第43話 分け身の王女の壁になる〜9
しばらく行くと、参道はやがて細くなり、煉界口へと続いていた。空間にぽっかりと穴が開いている。その穴は淡い光で覆われている。
ふたりは躊躇うことなく光の中へ駆け込んだ。中はまるで光のトンネルだった。その向こうは人界、東京・青山の裏路地である。
「約束が守れて良かった」
走りながら、栄生が微笑んだ。
「ん? 約束なんかしたっけ?」
リクは顎をかきながら、眉間に皺を寄せた。
「必ず人界へ帰すって、私、言ったでしょう」
「ああ、確かそんなこと言ってた気がするな」
「そんなことって……」
「それより、蒔絵ちゃん、だっけか? ちっちゃい、ほらゴスロリの」
「うん」
「助けるって言ってたけど、さっき持ってた小さな腕さ、あれ、どうするんだ?」
栄生は浴衣の裾に入れた蒔絵の腕を取り出した。
「ひ、ひいぃぃっ、ちょっとちょっと、出さなくていいから」
リクは慌てて目を背ける。
(血まみれの腕……けっこうグロい)
「時間が経っているから、急いでくっつけないと」
栄生は血に染まった華奢な腕に視線を落とした。
「くっつける?」
「うん。かまいたちに斬られた傷なら薬で治すことができるの。三太に頼んで早く治さないと」
と、栄生は当たり前のように言う。
腕をくっつける?
薬で治る?
リクは思う。とりあえず考えるのはやめよう、と。
やがて淡い光は輝きを増しながら収束していく。そして次の瞬間、リクは拝殿の前にいた。
「人界、到着。リク、戻ってきたよ」
「おおっ、謎の神社だ。なんだか向こうとは空気が匂いが違うな……って、栄生、なんだよ、あれ」
リクが指差したのは、神社の前に横たわる半球体の物体だった。その表面には色とりどりの花が咲き誇っている。
「縛界……」
栄生が小さく呟くと、横から声が聞こえた。
「そのとおり、連中の張った縛界でございます、栄生様」
ローブを着た男が、無表情のまま栄生に近づいた。端正な顔立ちだが、その瞳は凍るように冷たい光を放っていた。
「物部……」
「我が名を覚えて頂くなど、身に余る光栄でございます、栄生様」
物部は仰々しく頭を垂れる。が、その瞳は、前髪の奥で不吉な色を帯びる。
「それにしても、ご覧ください、栄生様」
物部は花畑と化した縛界を顎で指す。
「珍しい妖力吸収型の縛界でございますね。これがなかなかの設計でしてね、いやいや、北の縛界技術も侮れませんな。今、私の部下たちが分析と解除作業を進めております」
栄生は沈黙で答える。この男は危険だ。さっきも躊躇なくリクの首を斬り落としたのだ。
「ところで……栄生様、ひとつ伺ってもよろしいでしょうか。そこな少年は、先ほど私が──」
物部はそう言ってリクを睨みつけ、それから息を呑む。
「ああ、なるほど……そういうことでしたか。いやはや、これはめでたい。少年、おめでとう」
物部は満面の笑みをリクに向ける。
リクの背筋に悪寒が走った。
この男になんか酷いことをされた……ような気がした。
「それにしても見事な黒紋だな、少年。よもや血締術で壁になる運命とは数奇なことよ」
「こくもん? 何を言って……」
栄生は慌ててリクの言葉を遮る。
「蒔絵の捕縛理由はなに?」
「いやいや、いくら栄生様といえど、そのご質問にはお答えできかねますな」
物部は咳払いをひとつして続けた。
「私からもひとつ、お許し頂けますか?」
「なに?」
「私の部下をひとり、あちらに残してきたと思うのですが」
「ああ、あの娘」
栄生は思い出したように言う。
「生きてるよ。大丈夫。きっと。たぶん」
物部は首を傾げる。
「没落貴族の出とはいえ、アレもまあ、なかなかの使い手でしてね。失礼ながら、妖術の才に恵まれなかった栄生様程度に、雫石が手を焼くとは、どうも……」
「妖術教導群第7教導隊」
栄生は呟くように言った。その声には、初めて聞いた未知の言語を口にするような響きがあった。
「私の知っている父の“暗部”に比べると、かなりレベルが劣るようだけど、あなたの隊って大丈夫なの?」
栄生は物部の顔をまっすぐに見据える。
「ほう、なかなか面白いことを言われますね──栄生」
物部は静かに拳を握った。




