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第20話 リクと栄生

「六村リク、姫さまは庭の東屋だ。会ってこい」


 三太に言われるまま、リクは雨の止んだ庭園を歩いていた。


 森に囲まれた立派な庭だった。白い砂利は美しい模様を描き、ひょうたんの形をした池には、色とりどりの鯉が泳いでいる。テレビで観たことがあった。いわゆる日本庭園というやつだ。


 庭は思った以上に広い。曲がりくねった飛石の道をしばらく歩くと、池に架かる小さな橋の先に東屋が見えてきた。


 4本の柱の上に黒い瓦屋根を載せただけの簡素な東屋に、ひとりの少女の姿があった。


 少女はリクに気がつくと、立ち上がって小さく手を振る。白い浴衣に薄紅色の羽織りという和風な服装で、学生服を着た彼女とは別人のように見える。

 

「昨日は驚かせてしまって、ごめんなさい」

 

 少女はちょこんと頭を下げる。肩までの銀髪が揺れて、仄かに柑橘系の香りがした。


「こっちこそ、迷惑かけたみたいで……いや、まさか気を失うなんて……カッコ悪いよな」


 リクはバツが悪そうに頭を掻く。


「晶はすぐ顔を近づけるから……あ、どうぞ」


 こじんまりとした木のテーブルには茶器が置かれ、ふたりは向かいあうように腰を下ろした。


「まずは自己紹介させて。私の名は栄生(さこお)嬰円栄生(えいえんさこお)。変な名前でしょ?」

 

 栄生は悪戯っぽく笑うと、ガラス製のティーポットからゆっくりと紅茶を注いだ。

 

「私が淹れてみたの。紅茶は初めてで……美味しいと良いんだけど」


 リクは促されるまま、琥珀色の紅茶をひとくち飲む。花の蜜のような味が口の中に広がり、飲み込むと微かに林檎の香りがした。


「なんだこれ、めちゃくちゃ美味い……」


「本当? 良かったぁ……」


 栄生はホッとしたように胸に手をやると、恥ずかしそうに俯く。それから髪の毛を人差し指に絡め、くるくると回した。


「いつもは晶が用意してくれるんだけど、今朝は自分でやってみたくて」


 ──晶が誰なのかは知らないが、抜群に可愛い。全国の男子諸君の好みを平均化したらこんな顔立ちになるのかもしれない。まるで作り物のような美貌が間近にあって、リクは少し落ち着かない気持ちになった。


「遠慮しないで召し上がれ」


 栄生は肘をついてリクを覗き込む。じっと見られるとなんだか飲みにくい。


 それにしても……と、リクは思う。


 艶やかな銀髪につるりとした白い肌。端正な顔立ちに意思の強そうな大きな瞳は、ただ美しいだけじゃない──そこにいるだけで場を正すような、静かな気配がある。なのに顔立ちは少しあどけないから、リクには彼女の年齢がつかめなかった。十五、六歳だろうか……。


「あなたは今夜、2回も私を見つけたんだよ。この子も見える人って、あんまりいないんだけど……」


 昨日、必死に追いかけてきた小さなイタチが、いつの間にか栄生の肩の上に立ち、リクを見つめている。


「“かまいたち”。君も、その肩の上の小さなイタチも“妖”なんだよね?」


 リクは三太に言われたとおり、妖怪という言葉を避けた。


「うん。昔から人に嫌われる妖、かまいたち。三太はちゃんと説明してくれた?」

「まあ、なんとなく……」

「なんとなく? ちゃんと訊いてないの? あの馬鹿……任せた私が間違いだったわ……」

 

 栄生は眉間に皺を寄せて吐き捨てると、紅茶をひとくち飲んでから、嘘みたいににっこりと微笑む。


 こ、怖い……。


「ねぇ、私はあなたのこと、なんて呼べばいいの?」

 

 リクはここに至って、自分の名前を伝えていないことに気がついた。


「ああ、ごめん、君は名前を教えてくれたのにな。俺は六村。六村リク、高校2年だ。リクでいい。みんなそう呼ぶから」


「六村リクさんは高校2年生……え、えっ、高校2年? 

17歳だよね? 私と同じ歳なの?」

 

 栄生は前のめりに立ち上がってリクに顔を近づける。あの爺さんといい、かまいたちは顔を近づける習性でもあるのだろうか……


「俺、そんなおっさんに見えるかな……」

「いや、な、なんか勝手に歳上かなぁ……と。人間って、ほら、老けて見えるから」


 知らん……。


「昨日、同じ学校の制服着てたじゃん」

「同じ学校? そうなの?」

「やっぱりうちの生徒じゃないよな」


 アイドル顔負けのルックスだ。もし生徒なら必ず見覚えがあるはずだ。


「通販で取り寄せてもらったから分からないの」

「通販……」

「だいたいのものは向こうでも揃うから」


 情報が大渋滞を起こしている。


 通販? 向こう?


「それで姫さまは──」

「栄生でいい。姫はイヤ」

「すみません。三太君がそう呼んでいたから……」

 

 リクは無意識に謝ってしまう。

 

「私は王国を追放されたから、正確に言えば元・王女ってことになるの。三太は私の近侍だからたまにそう呼ぶのよ」

「追放?」

「うん。原因はこれ」


 栄生は肩の上のイタチを指さした。リクの頭はいよいよその処理能力をオーバーヒートさせていた。


「朝から信じられないことばかりでよく分からないんだ。ようか……じゃなかった、妖であるかまいたちは実在する。そして、その小さなイタチはかまいたちで、さらに君もかまいたちなんだよね。三太君も、お爺さんも、金髪の子も、みんなみんな、かまいたち。とりあえずここまでは合ってるかな?」

「うん。バッチリ。ハナマルあげる」


 リクは言葉にして情報を整理する。


「そして、君は──」

「栄生って呼んで。“君”ってなんか馬鹿にされてるみたいでイヤ」

「すみません……」


 どうやら妖は言葉にこだわるみたいだ。


「了解。で、栄生はその小さいかまいたちのせいで、国を追放された」 


「そう。私たちは17歳になるまでに人間の姿に変わるの。けれど私はそれに失敗して分身を生んでしまった。建国以来、初めての大事件、大失態……ってわけ。三太の説明より分かりやすいでしょ?」


 栄生は得意げに顎を上げて腕組みをする。

 

 いや、分かるような分からないような……。


「かまいたちには4つの王国があって、私は東の森の王国、東森王の三女ってことになる」


 朝モヤの向こうで鯉の跳ねる音が聞こえた。リクの頭はさらに混乱する。4つの王国?


「どう見ても栄生は人間にしか見えないけどな」


「ホント? ありがとう! 人間からそう言われるとすごく嬉しい」


 栄生の声のトーンが上がる。本当に嬉しそうだ。


「そして、その小さいのが栄生の分身」

「うん」

「本当なら分身は必要ないの?」

「そう。かまいたちなら当たり前にできる転身が、私にはできなかったの。おまけに私は王族だから、ほら、示しがつかないでしょ? それで王国を追放されてこっちに来た……というわけね」


 リクはふと父親に言われた言葉を思い出した。


 普通にしなさい。

 普通が一番なんだ。

 どうしてお前は普通にできないんだ……。

 

「その王国ってのはどこにあるんだろう?」

「東の森は──」


 そのとき、地鳴りのような低い音が聞こえたと思うと、足元の地面がぐらりと揺れ、雷鳴のような音が空に鳴り響いた。


 栄生は立ち上がると、東屋から身を乗り出して空を見上げる。


「見て。空にヒビが入ってる」


 栄生が指差す空に目を向けると、灰色の空に大きな黒い亀裂が見えた。


「半結界が外から攻撃されてる」

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― 新着の感想 ―
いいなぁ、僕もさこおに花丸もらいたいです笑
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