第1話 かまいたちは風に在る
栄生は躊躇なくその身を光の海に踊らせた。人々が生み出した美しいネオンの中に。
銀毛のかまいたちは、その後を追うように身を投げ出すと、空中で栄生を背中に乗せ、鉄骨の柱を垂直に駆け下りる。
その間にも“縛界”による赤い閃光が幾度となく走った。
「無駄な努力、ご苦労さま」
栄生とかまいたちは構わず地上へ向かう。
鎌狩りたちは何としても栄生を縛界に閉じ込め、狙撃による《骨化》を目論んでいるようだ。
縛界は、風のない空間にかまいたちを閉じ込め、妖術を無効化する、いわゆる結界術である。かまいたちは風がなければ妖力を失う妖なのだ。
“東の森”を統べる嬰円家は、強大な妖力と妖術で現在の地位を築いた。その直系の血筋を継ぐ彼女にとって、この程度の結界は無いに等しい。
それにしても……と栄生は改めて考える。
狙撃手といい、結界手といい、なぜ彼らは私の居場所が分かったんだろう……。
鎌狩りには気をつけていた。痕跡を残さないように、妖術も使っていない。情報が漏れているのかもしれない。
幸いだったのは早めに風向きが変わったため、狙撃手が風上になり、その匂いが運ばれてきたことだ。
20台はいるだろうか、地上には青色灯を光らせた鎌狩りたちのパトロールカーを確認できた。ビルの四方を取り囲んではいるが、南側は道が狭く、おまけに重機が放置されているため手薄に見える。
栄生を背に乗せたかまいたちは、ビルの西側へ垂直に走りこみながら、ふわりと地上へ降り立った。錆びついた重機の隙間を駆け抜け、背の高いゲートを軽々と飛び越える。
栄生が背から下りると、かまいたちはリスのように小さくなり、パーカーのフードにもそもそと隠れた。
「いたぞ!駆除対象だ!」
とつぜん大声がして、栄生は振り返った。
狭い道に鎌狩りが5人、パトロールカーを盾に小銃を向けている。ゲート脇に放置されたショベルカーの上にも2人。揃いの黒いブルゾンには“目黒区特殊害獣駆除係”と描かれている。
青いパトランプのフラッシュが、栄生の顔を浮かび上がらせる。
「動くな、妖! 渋谷で学生に化けるとは、その程度で我々を欺けると思ったか」
リーダーらしき大柄な男が銃口を向け、威勢のいい声をあげた。
「誘き出されたとも知らずに、知能の低い個体ですね」
並んで銃を構えた小柄な男が鼻で笑う。
「少しでも動いてみろ。お前らから削り出した骨の弾丸がお前を殺す」
「やめて、お願い、撃たないで!」
栄生は両手を挙げて叫ぶと、ゆっくりと鎌狩りたちに向き直る。
「なーんて……」
栄生は赤い舌を出す。
「ばっかじゃないの? いきなり撃てば良かったのに」
「焦るな、バケモノ。生け捕りはポイントが高い」
大柄な男は得意げに言い放つ。
「1種を捕まえとなれば昇進は確実。安心しろ。丁寧に皮を剥ぎ、髪の毛1本残さず素材にしてやる」
「ひどぉい。こんな可愛い女子高生を切り刻むってゆーの?」
栄生は言いながら可愛らしく地団駄を踏んだ。
「結界班、縛界を展開! バケモノを封じ込めろ」
指示を受けたショベルカーのふたりが、同時に両手を突き出す。
「対妖術、縛れ風無き虚無の檻──縛界三縛!!」
半透明の赤い球体が栄生の頭上に出現すると、それはすぐさま栄生に向けて下降し、あっという間に周囲を包み込んだ。
「第1種とて他愛のない。係長、捕縛完了です」
「よくやった。三縛であれば、さすがに動けないだろう」
檻の中の女子高生は身動きひとつできないでいる。恐怖で顔も上げられないようだ。
係長と呼ばれた大柄な男はほくそ笑む。
(トップクラスの結界士を編成した甲斐があった。案外あっさりだな)
栄生は俯いたまま身体を震わす。
「綺麗な景色を眺めて、ちょっと感動して、少し悲しくなって、だけど前向きになろうって自分に浸っていたのに……妖だのバケモノだのって……なんか、だんだん腹が立ってきた」
栄生は顔を上げると、右手の人差し指を立てた。その瞳に好戦の光が瞳に宿る。
とたんに赤い球体は勢いよく砕け散り、跡形もなく消え去った。
「嘘だろ……そんな、三縛の縛界が……まさか……」
空から激しい風が吹きつけ、鈍く光る銀髪を吹き乱す。
栄生の右手が空を切った。
瞬間、鎌のような風の刃が地表を切り裂き、パトロールカーを真っ二つに切断する。その風圧で鎌狩りたちが宙に舞った。
「バ、バケモノめ……撤退だ、撤退!」
残された結界士は仲間を放り出し、我先にと逃げ去った。




