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第34話 鎌鼬(かまいたち)

 

 ランに訪れた闇は、完全な、完璧な闇だった。世界中の闇を集めて凝縮したような、どこまでも深く妥協のない黒の世界だ。


 薄れゆく意識の中で、ランは声を聞く。それは闇の奥から湧き上がるような声であり、頭の中から聞こえるような声でもあった。


 男とも女ともつかぬ声は、何かを囁いている。声は小さくなったり大きくなったりしながら、少しずつランに近づいているようだった。


 不吉な合図のように生暖かい風が吹いた。声は次第に大きくなり、同時に、ランの意識は声の中に沈んでいく。


 ──詠唱?


 何者かが詠唱をしている。今ではその声がはっきりと聞こえる。


『我、摂理を裏打つ跳躍の者。我、あまねく風に住まう跳躍の者。万象の理を超える跳躍の者。黒き灰色、黒き茜、黒きすみれ。集い、反射し、現し、逆巻け──暗転・鎌鼬(かまいたち)!』


 聞いたことのない呪言だった。誰の声だ?


 ランは消え行く意識の中で呟く。


 モカをタスケなきゃ……トモダチの、イモウトの、モカヲ……ヤメロ、陛下ハボクのカラダニ、何をシ・た……



「危ない! リク!」


 栄生は叫ぶと同時に、リクの手を引き、大きく後ろへ跳んだ。


 瞬間、小さな竜巻が現れ、ランの身体を包み込む。竜巻は凄まじい回転と共に唸りを上げた。


「なに……あれ?」


 奇妙な竜巻だった。回転のわりに風が弱い。


「内側に巻き込んでる……?」


 栄生は風の流れに目を凝らした。激しく回転する竜巻の内側に大気が流れ込んでいく。しかし、それだけだった。外側への出力がほとんどない。


(こんな竜巻は成立しない……)


 仮に、内側だけに力を内包し続ける竜巻があるなら、それは必ず崩壊する。竜巻を立ち上げ、維持することすら不可能だ。ならば答えはひとつしかない──妖術だ。


(竜巻に似せた妖術……? でもこんな術、聞いたことがない……)


「栄生、あの空!」


 リクが声を上げ空を指差した。


 いつの間にか厚い雨雲が空を覆いつくし、辺りは夜のような闇に包まれていく。


 ひと粒の雨が、栄生の額を叩いた。それは一瞬にして真夏の夕立ちが如く、前も見えないほどの雨足に変わった。


 雨雲が明滅を繰りしながら、雷鳴が低い音を立てる。


 前触れもなく、とつぜん空を引き裂くような乾いた音がすると、閃光が走った。あまりの眩しさに、ふたりは視界を奪われる。


(落雷……!)


 ふたりは咄嗟に腕で目を覆ったが、その光はあまりに強烈で、赤い残光が(まぶた)に焼きついた。


 それでも、栄生はそこに得体のしれない何かがいることを感じ取る。


 ()()()()()()()()()()()()


 唸り声が聞こえる。地底から湧き上がるような、低くおぞましい唸り声だ。


 栄生はゆっくりと目を開ける。強い雨が世界を叩き続けている。辺りは暗いが、目の奥がちくちくと痛む。視界はまだ正確に像を結ばない。それでもぼやけた輪郭から、栄生は直感的にその者の正体を知る。


(うそ……でしょ……?)


 脳は全力で否定する。うそだ。そんなこと、あるはずがない……。幻術? 違う。幻術にしては発動までの()()が派手すぎる。


 現実を受け入れなくてはならない。


「リク、()()()()()()がいる……」


 栄生は繋いだままのリクの手を握りしめると、呆然と目の前の者を見つめた。


 ふたりの前に立ちはだかる、巨大な銀色のかまいたちを──

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