狼少女と天邪鬼の息子の買い物 後編
サヤ=ライリーは、倉木ルカと共に市場を
歩いていた。手にはアイスを持って上機嫌である。
ルカはちょっと苦笑していた。
「リーダー本当にこれでいいんですか?」
「あに?」
サヤは口にアイスを頬ぼったまま返事を返す。
ルカは完全に呆れて眉をひそめた。
「物を口に入れてしゃべるなって言われませんでしたか?」
そう言った途端、サヤの顔が真っ青になった。アイスを
落としかけ、慌てて強く握る。あまりに強い力で握ったので、
コーンが壊れてアイスが飛び散った。
「うわっ!! ああああああ……やっちまった……」
あまりに情けない顔をしてるので、ついルカはくすくす笑って
しまい、サヤに睨まれた。
「笑うんじゃねえよ、ばかっ!! ばかばかばかっ!!」
「うわっ、いたた!! やめてくださいよ、リーダー!!」
「うっせえ!!」
サヤはボカボカとルカを殴り始めた。悲鳴のような
声が上がるが、構わずに殴り続ける。
彼女の顔は髪の色と同じくらい真っ赤だった。
べったりとアイスが服につき、ルカはかなり情けない顔である。
それを見ると、サヤの機嫌は少し直った。
「手がべたべたしやがる。洗いに行こうぜ、ルカ」
「僕の服がべたべたなのは、リーダーのせいなんですけど?」
ルカは珍しく低い声で言った。少し怖くなり、サヤは必死で謝る。
二人は服と手を近くの水場で洗い、また市場に戻ってきた。
「リーダー、行儀が悪いって怒られたことでもあったんですか?」
「うん……なぎが、な……」
なぎとは、ギルドメンバーの吾妻夙のことである。
礼儀や行儀には厳しい彼女は、サヤのもっとも恐れる人なのだった。
「ああ、夙さんですか。あの方は厳しいですよね」
ルカも苦笑したように言った。サヤはこくこくと頷きながら
ため息をつく。本人が聞いていたら、きっと怒られただろう。
「なあ、ルカ」
悲しげな声でサヤが言ってきたのは、そのすぐ後だった。
ルカも悲しそうな顔になり、黙っている。
「俺が落ち込んでるなんてらしくないよな? でも、聞いてくれるんだろ?
ルカ。お前と俺は同じなんだから……」
立場も状況も違うけれど、ルカとサヤは同じハーフだった。
人間と妖怪の狭間の者。
「はい……話してくれますか?」
「俺、前も同じことがあったんだよ。頭が真っ白になって、
気が付いたら、いじめっ子殺してた……血が駄目なんだよ俺」
サヤはなるべく何でもない事のように言おうとしていたけれど、
その目は涙でうるんでいた。痛いくらい握りしめられた拳が、
なんともいたたまれない。
「俺、怖いよ……誰かを傷つけちゃうのが怖いよ……」
震えがまじった声は、ひどくか細くて、ルカはなんと言っていいのか
分からなくなった。ルカは血を抑えきれないようなことに
陥ったことなんてない。
「仲間を、皆を傷つけちゃうのが怖いんだよ……」
ルー・シオン・夙・ゆきな・エリオット・ルミア・ルーン・夕顔。
そしてルカ……。サヤにはたくさんの仲間がいる。
その誰も、傷つけたくなんてない。
それがサヤの心からの気持ちだった。
ルカは思わずサヤを抱きしめていた。サヤは驚いた顔をしていたが、
抵抗はしない。優しい声でルカは言った。
「僕がリーダーを……サヤを、守る。誰も傷つけないように、
絶対に守って見せる」
「本当に、守ってくれるのか……?」
サヤは涙の混じった声で言った。背中に回された腕は、かなり温かい。
頼ってもいいのだろうか。サヤはひどく悩んでいた。
強くならなければいけなかった。石を投げられ、悪口を言われ、
いじめられ続けてきた。だから、男言葉ばかり使ってわざと
乱暴な物言いや言動をしてきた。でも、ルカがいればそんなこと
しなくてもいいのだろうか。もう、無理しなくてもいいのだろうか。
「命に変えても守ります……」
涙をこぼすと、サヤはルカにしっかりと抱きついた。
サヤとルカの距離が近づきます。
まだまだサヤは恋愛にはうといので、
そういう関係ではありませんが。
次回も見てください。