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第31話 温もりの記憶

「うあああっ……ランちゃん……腕がない、痛いよ」


 モカはうわ言のように言って立ち上がると、ふらつきながら自分の右腕を拾った。


「モカ、大丈夫だ。すぐに再生がかかる」


 ランはそう声をかけたが、返事はない。モカの目は虚ろで、青ざめた顔が小刻みに震えている。


「答えろ。蒔絵をどうした? 次は首を飛ばす」


 栄生は構わず、低い声で問いかけた。


 次は首を飛ばす──つまり飛ばそうと思えば、いつでもやれるということである。

 

 「王女殿下、よろしいのですか。いま殿下は北の者に手を出した。こう見えても僕らはカタクリ様の側近です。これは()()()()()()()()、王国間の問題になりますが」


 ランは動揺を隠すように、落ち着いた口調で言葉を繋げた。


 正面から吹きつける風が、栄生の銀髪と白い浴衣をなびかせる。血に染まったような瞳が、朝もやの中で鈍く光り、ランに向けられる。


()()()()?」


 栄生は初めて耳にした言葉のように、ゆっくりと繰り返した。そして不思議そうに首を傾げる。


「そうです。僕たちは殿下から先制攻撃を受けた。北は東へ報復をすることになります。ご存知のように、そういった言いがかりは私たちの十八番なんです」


 これで良い、とランは思う。先に仕掛けたのはこっちだが、この場に証人はいない。些細なことだ。適当な話をでっち上げれば良い。どんな手段を使ってでも、この王女を北に連れて行かなくてはならない。


(でなければ、僕らの首が飛ぶ)


 それにしても、恐ろしいほど気の短い王女だ。話の途中でモカの腕を切り落とし、あげく従者の腕を回収してしまった。


“ポンコツ姫”の評価を変えなくてはならない。


 ランは考える。昨夜の体たらくは三味線を弾いていたのだろうか。妖術が苦手という話に間違いはないだろう。鎌狩り相手の立ち振る舞いは愚鈍そのものに見えた。僕とモカなら3分もかからず皆殺しにできた。けれど……この移動速度はなんだ? モカは決して遅くない。反射神経なら僕以上だ。なのに簡単に間合いに入られ、腕を落とされた。まるで昨夜とは別人みたいだ。


 ランは分析屋として“目”に絶対の自信を持っていたが、それでも、栄生の動きを目で追うことができなかった。


 モカの精神年齢はまだ子供だ。腕を切られたショックから立ち直るには時間がかかるだろう。()()3()()()()()()()()()()()。いまさら調整不足を嘆いても始まらない。想像以上に分が悪い。一刻も早く腕の再生を急がなくては……。


「殿下。僕を含めて今日、3人の腕が飛んだ。僕たちの腕は再生が効くけれど、殿下の従者は薬役がいないと治療ができない。残念ながら、殿下の従者たちは僕の結界の中で妖力を失いつつ──」

 

 そこまで言いかけたとき、目の前から再び栄生が消える。


「モカっ、首を守れ!!」


 咄嗟にランは叫んだ。


「えっ? 首?」


 モカは反射的にその場でしゃがみ込んだ。その瞬間──モカの頭上に鋭い冷気が走る。風を切り裂く轟音が間をおいて耳に届く。モカの視界の端に、切断されたツインテールが音もなく転がった。


「結界を解け。三下」

 

 ランはぞっとするような冷たい声を、背後から聞く。


 いつ移動した?──同時にランの左耳が吹き飛ぶ。


「ぐああああっ!!」


 激痛が走る。ランは思わず左耳のあった場所に手をやった。生暖かい血が鼓動に合わせてドクドクと流れ出る。


「次は足だ」


 ためらいのない言葉が追い討ちをかける。


(どうなっている? まるで瞬間移動だ。動き出しは認識できる。ゆらりと赤い瞳が揺れ、眼光が筋を引く。そこまでは見える。だが、その後はだめだ。この王女は完全に視界から消える。この動きを封じない限り勝ち目はない。モカの楔がなければ百花壁は展開できない。片腕の再生もまだ終わらない。そして一番の問題──この女は、話を聞かない)


「待ってくれ、交渉しよう」


 背中合わせの栄生に、ランは声を震わせた。


「交渉」


 栄生がおうむ返しに呟く。


「君は立場が分かってない。もういい。結界は私が壊す。蒔絵をやったのはどっち?」


 栄生は、痛い痛いとうずくまるモカに視線を落とす。


「お前か」


 栄生は地面に落ちた鎌を蹴飛ばすと、モカの髪の毛を鷲掴みにして強引に立たせる。


「い、い、痛い、やめて……」


「昨日の“骨刀”、返さなきゃ良かった」


 栄生はひとり言のように呟いて、それからうっすらと笑みを浮かべた。


        ◇


「こ、怖ぇぇぇぇぇえ」


 一部始終を目にしたリクは、思わず声に出す。


 森の中に身を隠しながら、リクは栄生の後をすぐに追った。

 

 幸い参道の両側は森に覆われているから、栄生に気づかれることなく追いつくことができた。


 あのまま栄生の言うように、隠れていれば良かっただろうか──ふとそんな考えが頭をよぎったが、リクはひとり首を振った。


 上手く言えないが「ここまででいい」と無表情に言った栄生が、今にも泣き出しそうに見えたからだ。


 乗り掛かった船──というより、リクとしては船に乗せて自分だけ降りてしまった心持ちである。そもそも『風ちゃんと3人で戦おう』と言ったのは自分である。


 もし危なくなったら石でも投げてやる。そう意気込んで大木の影に隠れ、事の成り行きを見ていたのだが──あっという間に女の子の腕が宙を飛んだ。次に男の子の耳が飛んだ。かなりグロい展開なのに冷静でいられるのは、相手が“人間”ではないと知っているからだろうか……。


 会話までは聞こえないが、栄生が圧倒的に優位な立場にいるのは分かる。そして、もうひとつ確かなことがある。栄生はめちゃくちゃ怒っている。真剣にキレている。


 大事そうに抱えた黒い布に包まれたモノが理由だろうか。


 初めて目にする“かまいたち”の戦い。妖術とはこういう感じなのか。あの子と付き合ったら絶対にケンカなんてできないな……などと考えていると、栄生が女の子の髪を掴んで引っ張り上げた。


(さ、栄生さん、やり過ぎでは……)


 だんだん弱い者イジメに見えてきて、リクはどこか居心地が悪くなってきた。


 ツインテールの髪を風の刀(?)みたいなもので切り落とした。左側から下へ、右側から上へ、躊躇いなく切り落とした。


 それにしても、とリクは不思議に思う。


(どうしてあの子は栄生の攻撃を避けないんだろう……)


 あの男の子もそうだ。隙だらけだ。栄生が左から背後に回り込んだ時、彼は棒立ちのまま何もしなかった。もしかして見えてないのだろうか……。


(助太刀どころか、止めに入らなければならない展開だ)


 リクは頭を抱える。下手に止めたら怒られそうな雰囲気だけど……。


 そしてもうひとつ、気になることがあった。


 膝の上がほんのりと熱い……。


 リクは何かを思い出しそうになる。遠い記憶だ。でもそれは曖昧でなかなか像を結ばない。膝の上のささやかな温もり。


 膝に手を当て、リクは目を閉じた。

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