第7話 六村リク 後編
## 第7話 六村リク 後編
『渋谷駅はすり鉢状の底にあるんだ』
バイト先の店長が教えてくれた。なるほど、確かに渋谷駅周辺はどこからアクセスしても坂の下にある。だからなんだと言われても困るのだが……。
そんな地形のせいか、今日はとくに冷たい風が吹き下ろす。道ゆく人は、強い風が吹くと堪らず立ち止まり、ふたたび歩き出す。
リクは無意識のうちにあの白い生き物を探し求める。もうどこかに消えてしまったのかもしれない。幻だったのかもしれない。それでも風に舞う小さなぬくもりを忘れることができない。
明日はクリスマス・イブだ。駅前には巨大なツリーが飾られ、歩道の植え込みや街路樹はイルミネーションで光り輝いている。風が吹き荒れるたびに街中の光が揺れた。
リクは早足でバイト先の書店に向かう。学校に遅刻することに罪悪感はないがバイトは例外だ。道玄坂はゆるい坂だが距離が長い。書店は坂を登り切った所にある。小走りに坂を登りたいが、狭い歩道を人が埋め尽くして思うようなペースで歩けない。まるで初詣みたいだな、とリクは思った。
雑踏の中、とつぜん耳の奥で音がする。
ツーンという高い金属音みたいな音だ。健康診断で聴かされるような──いやそれよりも甲高く、頭の中心に響き渡るような感じだ。
坂の上のほうで小さな何かが光った。
渋滞で動けないクルマの屋根づたいに、その光は明滅を繰り返して近づいてくる。イルミネーションの反射かと思ったが違う。幾つかの光そのものが移動している。
それは、息を呑む速さで近づいてくる。
やがて光は白い軌跡を引きながら、人々の頭上をキラキラと舞う。右に行ったり左に行ったり、不規則に動く。気まぐれな動き方は、昔に見た“白い生き物”のようだ。
それは瞬きをしたら見失いそうな速さで発光を繰り返す。強烈なフラッシュの中を動き回るように、コマ送りのような移動を繰り返した。
次の瞬間、白い光の帯はタクシーの荷台に向かい、リクの視界で像を結ぶ。
白い光がぼんやりと影のようになり収束する。
人──女子高生?
リクの鼓動が大きく波打つ。
刹那、少女と目が合う。
片膝をつき、驚いたような表情でリクを見ている。
大きくて澄んだ目だ。
少女は瞬時に消えた。そしてリクの足元に出現する。あり得ないような低い姿勢で、リクの左脇をすり抜けようとしている。
白いセーラー服にベージュのパーカー、黒いリュック──うちの制服?
リクは視界に少女を捉え続ける。
(俺はいったい何を見ている?)
ふたたび目が合う。
少女はリクを一度だけ見上げ視線を逸らす。
深い銀色の瞳、さらさらの銀髪、意思の強そうな顔立ち。白い肌。
一瞬のことだったがリクは少女を綺麗だと思った。それは容姿ではない。あの日の夕方、白く輝いていた小さき生き物の美しさが少女に重なって見えた。
血管を巡る血の音が聞こえるほど、リクの胸は高鳴る。同時に直感する──これは人の動きじゃない。
そして彼女は、風と共に消えた。