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第3話「古の契約」

 翌日、アレンとエリスは行動を開始した。


 スラム街の端にある、半ば崩れかけた古い教会。そこにはかつての図書館の分室があり、王都の大火災から免れた古い文献が眠っているという噂があった。


 雨は上がっていたが、空は相変わらず灰色に淀んでいる。


「ここです。管理人はもう何年もいないそうで、誰でも入り放題になっています」


 エリスが錆びついた鉄扉を押し開ける。キーッという不快な音が響き、埃っぽい空気が流れ出してきた。


 中は薄暗く、書架の多くは倒れ、本は散乱していた。虫に食われ、カビが生えた書物の山。アレンにとっては宝の山に見えた。


「探すぞ。『初代国王アルトリウスの誓約書』、あるいは『建国憲章・原典』だ」


 2人は手分けして、埃にまみれながら本を漁った。


 時間が過ぎていく。喉が渇き、手が真っ黒になっても、アレンは止まらなかった。彼の記憶にある「知識」が正しければ、ここに必ずあるはずなのだ。


 王都の中央図書館にある公式な歴史書では、建国の英雄アルトリウスは絶対的な王権を持つ支配者として描かれている。だが、アレンが学生時代、恩師である老教授からこっそりと見せられた禁書の写しには、全く異なる記述があった。


 アルトリウスは、魔法使いでありながら民を愛する賢者だった。彼は自らの血と魔力をもって、この国土そのものに巨大な魔法契約を刻んだのだという。


「アレン様!これを見てください!」


 数時間後、書架の奥からエリスの声が上がった。


 彼女が抱えていたのは、分厚い革表紙の書物だった。鎖で厳重に封印されていた形跡があるが、経年劣化で鎖は腐り落ちていた。


 アレンは震える手でそれを受け取り、ページを開いた。


 古代語で書かれた文章。だが、行政官としての教養を持つアレンには読める。


「……あった。これだ」


 アレンの声が上ずった。


 そこには、明確に記されていた。


『王とは、民の信託によりて立つ者なり』


『王、及びその臣下が民を害し、私利私欲に走りし時、民はその信託を撤回する権利を有する』


『過半数の民が署名をもって不信任を示せし時、王権は一時停止し、新たな指導者を選出する儀、すなわち”総選挙”を行わん』


『この契約は、この地に住まう全ての民の魂と魔力によって保証される』


 アレンは顔を上げ、エリスを見た。


「間違いない。これはただの法律じゃない。魔法契約だ」


「魔法契約……ということは、破ればどうなるのですか?」


「この国の王権は、この契約の上に成り立っている。もし条件が満たされたのに総選挙を拒否すれば、王城の結界は消滅し、王冠の魔力も失われる。貴族たちの権威も、魔法的な守護も全て剥奪されるんだ」


 つまり、これは絶対的な強制力を持つシステムなのだ。ダグラスたちがいくら私兵を持っていても、この契約には逆らえない。国そのものが彼らを否定することになるからだ。


「でも、どうやって発動させるのですか?過半数の署名なんて……」


 エリスの不安はもっともだ。この国には数百万の民がいる。その半数を集めるなど、途方もない作業だ。しかも、相手は権力者。妨害工作は目に見えている。


「普通の方法では無理だ。だが、この契約には抜け道というか、特例条項がある」


 アレンはページをめくった。


『ただし、緊急を要する場合、あるいは民の声が届かぬ場合は、各地域の代表者による投票、もしくは”声の大きさ”をもって民意とみなす』


「”声の大きさ”……?」


「比喩表現じゃない。文字通りの意味だ。民衆の熱狂、意志の総量が、一定の閾値を超えた時、この契約は自動的に発動トリガーを引く」


 アレンはニヤリと笑った。それは、冷徹な策士の顔と、革命家の情熱が混ざり合った表情だった。


「つまり、我々がやるべきことは1つ。民衆を煽り、熱狂させ、その怒りを1つの方向に束ねることだ。そうすれば、システムが勝手にダグラスたちを断罪する」


「煽る……つまり、演説ですか?」


「そうだ。言葉で戦うんだ。私の知略と、君のカリスマ性で」


 エリスは驚いたように目を見開いたが、すぐに力強く頷いた。


「分かりました。やりましょう。あの人たちに、民衆の恐ろしさを教えてやるのです」


 その時、教会の外が騒がしくなった。


 アレンが窓から覗くと、数人のゴロツキがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。昨日のガルドではない。もっと質の悪そうな、ダグラスの手先のような匂いがする連中だ。


「嗅ぎつけられたか。早いな」


「どうしますか?逃げますか?」


「いや、逃げる必要はない。これはチャンスだ」


 アレンは書物を懐にしまうと、エリスの手を引いて教会の入り口へと向かった。


「最初の支持者を獲得しに行こう」


「え?」


 戸惑うエリスを連れて、アレンは堂々と教会の前に立った。


 ゴロツキたちが足を止める。


「おい、そこな貧乏人ども。ここらで古い本を探してる奴を見なかったか?」


 リーダー格の男が下品な笑みを浮かべて尋ねてきた。アレンは冷静に答える。


「我々のことかな?」


「あん?……ほう、わざわざ自分から名乗り出るとはな。宰相閣下から、不審な動きをするネズミは始末しろと仰せつかってるんだよ」


 男たちが武器を抜く。ナイフ、こん棒、チェーン。


 エリスが息をのむ気配がした。しかし、アレンは1歩前に出た。


 彼は武器を持っていない。だが、その背筋はピンと伸び、その瞳は威圧感すら放っていた。


「始末する、か。お前たちは、自分が何のために戦っているのか分かっているのか?」


 アレンの声が響いた。それはただの話し声ではなく、腹の底から響くような、不思議な音圧を持っていた。行政官時代に培った発声法。そして、彼自身の魔力が微かに言葉に乗っている。


「あぁ?何言ってやがる。金のためだよ、金!」


「その金はどこから出ている?お前たちの親や兄弟から搾り取られた税金だ。自分たちの家族を苦しめる片棒を担いで、それで得た金で酒を飲む。それがお前たちの誇りか?」


「うっせえ!御託はいいんだよ!」


 男がナイフを突き出して突進してきた。


 アレンは動かなかった。男の切っ先が目の前に迫る。


 その瞬間、横合いから巨大な影が飛び出した。


 ドゴォォン!


 鈍い音がして、男がボールのように吹き飛んだ。


 地面に転がった男は白目をむいてピクリとも動かない。


 そこに立っていたのは、昨日の大男、ガルドだった。手には丸太のようなこん棒が握られている。


「……ガルド!?」


 エリスが声を上げる。ガルドはバツが悪そうに鼻をこすった。


「ちっ、勘違いすんなよ。俺のシマで勝手なマネする余所者が気に入らねえだけだ」


 そう言いながらも、ガルドは残りのゴロツキたちに向き直った。


「おい、てめえら。この兄ちゃんの話、もう少し聞いてやってもいいんじゃねえか?俺ぁ、昨日の今日で少し考えちまったんだよ。誇りってやつをな」


 アレンは微笑んだ。


 最初の仲間。そして、最初の戦力だ。


「感謝する、ガルド。君の力、高く買わせてもらうよ」


「金はねえんだろ?出世払いで頼むぜ」


 ガルドがニカッと笑う。その笑顔は、昨日のような卑屈なものではなく、野性味あふれる快活なものだった。


 アレンは確信した。民衆の心には、まだ火種が残っている。それを燃え上がらせるのは、自分の役目だ。

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