じゃじゃ馬姫の初仕事 後編
「あぶないっ!!」
ドンッと突き飛ばされ、サヤは土の上に転がった。
慌てて起き上ると、ルカの体を巨大な爪がひっかくのが
見えた。ルカはサヤをかばったのである。
「ルカッ!! おい、大丈夫か!?」
サヤは自分の顔から血の気が引いて行くのが分かった。
ルカは肩から血を流して倒れている。
傷は浅いようだったが、血の量がかなり多かった。
「サヤ!! 何してる!! 早く止血しろ!!」
ずっと動かなかったルーンが、慌てたように
ルカに走り寄っていた。白いハンカチを
ルカの傷口にあてがい、それが一面血に染まる。
しかし、血は止まりかけたようだった。
少しサヤに調子が戻ってくる。
「よくもルカを……。オレの家族を傷つけてくれたな」
巨大な爪がサヤに向かって伸ばされる。
サヤは肉薄すると、跳んだ。身の軽さならば、
サヤは誰にも負けない。
巨大な魔物の上に飛び乗り、拳が飛んでくる前に
よけ、相手の力を利用して攻撃を与えていた。
キッとルーンも顔を上げる。
「ルカ!! 私たちもやるぞ!! サヤに加勢するんだ!!」
「了解!!」
ルーンとルカは魔物に向かって攻撃を開始した。
その頃、シオンとルーは。
いまだ口を利かないままだった。
ルーはもう泣きやんでいたが、口を開こうとはしないし、
まるでシオンが隣にいないかのようにふるまっていた。
妖精のような羽根で、そこらじゅうを飛び回っている。
シオンはさみしそうな顔だったけれど、やっぱり
仮面をかぶっていたので、気づかれることはなかった。
ルーは今、自分のことしか考えていない。
サヤに拒絶された、と悲しむことしかしていなかった。
「ルー!」
シオンがようやく声を発した。幾分大きな声である。
だが、ルーは無視した。シオンが苛立ったように
近づいてくる。手を掴もうとしてきたけれど、
ルーはさらに高度を上げて彼が近づけないようにした。
「いい加減にしろよ、敵だ!! ルー!!」
敵なんかいない。そう言いかけたルーは、襲い来る爪の
攻撃をかわして悲鳴を上げた。山のように大きな魔物が、
後ろからルーを狙っていたのである。
さっき、シオンはそれを知らせようとしたのだ。
ルーの顔に悲しそうな顔が浮かんだ。
力を使って一時的に敵を動けなくする。
「ごめんね、シオン、ごめんね……」
「いや、いいよ。仲間だもんな……危ないっ!!」
えっ、とルーは声をあげて振り向いた。
巨大な手が彼女に迫っている。
体が大きすぎたため、ルーの力はそこまで効かなかったのだ。
「きゃあああああああっ!!」
「よけろ、るうううううっ!!」
シオンは青ざめていた。愛しい少女が、死の危険に直面している。
そのことがかれの心を騒がせた。
そのまま心が命じるままに、彼はその場に飛び込んだ。
仮面がはじけとばされ、バラバラになって破片を飛び散らせる。
だが、シオンもルーも無事だった。敵の爪は、仮面だけを攻撃したのだ。
「大丈夫か、ルー!!」
「う……うん……」
ルーはまともにシオンの顔を覗き込んでいた。こんなことをしたのは、
初めてだ。彼はいつも仮面をつけていたし、一時つけていない時もあったが、
彼の顔に興味なんてなかったし、こうして見つめることなんてなかった。
彼は、こんなに恰好が良かっただろうか。
ルーは胸が高鳴るのを、どうすることもできなかった。
と、いきなりシオンは目をそらした。顔がひどく紅い。
ルーにはどうしてなのか分からなかった。
「あ、ごめんね、シオン。仮面が……」
「いいよ。仮面より、ルーの方が大事」
二人はお互いに紅くなり、うつむいていた。
だが、二人は完全に魔物のことを忘れていた。
攻撃されて思い出し、慌ててよける。そのさいにルーが腰をぬかして
しまったので、シオンが横抱きにして走ることになった。
「あははははははははは!!」
一方、ルーンたちは愕然としていた。
サヤが、いきなり狂ったような笑い声をあげたかと思うと、
鋭い爪で魔物を引き裂き始めたのだ。その顔にも体にも
服にも血が飛び散っていたが、サヤは攻撃の手を休めなかった。
その紅い目は、どこも見ていない。しいて言うならば、敵だけを
見つめていた。血の赤と相まって、不気味に輝いて見える。
ルカは初めて彼女に恐怖を感じた。
魔物は苦痛の声を上げ、降参するかのようにその場に伏せる。
だが、彼女は手を止めなかった。ルーンは青ざめたまま動かない。
「駄目!!」
ルカは彼女を止めようと走り出した。けれど時遅く、サヤは
魔物に爪を突き立てたところだった。心臓部に深く深く刺さった爪は、
血で赤黒く汚れている。
「リーダー!! サヤ!! 落ち着いてよ、もうやめて!!」
ルカの呼びかけに、サヤの視線が動いた。ルカとルーンの、
青ざめた顔を、その紅い目が移す。
「ルカ? ルーン? オレどうしたんだ?」
その目には明るい光が戻っていた。正気に返ったらしい。
と、いきなり悲鳴が上がった。サヤは見てしまったのだ。
血で染まった体中と、死んでいる魔物。自分の爪が突き刺さっているのだから、
自分で殺したのは明らかだった。
その後、四人は再開し、ルーたちがお目当ての薬草を見つけていたので
帰ることができたけれど、サヤたちは一言も口を利かなかったというーー。
じゃじゃ馬姫、とタイトルにあるのですが、
ルーンがあまり目立ちませんでした。
ルーとシオンの恋愛が一歩前進みます。
そして、サヤの暴走。次回はシリアス
を目指します。