ツカサとルシータの正体
気が付けば、女神様の手にはルシータが使っていた刀が握られていた。
えっ、どういう事? 女神……様?
そしてボクと目が合った女神様が口を開く。
「まずは貴女から。特別です、一思いに送ってあげましょう」
女神が流れる動作で、腰を落とし刀を構える。そして女神は何の感情も込めずに、ボクに向かって唐突に刀で袈裟斬りをした。あまりの出来事に、あまりの急展開に、ボクの思考は停止してしまいその攻撃を受け入れる形となってしまう。そして血飛沫が上がった。でも痛みはない。そう、ボクを突き飛ばしたルシータが、ボクの代わりに背中を深く斬られてしまっていたのだ。
「ルシータ! 」
「うぐっ、ツカサ、逃げて」
ボクはルシータの元へ駆け寄り、倒れている彼女の手を握る。
「あらあら、順番が変わってしまいましたわね。そうそう、わたくしの『不可侵の楽園』からは、許可がない限りなんびとたりとも退室する事は出来ませんのよ。ですから逃げるだけ無駄ですが、竜崎司さんは無駄とわかって鬼ごっこをしますか? 」
ボクは逃げない。ルシータを見捨てない。さっきまであんなに回復魔法を使えていたのだ。だから神様、お願いですからもう一度だけ奇跡を使わせて下さい! 神様、お願いです!
ボクは何度も回復魔法を使おうとルシータを抱き締めながら呪文を唱えるけど、ただただ時間だけが過ぎて手がルシータの血で真っ赤に染まっていくのみであった。そしてルシータの心音が弱まっていき——
「ツカサ、今までありがとう。……そして、……ごめん……ね」
ルシータから完全に力が抜けてしまう。
えっ? 嘘だ、嘘だ嘘だ。嘘だー!
「ふふふっ、貴女も終わりにしましょう」
女神が刀を振りかぶる。そして素早い動作で一歩前に出ると同時に、ボクの頭へ向けて刀を振り下ろす。
死ぬ寸前は、記憶が走馬灯のように流れ、また全ての動きが遅く見えると聞いた事がある。だから女神の一太刀はまだボクに届かない。かなりのスローモーションでボクに迫って来ている。でもどうする事も出来ない。ボクに出来る事は、ただただ振り下ろされる刀を見るだけだ。そしてさらに刀を見続けていると、動きが更に遅くなり、そしてさらに刀を見続けていると、動きが完全に止まってしまった。
そこで女神が苦しそうに声を上げる。
「これは、いったい」
そこで声が響いた。
「不可侵の楽園は全ての攻撃を無効化するからな」
この声はルシータだ。そしてボクに抱きしめられているルシータは、俯いたまま続ける。
「絶対防御なわけだが、代わりに自身も攻撃が出来ない。つまり今攻撃をしているマリアレーゼ、お前は不可侵の楽園の効果の外にいる」
そこでルシータが顔を上げてボクを見やる。その顔つきは、クールの中にどこか優しさを滲ませるルシータとは別人のように感じられた。
「藤堂兄妹を始末してマリアレーゼを引っ張り出すまでは成功したが、まさか命を投げ出してまでこの小娘を助けようとするとは想定外だった。挙げ句の果てに命を落としているしな」
ルシータ、何を言っているの?
「貴方は、何故こんな事をしますの? わたくし達は仲間でしょ? 早くこの縛りを解いて下さいませ」
「我々は元来個々で好き勝手生きてきた存在。都合の良い時だけ仲間を主張しないで貰えるかな。そう、私が求めるのは混沌。その混沌の中で人間がもがき苦しみ足を引っ張り合う今の世が理想の世界。つまり勝手に戦争を始めて、結果どちらが勝利するにせよ、この世を終わりにして貰っては困るのだよ。永遠に続く混沌、素晴らしいとは思わないかな? 人間は他人の幸せを知っているからこそ、自身の不幸を嘆く。人間とは全てが不幸一辺倒では己が不幸になっている事にさえ気付かない愚かな生き物。つまり今の世は幸せと不幸が混濁しているまさしく私が望む世界なのだよ」
マリアレーゼの背後に不気味な扉が現れる。それを振り返り見た彼女は顔を強張らせる。
「素晴らしい考えですわ。わたくしもその考えに賛同させて頂きますわ! ルシ——」
マリアレーゼは最後まで言葉を喋る事が出来なかった。それはマリアレーゼの背後に現れた扉から多くの血塗られた腕が伸びて来て、彼女の口は勿論身体の全てを掴み引き摺り込んでしまったから。
「さてと小娘、この死んでしまったルシータは私であって私ではない。私の理想の世界を台無しにしそうな者達を排除するため、気付かれずに懐に潜り込むため人間と同じように私が一から生み出した存在。役目は果たしたが、私はいささか不機嫌だ。なにせ死んでしまっているからね。よって腹いせに小娘、お前を血祭りにあげようと思うのだが、どうだろう? 」
そう言うと、自身から流れ出る鮮血で濡れるルシータの手に刀が現れる。
「ルシータ、お願い、お願いだから目を覚まして! 」
フラフラとこちらへ歩み寄ってくるルシータ。
「くくくくっ、無駄だよ」
刀を振りかぶる。
「ルシータ! 」
力の限りルシータの名を呼ぶ!
だけど無情にも音もなく振り下ろされる刀。しかしボクに衝突する寸前で弾かれた。
「なに? 」
そこでルシータの瞳が七色に移りゆく。
「まさか小娘、お前は……大天使の娘だとでも言うのか? 」
へぇ?
言われて気付いたのだけど、頭の上に光り輝く天使の輪があり背中には大きな白い翼が生えていた。
これってエルの能力が使えているのかな?
そしてボクの身体自体が光を放ち、段々とその光の強さを増してきている。
「くっ、そう言うカラクリだったのか」
それからボクの光が最高潮に輝き始めると、一気に外へと光が放たれる。
「……忌々しい」
そう憎々しく言葉を溢したルシータは、その場に力無く倒れる。そして倒れたルシータの背中の傷は、綺麗に無くなっていた。
◆
「ルシータ、今日は良い天気だね」
「そうだね」
ここは病院の一室。無事夢世界から帰ってきたボクだったのだけど、連絡がつかなかったルシータは自宅マンションで倒れているのが見つかった。そして記憶喪失になってしまっていたルシータは、急遽入院する事になったのだ。
「検査の結果、どこも異常はないみたいだよ」
「そうなんだ」
「記憶が戻るのも時間の問題らしいから、焦らずにいこうね」
そこでルシータの隣に腰を下ろしたボクは、カットした果物をフォークに刺してルシータの口に運ぶ。
「はい、あーん」
そうして果物を食したルシータが、真剣な表情でボクの瞳を覗き込んでくる。
「……ツカサ、私とツカサはどんな関係だったのかな? 」
「えっ、それは、……とても仲良しだったよ」
「ふーん」
頬杖をついてジッと見つめてくるルシータに、ボクは思わず目を逸らしてしまう。
「ところでツカサ、さっきから何度も夢でツカサとキスをしているのを見たのだけど」
「……えっ? 」
「これってどう言う意味なんだろう」
それは正夢、とは言えない。でもキスがキッカケで記憶が戻るかも知れないし——
そこでルシータにギュッと抱き締められる。
「ツカサ、良い香りがするね」
そのまま顔が近付いてくると唇と唇が軽く触れる。でもキスはそれだけで終わらなかった。まるで確かめるようにじっくりと、チュッチュッと互いに唇を触れ合わせていく。そしてキスが終わり顔が少しだけ離れる。
「なんだか、ドキドキの中に懐かしい感じもする、かな」
「実はルシータ、何度も見る夢は正夢なんだ」
「ふーん、そうなんだ」
「だからまた夢を見たら教えてね」
「……実はツカサ、さっきの夢には続きがあるんだ」
「そうだったんだね、でどんな? 」
「私とツカサが、最後までしている夢」
「ほへぇっ? 」
「もう一度聞くけど、私とツカサは付き合っていたのかな? 」
「……はい」
「そしたら記憶が戻らない今の状態でするのは、良くない気がする。だからこの続きは記憶が蘇ってからにしよう、かな? 」
「……うん」
「そしたら記憶が早く戻るようにもう一度キスをしてみようかな」
「んくぅっ」
それから数日後。無事にルシータの記憶が戻り、無事にボク達は結ばれるのであった。




