第一話 人へ、
ーー気がつくと、俺は柔らかい感触の上にいた。
「……は?」
見慣れない天井。
そして、視界の端に映る“自分の腕”。
「なんで、俺……こんなとこに……それに、っ!」
咄嗟に脇腹を押さえる。
指先に伝わる、包帯越しの痛み。
剣だった俺に、痛みなんてものはなかったのだ。
折れようと、砕けようと、あるのは衝撃だけだった。
「...体?...ある?」
ゆっくりと視線を下げる。
そこには確かに,"人の体"がある。
腕も、足も、手も、全て、自分のものだと理解した。
見ると、手が小さい。俺は子供なんだろう。
「どうゆう...事だ...」
理解が追いつかない。
キーナは死んで、
俺は"剣"だ。
だが、今は人としてベッドに横たわっている。
その時、音を立ててドアが開いた。
「目が、覚めましたか?」
入ってきたのは、白いローブを羽織った十二歳ぐらいの少女だった。
手に水の入ったコップを持っている。
「よかったぁぁ!貴方三日も寝てたんですよ!死んでしまったのかとっ!」
泣きじゃくりながら少女は言う。
「三日?」
「はい。森の中で倒れていて、何かを言っていたので、教会に連れてきたと言うわけです。」
森...。
あの場所だ。
キーナが、灰になった場所だ。
「俺は......」
喉が痛い。まだ声も出せない。
人の体は、脆弱だ。
「あなた、名前は?」
一瞬言葉が詰まる。
「......ハレだ......」
「ハレさんですね?わかりました。私の名前はレイ。教会で見習いの治癒魔術師です!」
レイは俺の横の枕に座り、俺の脇腹に目を向けた。
「ハレさん。土まみれで、毒も回っておりました。
普通なら助からなかったでしょう。」
「......毒...か」
ライツの剣だ。
裏切り、魔法の嵐。
キーナ.........!
「なぁ、ひとつ聞いていい?」
レイに俺は問う。
「すぐ近くに剣はなかったか?」
「ありました。ですが...」
レイは言いにくそうに身悶えしてる。
「言ってくれ。頼む」
「とても古そうな剣ですが、村の者が触れた瞬間灰になってしまい......」
剣だった頃の"俺"が死んだ。
俺はもう、剣じゃない。
ーー俺は、“人“だ
「後一つ、今は何年だ?」
「帝暦では、帝暦六百七十五年ですよ?」
キーナが死んでから二十年...か...。
「...そう......か...」
キーナ。
俺は今生きている。
"人"として。
「……人として、か……」
俺は天井を見つめたまま、呟いた。
剣だった頃には、空を仰ぐことも、天井を見ることもなかった。
ただ、キーナの腰にぶら下がり、前だけを見ていた。
「ハレさん……?」
レイが不安そうに俺の顔を覗き込む。
「……ここは、教会なんだな」
「はい。ゾリア村の教会です。森で倒れていたあなたを、狩人さんが見つけて……」
ゾリア村。
聞き慣れない言葉だ。
俺たちは王都から出発し、魔王城へ向かう途中だった。
その途中の森に、こんな村があったとは。
「……外、見てもいいか」
「まだ安静に――」
「頼む。少しだけでいい!」
自分でも驚くほど、声が必死だった。
今の世界を、この目で確かめないと、俺自身が壊れそうだった。
レイは少し迷ってから、俺の肩を支える。
「……無理しないでくださいね」
「ごめん。迷惑をかける」
ベッドから起き上がると、足が震えた。
剣だった頃には、歩くという感覚すらなかった。
重い。
この体は、とても重い。
窓の近くまで連れて行ってもらう。
それだけですごく疲れた。
外には、石造りの家と、畑と、そして、
――あの森だ。
胸が、きしむ。
「……なあ、レイ」
「はい?」
「今の勇者って……誰だ?」
レイは少し首を傾げる。
「勇者様ですか?八大勇者の中だったら
今は……“光の勇者ライツ様”が一番人気ですよ」
心臓が、止まった気がした。
「……ライツ……」
裏切った男。
キーナを刺した男。
王の命を盾にして、英雄を殺した男。
「魔王討伐を成し遂げた英雄だって、みんな言ってますよ」
「……魔王は、死んだのか」
「はい。二十年前に討たれたそうです」
二十年。
俺が眠っていた時間。
キーナが灰になって、俺が人になるまでの時間。
英雄として語られるのは、
キーナではなく――ライツたち。
俺の指が、ぎゅっと握り締められる。
その痛みで現実に戻る。
「……そうか」
声が、震えないようにするのが精一杯だった。
キーナは、
誰にも知られず、
誰にも讃えられず、
裏切られたまま、消えた。
「ハレさん……顔色、悪いです」
「……大丈夫だ」
嘘だ。
全然、大丈夫じゃない。
だが、今はまだ動けない。
この体は子供で、傷も癒えきっていない。
「……レイ」
「はい?」
「しばらく……ここに、置いてほしい」
レイはほっとしたように笑った。
「もちろんです!治るまで、ちゃんと面倒見ますから!」
その笑顔が、少し眩しかった。それと同時に申し訳なくなった。
「なあ、レイ...。俺がなんであそこにいたかとか、なんで傷だらけなのかとか聞かないのか?」
怪しむ要素しかないよな。今の俺は。
「聞きません。聞いたとしても教えてくれないでしょう。今後教えてくれることを待ちます」
「そうか...優しいんだな......。すまない...」
なあ、キーナ。
俺は、剣として、お前を守れなかった。
でも、今は違う。
この手がある。
この足がある。
この世界で、生きている。
『……待ってろ』
心の中で、誓う。
『必ず、真実を暴く』
窓の外で、風が森を揺らしていた。
二十年越しの復讐が、
たった今静かに、動き始めた。
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