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初メール

 しかしまさか夢に出てくる人に、まさか心のどこかで会いたいと密かに願っている人に出会えるだなんて。

 そこでお姉さんがその唇を動かす。


「散らかっちゃったね」


 言われてみればお姉さんとぶつかった拍子に、ボクの通学バックが地面に落ちて中身が散乱してしまっていた。


 しかしそんな事より、あのお姉さんが今こうして目の前にいるだなんて。これって運命? それとも宿命?


「えーと、私の顔に何か付いているのかな? 」


 小首を傾げて頬をかくお姉さんは、困った表情で言葉を落とす。

 言われてみれば、ボクはさっきからこの運命的な出会いをした彼女の顔をずっとずっと至近距離から見つめていた。

 思わず恥ずかしくなってしまい、いつの間にか顔は熱を帯びてしまい、咄嗟に別の物、散乱してしまっている荷物へ視線を向ける。そして屈むと、せっせとバックの中身を掻き集め始める。するとお姉さんも一緒になって集め始めてくれる。


 いけない、このまま荷物を集め終わってしまったら、彼女との別れの時が来てしまう。早く何か話しかけないと。でも何を話しかけよう?

 実はボクの夢に毎夜お姉さん出てくるんですけど、なんて話しかけても、頭がおかしい人って思われてお終いになる可能性特大だ。


 とそうこうしていると、落ちていた最後の物、筆箱をお姉さんから手渡されそのままボクはバックに入れてしまった。


 あぁ、どうしよう? 二人で拾い集めていたものだから、あっという間にもう全て集め終わってしまった。考えが何も纏まっていない。

 そうしてあたふたしながら気が付けば、視線を何もない地面へ落としてしまっていた。


「その制服、キミは百合ヶ丘高校の生徒かな? 」


 顔を上げると、お姉さんがどこか微笑んでくれている気がした。その笑顔は天使みたい。


 そそ、そんな事より話しかけて来てくれている!

 ここから話しに花を咲かせないと!


「はっ、はい、ボクは百合ヶ丘の高等学部一年、竜崎司と言います」


「ツカサか。良い名前だね。私は明日から英語の臨時講師を任される事になったルシータ=ウィンボルドだよ。一年生を受け持つ事になっているから、これから会う事があるだろうね」


 えっ、そうなんだ。そう言えば英語の中嶋先生が産休を取るって言っていたような気がする。

 そっ、それより会話をしなくちゃ!

 なにかないか考えるんだ。そっ、そう言えばさっきから——


「ルシータ先生、日本語がとても上手ですよね」


「うん、アプリで日本語を学んだからだよ」


「へぇー、って、あれ? アプリ、ですか? 先生は日本語を学校で学んだんじゃないのですか? 」


「ああっ、そうそう日本語は学校で学んだよ。ただ学校の勉強だけでは物足りず、同時進行でアプリでも学んでいたんだ。それだけ日本語が好きなんだよ、独学でも勉強したくなるくらいに」


「そうなんですね」


 そして一時の沈黙が訪れる。そこでどうしたのかなとルシータ先生を覗き込んでみると、視線を逸らされてしまう。


 しまった、ボクが余計な詮索をしたがために、気に障る事を言ってしまったがために、ルシータ先生が機嫌を悪くしてしまったのかもしれない。

 このままで良いのか? 別れが訪れちゃうぞ。このままで良いのか? もう一生話す機会が無いかもしれないぞ。


 と言うか、ボクはルシータ先生とどうなりたいのかな?


 ボクは……知りたい、もっと知りたい。お話がしたい、もっともっとお話がしたい! そう、ルシータ先生とお友達になりたい!

 でもどうしたら、なにを言ったら良いのだろうか。想いを打ち明けるなんて事、生まれてこの方した事がないからわからない。……まてよ、想いを打ち明ける、だと?

 そうか、直球で勝負するんだ。


「ルシータ先生、ボクと、友達になって下さい! 」


「えっ? 」


 ルシータ先生は目を見開き固まってしまう。

 そして再び訪れる沈黙。


 しまった、直球も直球、ド直球だったものだから失敗しちゃった。もう少し違った言い方、変化球よりの方が良かったか!?

 また直球だったがため逃げ場がなく、言い訳が出来ず、恥ずかしい。本当に穴があったら入りたい。

 そうして知らず知らずのうちに、ボクは下を向いてしまっていた。


「友達か、……いいよ」


 その言葉にバッと顔を上げると、目が合ったルシータ先生が綺麗な顔で微笑む。


「友達ならツカサって、呼んで良いかな? 」


「はっはい! 」


「そしたらツカサ、私の事もルシータって呼んでくれるかな? あと私とツカサの間では丁寧語も禁止の方向で」


「はっ、えーと、うん! 」


 そこで夕陽に照らされる中、ルシータがこちらへ手を差し出す。そして——


「ヨロシクね」


「うん、よろしく」


 ボクはその手を握り返す。


 そうしてボクとルシータは、友達になったのであった。そして次の日、学校へ行くと新任の講師であるルシータの話題で持ちきりであった。

 どうやら昨日、ボクとぶつかる前、ルシータは学校へ挨拶に訪れていたそうだ。そしてその時多くの生徒が文字通り日本人離れしている美しさのルシータを目撃したようだ。


「ツカサ、ルシータ先生って知ってる? 」


 ここは学校の自分のクラス。登校して来て机にバックを引っ掛けようとしているボクに、由香が走り寄ってくると質問を投げかけてきたのだ。


「うん、知っているよ」


「おっ、流石情報が早いね。しかしあの見た目は反則だよね。私はさっき登校して来ているルシータ先生をたまたま見れたんだけど、今も一目見ようと職員室の前の廊下には多くの子が殺到しているって話だよ」


「そうなんだね」


 そんなルシータとボクは、昨日別れる前にLINEのアドレスを交換していた。そして今度の週末に、ボクが街案内する事になっていた。でもこれって、考えようによってはデートなんだよね。だからボクは、昨日の晩からどこに行こうか悩み中。

 因みに今朝も、いつものようにルシータに襲われる夢は見ました。


「ツカサ、何か良い事でもあった? 」


 気が付けば由香がボクをジッと見つめて来ていた。


「えっ、いや、ちょっと考え事してただけだから」


「本当に~? 」


「ほっ、本当だって」


 いらぬ噂が立たないよう、親友である由香でも、ボクとルシータが既に知り合っているのは秘密にしておいた方が良いだろう。

 そして放課後。ルシータはそのカッコ良いルックスは勿論、流暢な日本語を話すところも高評価を得ており、初日早々ファンクラブが設立されたと由香から聞かされるのであった。





 ルシータが初授業を行ったその日の晩。

 お風呂上がりで寝巻き姿のボクは、自室のベットの上で寝転がりルシータにメールを送るかどうかで大いに迷って水泳のバタ足のように脚をバタつかせていた。


 ルシータは初授業で疲れているだろうから、メールは迷惑かな? それとも疲れているからこそ、励ましやねぎらいのメールを喜んでくれるかな? しかし——


 うーん、ドキドキが止まらない。と言うかなんでメールを送るかどうかだけでこんなにも胸が痛くなっているのかな?

 ルシータに対して、意識はしている。だってあんな夢を毎夜見せられているのだから。逆にあの夢を見ていて意識しない方がおかしいと思う。そう、ルシータを意識するボクは正常なんだ。女の子同士だけど、……たぶん正常なんだと思う。


 でもこの意識するのって、正確に分析するとどう言う事なんだろう。……少しだけ、少しだけあの夢のシチュエーションに興味がある自分がいる。そう、最初は戸惑ったし、何事! ? ってなったけど、沢山見ていくうちに嫌じゃ無くなってきたんだ。そしていつしかキスに、本当のキスに興味が湧いて来ちゃっているのだ。勿論それ以上の事はまだ抵抗があるから、このキスにだけ興味があるのは間違いないと思う。……つまりボクは、ルシータと、多分キスがしたい。……してみたい。


 うーん、なんかメールを送るのを分析してみたら、ボクの下心がありありな事が分かってきてしまった。でも本当に、疲れているであろうルシータを気遣う気持ちもあるんだ。下心と気遣いを天秤にかけたら水平がキープされるように、二つの気持ちは共に大いにあるんだ。


 そうだ、まだ送るとは決めていないけど、送る気持ちが一杯になった時の事を考えて携帯に文章だけ入力しておこう。やっぱり変に思われないよう、やっぱり重く思われないよう、初めの文章は短めが良いよね。あと最初から絵文字を沢山使わないで、文末に顔文字を一個だけ付けてみようかな。

 そうしてあーだこーだと時間をかけて考えた文章は、なんの捻りもない『今日はお疲れ様でしたー( ̄∇ ̄)』と言う文面に決まった。


 さてと、あとは送信ボタンを押すだけなんだけど。壁時計を見やる。時刻を示す針は20時になったばかりである事を教えてくれている。


 今送ったらさり気ない感じで送れるかな? 今送ったら何気ない気持ちで見てくれるかな?

 送信ボタンの上に親指を移動させるけれど、指がプルプルと震えてしまっている。


 きゃー、押せない、まだ勇気が足りない。ルシータと友達になったわけだけれど、ルシータは若いとは言っても大人の女性である。ボクなんか小娘の事なんて露ほども相手にしていないかも知れない。それにもしかしたら知り合いと食事に行っていたりして、まだ帰宅していないかも知れない。でも、でも街を案内する約束はしたけれど、このままだとずっと相手にされないかも知れない。だから勇気を振り絞って一歩を踏み出さないといけない、時があると思う。それは今この時であって、明日になってからメールを送るのはもう手遅れなんだ。

 そうだ、メールは今この時に送らないと賞味期限がキレッキレッになってしまうんだ。例えルシータが外食をしていたとしても、すぐにメールを見て貰えなくても良いじゃないか。だから押すんだ、送信ボタンを押すんだ。だから神様、ボクに少しだけ勇気を与えて下さい。

 そうしてなんとか自分を奮い立たせて送信ボタンを押せた時には、時刻が21時になる少し前であった。


 やった、やったぞ! 送信ボタンを押したぞ! 心臓がかなりドキドキしている。

 時刻もまだ迷惑にならないギリギリの時間のはず。落ち着け、落ち着くんだ。まだメールを送っただけなのだから。あとはルシータが見てくれたら、返事をくれる、かな? 突然のメールを変に思われないかな? 既読スルーされないかな?


 そしてふと送ったメールを見てみると、既読の文字が付いていた。ルシータがメールに気付いてくれた。ルシータが今メールを見てくれている。そそ、それより早く画面を閉じないと、ルシータが返信してくれた場合、こちらの既読がすぐに付いてしまう。それはルシータとのやり取りの画面をジッと見つめていた事になるわけで、それはとても恥ずかしい。


 そして画面を閉じた携帯をそのまま持っているのはボクが耐えれなかったので、布団の上にボフッと置く。そんな携帯を遠目にチラチラと見ながら、ボクは自室を右往左往する。


 返信くるかな? もしかしたらルシータは日本語の入力に手間取るかも知れない。だから返信は今日ではなくて、明日くるかも知れない。いや、まだ返信がくるのは良い方で、入力が出来なくて返信は来ないかも知れない。いやいや、そもそもボクのメールを見てそれで完結してしまっている可能性もあるじゃないか。

 はははっ、期待してしまうと後が辛くなる。だから少しばかり早いけど、布団に入ってもう寝ようかな?


 とそこで携帯から、メールが届いた音が一度鳴る。


 ルシータから! ? いや、由香とか他の友達の可能性もある。だから期待はせずに——


 ゆっくり布団から携帯を掴み取ると、ボクは怖いものを見るようにして薄目の状態で携帯の画面を開く。


 するとルシータからのメールであった。

 ボクの心臓が、トクトクと嬉しい心音を奏で始める。

 そして文面を見てみると『ありがとう! 因みにまだまだ若いですから、そんなに疲れてない、かな? それと、ツカサとの初メールだね♡』とあった。


 嬉しくて心臓がキャーキャー悲鳴を上げ始める。眠気は弾け飛び瞳が覚醒し、その場を跳ね回る。


 返信を送ってくれた! それもハートマークまで付けてくれて!


 そそっ、それよりこのままメールを終わらせてしまうのか? そんなの嫌だ! もっとやり取りがしたい!


 そうしてボクは素早く文字を入力して『ルシータは何才なんですか? 』と送る。すると『それを聞いちゃうのかな? 』とすぐに返信が来た。そこで『べっ、べつにルシータの年齢なんて興味ないんだからねっ』と送って——

 そんな感じで他愛のないメールのやり取りを沢山していると、気が付けば22時近くになっていた。そこでボク達はオヤスミのメールを送り合う。

 そうして今日のボクは、ホクホク顔で眠りにつくのであった。

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