第4話「スラムの演説」
ガルドの協力は大きかった。彼の影響力で、スラムの一角にある広場を確保することができた。広場といっても、廃材置き場の跡地のような場所だが、人が集まるには十分だった。
問題は、いかにして声を届けるかだ。アレンの地声だけでは、数百人、数千人には届かない。
「魔法で声を大きくする道具……か。そりゃあ、作れねえことはねえが」
スラムの地下に工房を構えるドワーフの老職人、ガンツは、アレンが持ち込んだ図面を見て髭をしごいた。
アレンが考案したのは、風魔法の術式を組み込んだ「拡声器」だ。魔石を動力源とし、入力された音声を増幅して指向性を持たせて放つ。単純だが、これまでこの世界には存在しなかった発想だ。通常、声を届けるのは魔法使い自身の魔力に依存していたからだ。
「魔力を持たない者でも使えるようにしたい。構造はシンプルに、耐久性を重視してくれ」
「ふん、面白い。貴族様のお抱え魔導師じゃあ、こんな泥臭い道具は思いつかんわな。気に入った。やってやるよ」
ガンツは2つ返事で引き受けてくれた。材料は廃品からかき集めたガラクタだったが、ドワーフの腕にかかれば一級品に生まれ変わる。
数日後、完成した拡声器を手にしたアレンは、広場の中央に組まれた粗末な演台に立った。
周囲には、ガルドが集めた数十人の住民がいる。彼らは半信半疑といった表情でアレンを見ている。「また変な奴が来た」「どうせ口だけだ」という冷ややかな視線。
エリスが心配そうに演台の袖から見守っている。
アレンは深呼吸をした。
拡声器のスイッチを入れる。微かな駆動音が響く。
「……あー、テステス。本日は晴天なり」
その声は、驚くほどクリアに、そして大音量で広場全体に響き渡った。
聴衆がどよめく。「なんだ今の声は!」「魔法か?」
アレンはその反応を見て、口元を緩めた。つかみはOKだ。
「集まってくれた皆。私の名はアレン・クロフォード。数日前まで、王宮で行政官をしていた者だ」
元役人という言葉に、聴衆の一部が敵意を見せる。役人=搾取する側、という認識が染みついているからだ。
「石を投げたい者は投げればいい。だが、その前に5分だけ私の話を聞いてくれ」
アレンの声は落ち着いていたが、拡声器を通すことで圧倒的な説得力を帯びていた。
「君たちは今、腹が減っているか?寒いか?明日の生活に不安を感じているか?」
静まり返る聴衆。それが答えだった。
「それは、君たちが怠け者だからか?違う。君たちが無能だからか?断じて違う!君たちは奪われているのだ。正当な報酬を、生きる権利を、そして希望を!」
アレンはダグラス宰相の名前を挙げ、具体的な税金の流れ、横領の事実、そして彼らが夜毎開いている宴会の費用がどこから出ているかを暴露した。数字と事実に基づいた告発は、漠然とした不満を持っていた人々の心に、明確な「敵」の姿を焼き付けた。
「ふざけんな!」
「俺たちの金で酒飲んでやがるのか!」
あちこちから怒号が飛び始める。
「怒れ!その怒りは正しい!だが、ただ怒鳴り散らすだけでは何も変わらない。彼らは君たちの声を虫けらの鳴き声としか思っていない!」
アレンは1度言葉を切り、広場を見渡した。
「だが、この国には武器がある。剣でも魔法でもない、最強の武器が」
彼は懐から『建国の石碑』の写しを取り出し、高く掲げた。
「それは『選挙』だ!我々には、王を選ぶ権利がある。リーダーを選ぶ権利がある!これは建国王との契約だ!ダグラス宰相が何と言おうと、この権利は誰にも奪えない!」
選挙。聞き慣れない言葉に、人々は戸惑う。
「つまり、俺たちが……あいつらをクビにできるってことか?」
「そんなことができるのかよ、本当に」
「できる!」
アレンは断言した。
「私がその方法を知っている。私が先頭に立つ。だから、君たちの力を貸してくれ。君たちの『声』を、私に預けてくれ!その声が集まれば、王城の壁さえも崩せる!」
エリスが前に出た。彼女はアレンの隣に立ち、民衆に向かって深く頭を下げた。
「お願いします。私たちと一緒に戦ってください。もう、泣き寝入りするのは終わりにしましょう」
元公爵令嬢の悲痛な叫びと、アレンの力強い宣言。
静寂が訪れた。
そして、パチパチという乾いた音が響いた。
最初は1人。それが2人、3人となり、やがて大きな拍手の波となって広場を包み込んだ。
「やってやろうじゃねえか!」
「アレン!アレン!」
歓声が上がる。アレンは拳を突き上げた。
その瞬間、彼の中で何かが確信に変わった。
これは勝てる。現代の選挙戦術と魔法、そして民衆の怒りを組み合わせれば、腐敗した貴族社会を根底から覆せる。
「さあ、始めようか。大逆転劇を」
アレンの瞳には、冷たく計算された光と、熱い闘志が同居していた。




