巫女の少女は悪夢を見る
吾妻夙は巫女として生を受けた。
生まれつき巫女の彼女は、誰からも愛されていた。
だけど、そんな彼女には仲間が、友達がいなかった。
誰もが彼女を巫女様として扱い、よそよそしい態度ばかりを
取っていた。実の親でさえも、彼女を実の娘として
扱ってはくれなかった。
だから夙はいつも一人だった。
そんな時、出会ったのがエリオット=アディソンだった。
彼は夙と彼女を呼んでくれた。「様」がついていたけれど、
巫女ではなく夙として、一人の少女として彼女を扱ってくれた。
夙は過保護すぎる嫌いはあるけれど、だんだん彼に魅かれて
いった。もう一人ではないと、心から思えたのだ。
だがーー。
悲劇は唐突に起こったーー。
その日、夙はいつものようにたずねてくる村人たちに
占いの結果を教えたり、指示を出したりして過ごしていた。
隣にはエリオットがいて、水やタオルを差し出してくれる。
夙は安心して仕事に熱中することができた。
エリオットがいるならば何の心配もない。
食事の用意も、女官たちや神官たちの手配も彼がやってくれていた。
「エリオット、いつもありがとう」
夙はにっこりと笑うと、人の切れ間に彼に語りかけた。
いつも話しかけたりはしない少女の言葉に、彼は驚いたような
顔をしたが、やがて笑うとこう言い返した。
「仕事ですから、当然のことですよ、夙様」
「それでも嬉しいのよ。私は、あなたがいるから
何の心配も不安も感じなくて済むのだもの」
エリオットの頬が赤く染まった。
しかし、慌てたようにすぐ目をそらしてしまった。
巫女の護衛役兼神官の彼は、巫女に対して
感情を持ってはいけないとされている。
夙はまた人が来たので、それ以上彼と話す
ことができなかった。
「巫女様、そろそろ食事の時間ですよ」
人が来なくなって数分後、女官長として
長く務めている老女が彼女に声をかけると、
壊れ物でも扱うかのように優しく腕に
ふれ、彼女を食堂に連れて行った。
食堂とはいっても、彼女だけが使うことを
許された個人だけのものだった。
豪華な作りで長いテーブルがあるのだけれど、
一人だけしか座らないのでスペースがかなり
余っている状態だった。
「夙様、お手を」
「はい」
エリオットに声をかけられ、夙は日の光を
浴びたことのない白い手を差し出した。
華美な装飾を施された椅子に腰かけさせられ、
すっ、と椅子が押される。
「……ありがとう、皆。エリオット以外は
下がっていいわ」
『わかりました、巫女様』
女官たちがゆるやかに部屋を退出した。
彼女たちも夙に理解がある者たちだった。
同じ年、もしくは母、祖母のような年齢の
者たちである。態度には出さないが、
温かい気持ちのようなものを抱いているのだろう。
エリオットは苦い顔をしながらも、夙が
一緒にテーブルについて欲しいと頼むと
断ったりはしなかった。
今日もおいしい食事を食べながらエリオットと話す。
それだけなら、いつも通りだった。
それなのにーー。
「きゃああああああっ!!」
「狼藉者!! 巫女様には指一本……
いやああああああっ!!」
響いたのは、女官たちの悲鳴だった。
青ざめた夙は立ち上がり、部屋を出て行こうとする。
「夙様!!」
「放して!! 助けなきゃ!!」
しかし、エリオットが腕を拘束して動けないようにした。
夙は暴れ、衣装が少し乱れる。
それでもエリオットは手を放さなかった。
手を放したら、この勇敢にして無鉄砲な巫女が
飛び出していくと分かっているから。
「彼女たちの死を無駄にはしないでください。
ここには鍵がかけてあります。
しばらく動かないでください」
「まだあの子たちは死んでない!! 死んでいるかどうか
なんて分からないじゃない!! 早く鍵を開けて、
私が駄目なんだったら見に行ってよ、エリオット!!」
「もう駄目です。悲鳴や息遣いさえも感じられない。
彼女たちは死んだでしょう」
「そんな……」
夙は力が抜け、エリオットに抱きつくかのように
倒れ込んでしまった。エリオットは一瞬紅くなり、
そしてそんな場合ではないと思い直して
彼女を支えた。
夙は頭の中を黒い感情がよぎるのを感じていた。
彼女たちが何をしたというのだ?
……何もしていない!! 何も、
していないじゃないか!!
彼女たちの罪のない命を奪った者たちが許せない。
殺すのなら、私を、巫女である私だけを殺せばよかったのに。
「いけない、夙様!!」
彼女の変化に気づいてエリオットが彼女を揺さぶろうとする。
だが、それよりも前に夙が彼を強い力で突き飛ばしていた。
壁に叩きつけられ、呻くエリオット。
夙は無表情でそれをいちべつすると、鍵のかかっているはずの
扉に手をかけ、いともたやすく扉を破壊してしまった。
狂気が、燃えたぎる怒りが彼女を支配している。
夙はそのまま部屋の外に飛び出した。
そこには、死体がごろごろと転がっていた。
女官たち、神官、神官候補生、無差別に何人も殺されていた。
「何で、こんなひどいことを!!」
「おや、巫女様。ようやく覚醒ですね」
「覚醒!?」
「あなたは闇の巫女とおなりになったのですよ。
実験は成功のようだ」
「実験!? そんなことのために……
そんなことのために皆を殺したのか!!」
夙はにこにこと笑っている男に掴みかかり、
首を強い力で締め上げた。
男の顔が苦しげなものに変わり、
手を叩いてくるが夙は力を緩めない。
「夙様、駄目です!! このままでは、あなたは
本当に闇に染まってしまう!!」
エリオットが取り押さえたため、夙は泣きながら
身をよじってなおも男を殺そうとしたが、
男は恐怖を感じたのかそのまま逃げてしまった。
彼女に残されたのは、エリオットと自分自身。
そして、男が忘れて行った『科学者ギルド』
の名刺だけだったーー。
その日から、復讐を誓った彼女はそのギルドと
対立しているらしい『ホラーギルド』にエリオットと
共に入り、組織を叩きつぶすため、できることなら
何でもやった。力はそれほどなかったので、
情報収集につとめた。
闇に染まりかけた彼女は、もう清らかなる巫女ではない。
実験のため、ただそれだけのために大事な人達も、自分の将来さえも犠牲
にされてしまったなれの果てだったーー。
今回は夙の過去編です。
闇の巫女にするための実験。
ただそれだけのためにすべてを
失った彼女。
次回は本編に戻って話を進めます。