、否水でさえも被験者たちには
何がふるまわれるかは分からない。
それは、ここですごしたものなら全員が
知っていた。世話係だったという、夕顔さえも。
早くここから出たいという欲求をこらえ、
サヤはルカの、頼りになる仲間の手を
掴みながら歩き出すのだったーー。
ついに清らかなる少女が登場しました。
彼女の正体は誰なのか!?
そして、アニタたちがサヤと合流。
サヤたちは二人で出口の捜索
に乗り出します。
次回もよろしくお願いします。