第45話 下賜された力
栄生が駆けつけると、晶がゆっくりと目を開けた。
「おお、姫様。ご無事でしたか」
安堵したように言うと、晶は起き上がる。
「いやいや、吸収型の縛界とは参りました。昔は百縛超えでも力任せに叩き潰したものです。なんとも寄る年波には敵いませんな」
言いながら尻の埃を払うと、栄生と向き合って微笑んだ。
蒔絵は力を使い果たして気を失っているようだ。栄生は袖の下から蒔絵の腕を取り出すと、晶に差し出した。
「晶、蒔絵の腕……」
「ありがとうございます。三太はご覧の有様ですが、薬は私が持っておりますので、すぐに治療しましょう」
「三太……」
見れば、白目をむいたまま、三太は呑気に高イビキだ。むにゃむにゃ言いながら、夢でも見ているようだった。栄生は心配した自分が腹立たしくなる。
「君は──」
晶はリクの契約紋を見て、言葉を飲み、それから栄生に気がつかれないよう、静かに口角を上げた。
(どうやら、私の目に狂いはなかったようだ)
「晶、あ、あとで、私が説明するから」
栄生が慌てて晶の言葉を上書きした。
「はい、姫様。それにしても……」
気配に気がついたのか、晶の眼光が鋭くなる。一度、息ができないような北風が吹いて、物部たち4人が姿を現した。
「お久しぶりです、芝崎晶様」
「随分と懐かしい顔だな、物部」
「さすがは二つ名持ち、ですか。内なる妖力を抑え、吸収を阻害した」
物部の顔には表情というものがない。笑みを浮かべていても、それはどこかから借りてきた仮面が張り付いているように見える。
「手下を引き連れて、少しは出世したみたいだな」
晶は品定めをするように、物部たちへ視線を送る。そして大きなため息をひとつ。
「漠と蛇の紀章。あの小童がいまや陛下の親衛隊か。あのお方の酔狂にも困ったものだ」
「勅命を受けております」
「ほう」
晶は顎髭に手をやって、繋ぐ言葉を待った。
「重罪人、芝崎蒔絵を捕縛致します」
「ほほう。して、罪状は?」
「とぼけるな。妖帝術の無断使用以外になにがある」
晶はニヤリと笑う。狂気じみた光が瞳の奥で踊る。
「私が孫を渡すような愚か者に見えるか、小童」
「二度とは言わん、勅命だ、芝崎晶」
「やれやれ、相変わらずの堅物だな。ま、確かに陛下の好みかもしれん。姫様──」
晶はそう言って、小さな赤い瓶を栄生に渡した。
「蒔絵の治療をお願い致します。こやつらの相手はこの私が」
不意に宇賀野矢が奇声をあげた。いつの間にか眠る蒔絵を覗き込んでいる。
「隊長、蒔絵ちゃん、蒔絵ちゃん! めっちゃカワイイ!」
「宇賀野矢! てめぇは性懲りも無く!」
華源の蹴りが飛ぶ前に、宇賀野矢は勢いよく吹き飛ばされた。
「晶さん、俺も一緒にいいですかね?」
宇賀野矢に一撃を放ったのはリクだった。両拳には小さな竜巻が高速で渦巻いている。
「よく分からないんですけど、なんか腹が立つんですよ、こいつら」
リクは顎で物部を指し示す。
「君は……その、少し様子が変わったかな?」
「え? 別に変わってないと思うんですけど……って、わ、わぁぁ!」
リクは自分の拳を見て叫んだ。
「な、なんだよ、これ!」
「下賜妖力」
晶は小さく呟いた。
(契約した壁役は、その対価として、主より妖力を下賜される。なるほど、姫様の血締術による強制契約か。少し予定とは違うがこれも暁光。旧式の血締術は心締術に比べ付与率が高い。姫様の膨大な妖力をこの少年が……)
一方、リクの力を目の当たりにした物部は、それでも冷静さを失わない。
(今、いちばんに優先すべきことは芝崎蒔絵の捕縛だ。次に雫石の安否確認。まずは芝崎蒔絵だが、二つ名持ちの爺さんとこの壁役が厄介だ。あの力は栄生に下賜された妖力──ここは隊をふたつに分けるのが良策か)
「おい、宇賀野矢! いつまで寝てる! お前と四街は雫石の確認に行け。ここは私と華源で対処する」
伸びていた宇賀野矢は、素早い動きで立ち上がると、一目散に拝殿へと走り出した。
四街は吹き出してしまう。
(ああいうのを確か“パブロフの犬”っていうんだよな)
「四街!」
「はい!」
続けて呼ばれた四街も宇賀野矢の後を追って駆け出した。




