第11話「民意の奔流」
投票日の朝は、突き抜けるような青空だった。
王都各所に設置された投票所には、夜明け前から長蛇の列ができていた。
これまでの選挙では考えられない光景だ。老人も、若者も、松葉杖をついた怪我人も、誰もが「自分の一票」を行使するために並んでいる。
ダグラス派は最後の悪あがきとして、投票所への妨害工作を行おうとした。
ゴロツキを雇って列を乱そうとしたり、投票箱を盗もうとしたり。
だが、それらは全て阻止された。
誰によって?
市民たち自身によってだ。
「列に割り込むな!」
「不正は許さんぞ!」
かつては無関心だった人々が、互いに監視し、協力して選挙を守っていた。ガルド率いる警備隊が出る幕もないほどだった。
アレンはその様子を、改革党本部から魔法映像で見ていた。
「すごいですね……。人が変わったようです」
エリスが感嘆の声を漏らす。
「人は変われる。きっかけさえあればな」
アレンはコーヒーを啜った。手は震えていない。やるべきことは全てやった。あとは結果を待つだけだ。
夕刻。投票が締め切られた。
開票作業は、王宮前広場で行われる。不正がないよう、衆人環視の中で公開開票されることになったのだ。
巨大な透明な箱に集められた投票用紙。
魔法集計機が、1枚1枚を読み取っていく。
スクリーンに表示されるグラフ。
青と赤のバーが伸びていく。
序盤は拮抗していた。貴族層や富裕層の票はダグラスに入っているからだ。
だが、開票が進むにつれて、青のバーが加速し始めた。
スラム、下町、職人街、そして地方からの票。
圧倒的な数の暴力ならぬ、数の正義。
ダグラスは王宮のバルコニーからその様子を見下ろしていた。顔色は土気色で、唇をわなわなと震わせている。
「ありえん……。こんなことが……。魔法を使え!集計機を爆破しろ!」
彼は狂乱して側近に命じたが、誰も動かなかった。
すでに王宮を包む結界が変質していたからだ。
『建国の契約』が、現政権の正当性を否定し始めていた。ダグラスの命令には、もはや魔力的な強制力も、権威も宿っていなかった。
「閣下……いえ、ダグラス様。もうおしまいです」
側近たちは次々と彼から離れていった。
そして、ついにその時が来た。
集計率100%。
結果は――
改革党:82%
ダグラス派:18%
歴史的大勝。
瞬間、王城からまばゆい光の柱が天へと伸びた。
『建国の契約』が完全に発動した合図だ。
光はシャワーのように降り注ぎ、ダグラスとその一派を包み込んだ。それは攻撃魔法ではないが、彼らの持つ「役職」「爵位」「特権」といった概念的な力を強制的に剥奪する光だ。
ダグラスの来ていた豪華な衣装が、ただの布切れのように色あせて見えた。彼の手から力が抜け、杖がカランと音を立てて落ちた。
「私の……国が……」
ダグラスはその場に崩れ落ちた。
広場は歓喜の渦に包まれた。
人々は抱き合い、涙を流し、アレンとエリスの名を叫んだ。
「勝ったぞー!」
「新しい時代の始まりだ!」
アレンはエリスの手を取り、バルコニーへと向かう。ダグラスがいた場所ではなく、もっと民衆に近い、低い演台へ。
「行こう、エリス。私たちの仕事は、これからが本番だ」
「はい、アレン様。……いいえ、アレン総理」
エリスは涙を浮かべながら、最高の笑顔を見せた。




