ギルドの日々
「ふざけんなっ!! 誰がはんぱもんだって!?」
ギルド内部に、少女の怒声が響き渡る。烈火のごとく赤い髪と、
同じく紅い目、『禍の目』と呼ばれる目を持つ少女だ。
名はサヤ。サヤ=ライリー。
人間の父親と、人狼であった母親との間に生まれた、
半妖の少女である。
『ホラー・ギルド』の創立者であり、リーダーでもあった。
鋭い牙をむいて唸られ、少女を罵った依頼人が、ひっ、と声を上げた。
この世界に住まうのは、魔物・妖怪・人間。が、その狭間に位置する者、
いわゆるハーフは、差別の対象として、中傷など
を受けていた。このサヤも、その例にもれない。
「リーダー!! サヤ!! 落ち着いて!!」
金髪金目の幼き吸血鬼、ルイーズ=ドラクールが
彼女をはがいじめにして止める。金の目に涙がたまった。
「止めるな、ルー!!」
「駄目だってば!! 相手は依頼人だよ!?」
「だって、こいつ、オレのことはんぱもんって呼びやがった!!」
「みんな、見てないで手伝ってよ~!!」
ルイーズ(愛称ルー)の声を受け、イチゴミルクを飲んでいた少女が、
面倒そうに顔を上げた。かわいらしい顔をしているが、表情は欠片もない。
雪ん子のゆきなだった。
白に近い銀の髪を揺らし、彼女はふうっと息を吹きかける。
サヤは氷像になり、動けなくなった。
「今の内に逃げてください!!」
ルーはサヤを下におろし、涙目で依頼人に言う。依頼人はチッと舌うちし、
二度とこんなところくるか、と吐き捨てた。
「あっ!!」
ルーが青ざめる。ゆきなの銀色の目が、ぎらぎらと妖しく光っていた。
ここのギルドは、彼らにとって唯一の居場所なのだ。
全員が、親が死んだか、捨てられた、親のいない子のみで結成されたギルド、
それが『ホラーギルド』だった。
「人間風情が、このギルドをバカにするなんて。今すぐ殺してやる!!」
「ゆきちゃん落ち着いてえ!! 早く、あなたも逃げて!!
ゆきちゃんは有言実行の人なの!!」
今度はゆきなを取り押さえ、ルーが叫ぶ。命の危機を感じたのか、
彼はすぐに本部から出て行った。
数分後、氷から解放されたサヤは、ぶるぶる震えながら、
温めの紅茶をすすっていた。猫舌なのだ。
「ううっ。寒かったあ!!」
「まったくお前は、どうしてそう怒りっぽいんだ?」
「だって!!」
この中で一番の年長者、褐色の肌の青年、
エリオット=アディソンが、じろりとサヤを睨みつけた。
彼は妖怪ではない。人間だ。
人間にもいろいろとふしぎな力を持つものはいて、
そうゆう人間ならば、このギルドに入ることができるのである。
そういうものたちも、一部は差別を受けることもあった。
エリオットはその一部の人間だ。
サヤの狼の耳が、犬のようにぺたりと垂れた。
「ゆきなも、また騒ぎを起こしたらしいね」
ふん、と彼女は鼻を鳴らした。分厚い辞書をめくる手を止め、睨み返す。
「あんなやつ、依頼を受ける価値もないわ」
「ムカツクのはわかる。オレだって、その場にいたら怒ったと思う。
だがな、だからって、何をしてもいいってわけじゃないぞ!!」
「だって、悪いのは、あいつだろっ!!」
「そうよ、そうよ!!」
「もうその辺で許して差し上げたら?」
優雅に玉露をすすっていた、巫女の少女、吾妻夙
が立ち上がってエリオットを見つめていた。
巫女は妖怪たちの仲間でも、人間の仲間でもない。
だが、聖職者、生神様として崇められているので、
そんな不遜なことをするものはいなかった。
「夙さま、しかし……」
「わたくしの言うことが聞けませんの?」
桜色の着物に葡萄酒色袴の彼女は、エリオットの主だった。
彼は、ギルドの仕事以外に、彼女の神殿に仕えているのだ。
主従関係にあるエリオットは、彼女に逆らえない。
「わかりました、夙さま」
「なぎ、ありがとう」
「なぎさ、ないす!!」
パチンと三人はハイタッチをした。はあっとエリオットがため息をつく。
ルーがポンと肩を叩いてなぐさめた。
このギルドのメンバーは、下は十歳から、上は十七歳までいる。
妖怪・魔物などが多いギルドだった。
仕事がなくなったので、それぞれが思い思いに過ごす。
サヤは自分用の小さなソファで寝転がりながら、推理小説をめくっていた。
犯人を考えるのが好きなのではなく、単に犯人を絶対に当てられるのが
面白いだけだ。サヤのカンは、ほぼあたるのである。
と、彼女の手から本が奪われた。
「サヤ、寝ながら読んじゃ駄目ですわ。目が悪くなります」
「なぎ!! 返してよ!! オレの目は人間よりかなりいいんだぞ!!」
「だ・め・で・す」
笑顔ですごまれ、サヤは渋々起き上った。
野生のカンで、強いものには逆らわない性分なのだ。
ゆきなは辞書を読みまくり、ルーは花壇などの世話をしている。
エリオットは、洗濯当番なので、全員の洗濯ものを運んでいた。
「みなさん、おやつですよ~」
「早く集まれよ」
白狐の夕顔と、無愛想な魔導師、シオン=エレットが、
おいしそうな匂いの焼き菓子を持ってきた。
彼らは料理好きで、個々の好みに応じて、食事やおやつを作ってくれるのだ。
サヤはいち早くテーブルについた。
夕顔がニコニコしながら皿を置く。サヤのおやつは、ハチミツでかためた
アーモンドを乗せたタルトのお菓子、フロランタンだった。
「シオン、私にもちょうだい」
ルーが戻ってきた。きちんと手を洗い、汚れたエプロンを取り換えている。
シオンは赤面症なので、いつも仮面をつけているのだが、彼女の顔を見た
とたん、耳が赤くなっていた。シオンはルーが好きなのだ。
「ん」
照れくさいのでわざと冷たく言い、べえっとルーに舌を出され、仮面の下
で落ち込む。いつものことだが、サヤはあきれたようにそれを見ていた。
ちなみに、ルーはシオンの気持ちに、これっぽっちも気づいていない。
ふわふわのチョコスフレの皿を持ち、彼女はサヤの隣に座った。
サヤは文句を言わない。いつだって、サヤの隣はルーだった。
サヤが頬をハチミツでべたべたにしているので、ティッシュで拭いてやったりと、
かいがいしく世話を焼くルー。サヤはルーより年上なのだが、無頓着なところ
が多々あるのである。
と、ぴくりと、サヤの黒い耳が動いた。
「誰か来る」
「え?」
「足音が近くでする」
扉が開かれ、チリリンと、扉につけられたスズが鳴った。
「はーい、いらっしゃいませ~」
一番愛想のいい夕顔が、おやつの桜餅を一旦置き、玄関に出た。
お尻のあたりでふさふさと揺れる三本の白い尻尾に、人間らしき
依頼人はヒッと声を上げた。
「ご、ごめんなさい、ぼく、妖怪の方って初めてで」
「構いませんよ。あなたは、どんな依頼で来たの?」
おやつを食べ終わったサヤが、ひょこりと顔を出した。
「この子がここのリーダー、サヤ=ライリーです。
半妖ですが、優秀ですわ。私は接待役の夕顔です」
依頼人は目を丸くした。初めて来た人は、リーダーがまだ幼い少女で
あることに驚き、ここがほぼ妖怪だけというとこに驚き、中には半妖
がいることに驚くのだ。驚くのはまだ良い方で、
サヤを表切って罵るやつは、追い出されるのだが。
ほうけたように、少年の目はまっすぐにサヤを向いていた。
その目には、侮蔑や拒絶はない。
ただ、称賛の輝きが見て取れた。
「きれいだ……」
ボソリと言われた言葉に、サヤは思わず赤くなった。
また連載を始めてしまいました。ぜひ見てください。