第10話「真実の涙」
決戦前夜。
王都の大広場で、改革党の最終演説が行われることになった。
ダグラス側も同刻に別の広場で集会を開いているが、アレンたちの元には予想を遥かに超える数の人々が集まっていた。松明の明かりが星空のように広場を埋め尽くしている。
アレンは舞台裏で、最終調整を行っていた。
今回はただの演説ではない。ある「仕掛け」を用意していた。
それは、エリスの父、ベルンシュタイン公爵が遺した日記だ。
アレンが独自の情報網を駆使して探し出したものだ。王宮の押収品倉庫の奥底に眠っていたそれを、怪盗のような手口で回収してきた。
「エリス。これを」
アレンが古びた手帳を渡すと、エリスは目を見開いた。
「これは……父様の日記?」
「ああ。君への手紙も挟んである。これを皆の前で読んでほしい」
エリスは震える手でページをめくった。そこには、公爵の筆跡で、国を憂い、娘を愛する言葉が綴られていた。ダグラスの陰謀に気づきながらも、家族を守るためにあえて自らを犠牲にしようとした苦悩も。
「……父様……っ」
エリスが嗚咽を漏らす。
「辛いかもしれないが、これが最強の武器になる。君の涙と、父上の真実の言葉。これに勝るものはない」
アレンは非情な策士として振る舞ったが、その目は優しかった。
演壇に上がったエリスは、神々しいほどに美しかった。
彼女はマイクの前に立ち、日記を広げた。
「皆さん、聞いてください。これは、売国奴と呼ばれた父が、最期に残した言葉です」
彼女が読み上げる一言一言が、静まり返った広場に染み渡る。
『愛するエリスへ。私が罪を背負うことで、お前たちが生き延びられるなら、喜んでこの首を捧げよう』
『この国は病んでいる。だが、民は悪くない。いつか誰かが、この闇を晴らしてくれると信じている』
『エリス、強く生きろ。誇りを失うな。お前は私の自慢の娘だ』
読み終えた時、エリスの頬は涙で濡れていた。
会場のあちこちから、すすり泣く声が聞こえた。
もはや疑う者はいなかった。
あんな温かい言葉を残す人間が、国を売るはずがない。
ダグラスのついた嘘は、完全に暴かれた。
その時、空が輝いた。
エリスの涙に呼応するかのように、王城の尖塔にある巨大な魔石が、淡い光を放ち始めたのだ。
『建国の契約』が反応している。
民衆の感情、共感、そして「真実を求める意志」が一定量を超え、システムが起動準備に入ったのだ。
「見ろ!城が光っている!」
「建国様の奇跡だ!」
アレンは好機を逃さなかった。
彼はエリスの隣に立ち、拳を突き上げた。
「契約は成った!民の意志は示された!明日の投票は、単なる紙切れを入れる作業ではない!この国を、我々の手に取り戻す聖なる儀式だ!」
オオオオオオッ!!
地鳴りのような歓声が夜空を震わせた。
それはダグラスがいる王宮の奥深くまで届き、彼の眠りを妨げたに違いない。




