第22話 それぞれの狂気
額から流れる血を拭うことなく、ランはふらつきながら立ち上がる。当たりどころが悪かったのか、大量の血が顔を伝い、顎の先からとめどなく流れ落ちた。
三太と蒔絵はランから少し距離をとる。そのまま追撃したいところだが、蒔絵が振り切ったモカが、ぶつぶつと文句を言いながら後ろから近づいてくる。
三太はランを、蒔絵はモカに警戒の目を向ける。
「連携とはね……いやぁ、びっくりしたよ。イタタタ……それより──」
ランはいったん言葉をきると、頬を膨らませて歩いてくるモカに言葉をかけた。
「モカちゃんは何をしてたのかな?」
事務的な声でランが尋ねる。
「だってその娘、めちゃくちゃ速いんだもん」
「足止めくらいはして欲しいんだけど」
「そんなの分かってるよ。モカ、馬鹿じゃないもん。パッって消えて、そしたら……ランちゃん蹴ってた。血、凄いよ。大丈夫?」
ランは冷ややかな視線をモカに送ると、首を振り溜息をついた。
「やっぱりスピードじゃ勝てないかな」
「余裕余裕! モカ、まだ本気出してないもん」
モカは口を尖らせ抗議すると、長い柄の鎌を杖のようにつき立てる。
「さっさとこいつらやっつけて、栄生ちゃん攫っちゃおうよ」
栄生を攫う──三太と蒔絵の視線が一瞬交錯する。
攻撃の意図を計りかねていた三太は、この言葉でようやく合点がいく。すべては栄生を狙っての行動だったのだ。
(なかなか、痺れる展開じゃねーか)
栄生追放の件は東の事情に過ぎない。当然だが王族の誘拐は明確な敵対行為であり、犯罪行為である。そもそも半結界への干渉だけでも宣戦布告に等しい行動なのだ。
四方の森はここ200年、違いの領域を侵さず、友好的な関係を維持してきた。
人界と森を繋げる煉界の入り口、半結界への攻撃は、三太の知る限りここ200年はなかったはずだった。
北にどのような意図があるにせよ、三太は栄生の近侍として、東の森のかまいたちとして、このふたりを排除しなければならない。
鎌狩りとの和平を望む栄生の手前、彼らとの戦闘には若干の躊躇があったが、この戦いは違う──
血がたぎり、胸が高鳴る。
蒔絵のような天賦の才を、三太は持ち合わせていない。それでも栄生を守るという使命感の強さでは誰にも負けない自負がある。
「蒔絵、そのピンク頭を潰せ」
ランから目を逸らさず、三太が低い声で言う。
「こいつは俺が殺る。お前も必ず仕留めろ」
「お前って言わないで」
三太は改めてランと向かい合い、蒔絵はモカと対峙する。空気が張り詰め、見えない闘気が宙を飛び交った。
「バッカみたい。なんかやる気になってる」
モカがからかうように笑う。
「油断しないで。芝崎さんは本気だよ。たぶん、モカが困っても助けには行けない」
「助けが欲しいのはランちゃんでしょ」
それぞれの瞳に狂気の光が宿る。




