第五話 推薦状
翌日の朝。
朝の空気は、ひどく澄んでいた。
体のだるさは、昨日より幾分かはマシだ。
しかし、胸の奥に残る重さは消えていない。
「王都、ねぇ......」
天井を見ながら、ぽつりと呟く。
剣だった頃、遠くへ行くのは当たり前だった。
だが今は違う。行く=別れ、になる。
思案していると、唐突にコンコン、とドアが鳴った。
「おはようございます。ハレさん。少し話があるのですが、いいですか?」
「いいよ」
レイが顔を出す。
「神父様が呼んでます。お話があると......」
「……わかった。すぐに行こう」
教会の奥。
小さな書斎のような部屋に、神父はいた。
「体調はどうだい?」
「まだ少し重いです」
「無理はしないほうがいいよ。でも……今日、君に話しておきたいことがあってね」
神父は机の引き出しから、封筒を一つ取り出した。
「これが推薦状だ」
「……これで、王都の学園に行けるんですね」
「形式上は、ね。明後日、詳しく説明するよ」
神父はゆっくりと言った。
「出発は二日後だ。王都までは歩いて五日かかる。王都にはこの推薦状を見せれば入れるよ」
「……一人で行くんですか?」
「そうなるね」
一瞬、言葉に詰まる。
一人で、か。慣れたものだと思っていたのだが......。
「不安かい?」
「……少し」
正直に答える。
神父は、少しだけ笑った。
「なら、それは“人間”として正しい反応だ。恐怖があって、人として成り立つと私は思うのだよ」
「……はい」
剣には、怖さも、迷いもなかった。
「だが今は違う。それでいい」
神父は封筒を差し出した。
「君は人であり、これからは、“生徒”だ」
受け取ると、紙が思ったより重かった。
「……ありがとうございます」
「学園は、その時入学式だろう。友達もたくさん作りなさい。君はまだ十二歳ぐらいだろう?」
「はい.........わかりました」
部屋を出る時に神父に呼び止められた。
「......私の名を知っている人は、今やほとんどいないだろう。知っているのは恐らく、二十年前から生きている者だけだ」
「二十年前!?キーナッ」
ハレの続きの言葉は肌を刺す感覚に遮られた。
「そこから先は、まだ"早い"。必死になることはわかる。だが"今"ではないのだよ」
そう言うとはやく部屋を出るように促された。
部屋を出ると、レイが待っていた。
「……話、終わりましたか?」
「ああ。出発のことだったよ」
「……いつ、ですか?」
「二日後」
レイの表情が、少し曇る。
「そんなにすぐ……」
俺は、言葉を探した。
「……俺はさ」
「はい」
「ガキの頃、何も考えずに力を振るってた」
「……」
「でも今は、振るう前に考える。壊すかもしれないって」
五斬のことが、頭をよぎる。
「だから……ちゃんと、学びたい」
レイは少し驚いた顔をしてから、笑った。
「それ、ハレさんらしいですね」
「そうか?」
「はい。優しいです」
……優しい、か。
その言葉は、少しだけ胸に刺さった。
「行っても、戻ってくるさ」
「……わかってます」
「本当だぞ」
「約束、しましたから」
レイと俺はお互いの顔を見て苦笑したのだった。
夕方。
村の外れまで歩く。遠くに見える街道を眺める。
あの道の先に、王都がある。ライツがいる場所。
キーナの過去がある場所、そして裏切りの答えがある場所。
「……待ってろよ」
誰に向けた言葉かは、自分でもわからない。
ただ一つだけ、はっきりしている。
俺はもう、剣じゃない。
だから――自分の足で、そこへ行く。
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