番外編・狼少女の過去
サヤ=ライリーは、人狼と、人間の間に生まれた子だった。
その瞳のせいで、禍の目だ、とも言われていた。
サヤは幼い頃から、誹謗中傷をぶつけられて
生きてきた。両親はとうにいない。だから、誰もサヤを擁護するものは
いなかった。サヤはいつも一人だった。
半端者、狭間者、ハーフ。サヤのような境遇の者は、そう呼ばれる。
この世界では、妖怪・魔物・人間以外の者は認められないのだ。
「誰が半端モンだこらあああああっ!!」
古臭く、今にも崩れ落ちそうな小屋に、少女の怒声が響き渡る。
サヤはここで暮らしているのである。誰も援助などしない。
たまに同情する者がいないでもなかったが、周りの目を気にして
手を貸すことはない。仲間はずれになるのが怖いのだ。
「半端モンのくせに、生意気なんだよ!!」
サヤは威嚇するような唸り声を発した。怒りに呼応するように、
黒い獣の耳と尻尾が立ちあがっている。
だけれど、サヤは飛びかかったりはできなかった。
罰を与えられるからだ。こんなのは公平ではないと思いつつも、
サヤに反論は許されない。ただ、仕置きがきつくなるだけだ。
それを分かっているから、村の子供たちは増長してサヤを罵る。
「化け物!! お前なんか、生きている価値ないんだよっ!!」
「そうだそうだ!! 死んじまえ!!」
子供の一人がサヤに向かって石を投げつけた。
彼女が慌ててかわし、それは別の子供にぶつかる。
「何するのよ!!」
「お、俺のせいじゃないぞ!! 半端モンがよけるのがいけないんだ!!」
睨まれた少年は、憎しみを込めてサヤを睨みつけた。
石がぶつかったせいで怪我をした少女も、キッとサヤを睨みつける。
「あんたのせいで私が怪我をしたじゃない!! なんてことするのよ」
手前勝手な言い分に、サヤはぐっ、と唇を噛んで耐えた。
彼女の歯はすべて牙なので、血が口いっぱいに広がる。
俺のせいじゃない。そう言い返したいのに、言い返しても
話が通じないから、サヤは言い返せない。
「化け物が私に怪我をさせたわ!! お父様、早くこいつを
痛い目にあわせてよ!!」
怪我をした少女は、村長の娘だった。ホッとしたように
息をつく少年が、サヤにはひどく苛立たしい。
サヤの心は嵐のように騒いでいた。許せない。こいつらが許せない。
ハーフだと、人間と妖怪の狭間にいるというだけで、罵り、
あざけり、石をぶつけるあいつらが許せない。
純血だというのが、そんなに偉いのか?
混血は、何をされてもいいというのか?
サヤは泣きそうだった。彼女は村人と争う気なんかない。
ただ、仲良くしたいだけなのに、誰もそんなことは思わない。
混血でも純血でも悪い奴といい奴は必ずいるものである。
だが、彼らにとっては混血は悪者で、純血はいい奴なのだった。
サヤは憎しみを心に秘めたまま、自分を包囲する子供たちや
大人たちを見ていた。抵抗しても、まだわずか十歳の子供では、
いくら力がつよくても全員にかなう訳はない。
サヤは取り押さえられ、無理やり引きずられるように
村長の家に連れて行かれた。
村長は厳めしい顔立ちをした男だが、一人娘を溺愛していた。
息子がハーフに殺されたということもあり、誰よりも狭間者を憎んでいた。
「またお前か、狭間者! 今度は何をした!?」
「俺は何もしてねえよっ!!」
ついにサヤの怒りが爆発した。朝から晩まで理不尽な目にあわされれば、
どんな温厚な者も怒るだろう。ましてや、サヤはあまり気が長い方では
なかった。それに、ひねられている腕がすごく痛い。
「あんたの大事な娘に怪我させたのは、ここにいるこいつだ!
俺はちっとも悪くないぜ!!」
石をぶつけた少年が、血の気の引いた顔になるのを見て、
サヤは少し機嫌を良くした。だが、その大事な娘が
証言した言葉に、落胆した。
「いいえ、お父様。この子はハーフに石を投げたのです。
ハーフがよけたから、私が怪我をしたのですわ」
「そうか……」
サヤは身をすくませた。また、痛い目にあわされる。
いつもそうだ。今日も、その例にはもれないだろう。
サヤはいつも今日は違いますように、と祈るのだが、
いまだかつてその願いがかなえられることはなかった。
「あれを持て。こいつには罰を与えねばならんな」
視線の先にいるのは、さっきの少年……ではなく、
やはりサヤだった。今日もサヤの願いはかなえられなかったのだ。
一時間後、サヤはひりひりする体中に、涙を浮かべていた。
鞭で嫌というほど体を打たれたのだ。泣こうが、喚こうがそれは
やまない。それどころが、さらに力を込めて叩かれるのだ。
「……っく。ひっく……痛いよ……痛いよう……」
小屋に戻ったサヤは、泣きながら体に薬をつけていた。
痣がまた増えた。一生、こんな生活が続くのだろうか。
すりむけた箇所が、ずきずきと熱をもってうずく。
ひょっとしたら、血が出ているかもしれない。
サヤは慎重に背中に触れた。……痛い!!
たえがたい痛みが走る。だが、それ以上に気分が高揚していた。
手にはべったりと血がついている。それを見た時、サヤの
心は高鳴りさえも感じていた。痛みなどもう感じなかった。
その瞬間、サヤの心には野生の狩猟本能が目覚めていた。
本能に身を任せたサヤは、気がつくと、血の海にいた。
今まで自分をいじめた少年や少女たちが、物言わぬ状態で
倒れている。サヤは口も、爪も、牙も、すべて血にまみれていた。
……殺したのは、自分だ。サヤは愕然とした。
子供たちは確かに憎んでいた。だけど、殺したいと思ったことなんかない。
なのに、自分は彼らを殺してしまったのだ。
そこ知れない恐怖と、後悔に身を震わせる少女に向けられた視線は、
畏怖と殺意が込められていたーー。
サヤはもう、大人たちに連れて行かれても抵抗をしなかった。
青ざめた顔のままで、うつむいて歩いていた。
あそこは天国ではなかった。だが、少なくとも、一人ではなかったのだ。
いつも誰かがいた。たとえ、味方ではなくても。
サヤはどこへ連れて行かれるのだろうと思った。
聞いてみても、誰も答えてくれない。やがて、変な匂いのする
建物についたところで、サヤに突き飛ばされるように手を放された。
「人狼と人間の混血だ。いくら払う?」
「……でどうでしょうか?」
「それでいい」
サヤは売られるのだと分かり、胸にちくりと痛みが走った。
何か値段のやり取りをしているらしいけれど、サヤにはお金の
単位も通貨も分からないので、首をかしげるばかりだった。
「おい、お前、来い!」
「俺?」
「そうだ!! さっさと来い!!」
サヤは、それから地獄のような日々を送ることになった。
彼女はあそこでの日々など天国のようなものだったと
思い知ることとなった。サヤが売られたのは、科学者ギルドと
呼ばれる集団だったのだ。毎日人体実験が行われ、そんな日々は
サヤから生きる気力や笑顔を奪っていった。
作られた薬を飲ませられたり、どのくらいの痛みにたえれるのか、と
拷問の様な目にあわされたりもした。それに、このギルドでは、
自ら命を断つことさえも許されない。実験とか以外では、手足を枷
で拘束され、檻に入れられて過ごす。舌を噛み切ったりしないように、
口にも枷はされていた。
そんな彼女を救ったのは、ルイーズ=ドラクールだった。
彼女もまた村から売られたのだ。吸血鬼でありながら、
虹色の妖精のごとき翼を持って生まれた彼女は、サヤのようにひどい目に
あわされてきたのである。ほぼ同じ境遇の彼女たちは、すぐに仲良くなり、
共にギルドを抜け出した。いつか、このギルドに壊滅させ、被害者を
なくすために、彼女たちは自らギルドを立ち上げたのであったーー。
今回はサヤの過去編です。サヤもルーもひどい目に
あわされて来たんです。次回はちゃんと本編に
戻ります。また過去編はやりたいと思いますので、
今後も見てやってください。