第44話 分け身の王女の壁になる〜10
物部は呆れたように笑った。そして、自分の胸元ほどしかない背丈の栄生へ冷たい視線を落とす。
「まったく……噂に違わず短気な王女様だ。私に『程度』と言われたことが不愉快だったのでしょう?」
違う、と栄生は思う。この男は、視界に入っただけで、躊躇いなくリクを殺したのだ。おそらく“人間”という、ただそれだけの理由で。
「私は陛下に絶対の忠誠を捧げた身。であればこそ、王位継承権を失くしたあなたにも、いちおうの礼節を以て接していたのですが」
物部はそう言って肩をすくめた。
「やはり、あなたは王の器ではありませんね。早々に人界送りの判断をされた陛下の慧眼には恐れ入る。亜羽様とは比べるべくもない。減らず口はいい。雫石をどうした?」
栄生が口を開く前に、リクが話を遮った。
「あんた、嫌っなヤツだなー。話がやたらと回りくどいし、なんか偉そうだし」
リクは腕組みをして物部を見上げる。
「さっきから体温が上がりまくりじゃんか。短気はそっちだろ」
「なんだと?」
「ヘーカだかアハネサマだか知らないけどさ、あんた、仲間が心配なら自分で見に行けばいいじゃんか。ネチネチ嫌味なんて言ってないで」
栄生は驚いてリクを見た。目を輝かせ、口元には自信に満ちた笑みがこぼれている。
「壁役になったからといって調子に乗るなよ、人間風情が」
「壁役? なに言ってんだ?」
「ふん、血締術とは、さも恐ろしい。自分に起きた現象すら理解できないとは」
物部は肩で笑う。
「そもそも人間の意思など、我らにとっては些末の極致。強制隷属とはまったく素晴らしい。しかし残念です、あなたとは気が合いそうなのに」
物部は射るような視線で栄生に目をやる。
「栄生、意味不明なんだけど……こいつ、アタマ、大丈夫か?」
リクの問いに栄生は戸惑い、中途半端に笑いかける。まだ何も伝えていないのだ。
「人間風情がなんと不敬な」
「そういうあんたも、人間風情に化けてるじゃんか」
リクは一歩前に踏み出して、栄生の前に立つ。
「リク……?」
「大丈夫だよ、栄生。なんか、こう、頭がスッキリしてるっていうかさ、いろいろ感じられるっていうかさ、うん、まあ、よく分かんないけど」
リクは振り向いてニコリと笑う。そして、
「だから、顔をパンパン叩かないでね……」
と、涙目で訴える。
そのとき、物部を呼ぶ華源の声が聞こえた。
「隊長、解析が終わりました〜」
ローブ姿の3人が歩いてくるのが見えた。縛界の解析に当たっていた四街と華源、宇賀野矢である。
「あ、あ、あれ、華源、見て! ひ、ひひ、姫様だ」
「やめろ、宇賀野矢。キモ過ぎる」
華源は言って、宇賀野屋の頭を思いきり叩いた。
「物部隊長に王女様……面白い組み合わせだな。あれ? あの少年は、さっき隊長が首を刎ねた……」
四街は首を捻る。
「おまけに雫石さんがいない」
3人は鳥居をくぐると、拝殿前の物部に駆け寄った。
「解析ご苦労。上手く畳めそうか?」
物部は歩み寄る3人に声をかける。
「誰に言ってるんです? 隊長。私が解析したんですよ」
華源は腰に手を当て、得意そうに胸を張った。
「そうか。華源の解析なら間違いはないな」
華源は満面の笑みを浮かべて、黄色い声を出す。
「はい、隊長! 100縛超えの縛界術も華源にかかれば5分で中和、アレはもうすぐ自壊しちゃいます。中にいるのは3名、縛界にほとんど妖力を奪われて、それはもう、息も絶え絶えです♡」
「芝崎蒔絵はいるのかな?」
「分っかりません! その、妖力反応が……ぜんぜん……なくて……私……」
華源の声は少しずつ小さくなって、最後は消え入りそうなほど静かになったが、
「自壊すれば分かることだ。華源、よくやったな」
物部の言葉で、ふたたび表情に光が射す。横にいた宇賀野矢が優しく頭を撫でる。
「良かったな、華源」
「う、宇賀野矢、てめえ、触るんじゃねー!」
華源の回し蹴りがみぞおちに命中し、宇賀野矢は悶絶した。
四街はひとり深刻な顔で尋ねた。
「それより、隊長。確かこの少年はさっき──」
言いかけて、四街は動きを止めた。
(首に浮き出た黒い契約紋。血締術か……)
◇
蒔絵は縛界の中にいる。栄生にはそれが分かった。大気を漂う膨大な妖力の残滓と、縛界表面に咲いた花の香りが、蒔絵の存在を浮き彫りにしていた。
教導隊には分からないのだろうか。
栄生は物部たちを尻目に、拝殿から鳥居を抜け、花に覆われた縛界の前まで歩くと、鈍色の空を見上げた。
(蒔絵、帝の術を使ったんだ)
曇天の空には、妖術の残滓があった。濃密な残滓だ。それは青い塵のように、きらきらと輝きながら空を舞っている。
蒔絵が妖帝術を行使できることは、ふたりの秘密だった。ある日、蒔絵からその事実を告げられたとき、栄生は固く口止めをした。
王族以外が妖帝術を扱えるなど、前代未聞の話だった。王宮に知られれば、遠からず蒔絵は命を狙われることになる。
妖帝術は初代皇帝・杏季が設計開発した超高等妖術であり、それは杏季の血をひく王族の妖力なくしては成立しない術式であった。500年に渡る時間の中で、妖帝術は神格化され、それは王族の威光を誇示する象徴となった。
(蒔絵はあのふたり組に襲われて腕を失い、妖帝術を使うことになった。きっと敵を“脅威”と判断したんだろう。だとすれば勅命にも説明がつく。妖帝術の無断使用はたとえ王族であっても極刑だし、そもそも王族に属さない者が行使したのだ)
蒔絵の秘密が白日の元にさらされたのだ。王が放っておくわけがなかった。
水が蒸発するような、シュウウウという音を立てながら、縛界が消えていく。花々は次第に飛散し、最後は白い湯気のようになって空へ昇っていった。
「おお〜、なんか……綺麗だな」
栄生を追ってきたリクが言った。
「これが縛界ってやつかぁ」
消え去っていく縛界を眺めながら、リクは感嘆の声をあげる。鮮やかな花たちが次々と光の粉になり空を舞う。リクにとってその様は幻想的だった。
「花が咲く縛界なんて珍しいけどね。術解式が上手いと、壊れ方も綺麗だって聞いたことがある」
確かに、こんなに美しい縛界の自壊は、栄生も見たことがなかった。
精緻な術解式は栄生を驚かせた。第7教導隊。その実力は、王国トップクラスであることは間違いない。
「栄生! あそこ!」
リクが叫びながら指差した。
少し離れた先に、晶と三太、そして蒔絵が倒れていた。




