第17話 置かれた瞳
六村リクは、渋谷駅前の惨状を見て言葉を失った。
交差点はあちこちが大きく窪み、周りの建物はめちゃくちゃに破壊されている。映画で観た巨大怪物に踏み潰されたみたいだ。
竜巻警報が出ると、バイト先の書店はすぐに閉店した。駅から少し離れていたので、ほとんど影響はなかった。
しかし道玄坂を下った先には、信じられない光景が広がっていた。ひしゃげた街灯、割れたガラス、転がる看板──凄まじい被害だった。
目の前の惨状に、リクの胸はざわついた。死者は出なかったのだろうか。
すでに警察車両や消防車が駆けつけていたが、破壊された道と乗り捨てられたクルマに阻まれ、なかなか近づけないでいる。
建物に避難していた人たちだろうか、路上にはちらほらと人の姿もあった。怪我をした人は、見る限りほとんどいないようだった。
リクはところどころ隆起した歩道の上を慎重に歩いた。ガラスの破片がじゃりじゃりと嫌な音を立てる。今日は歩いて帰るしかなさそうだ。
ふと、目の前の路地から、女子高生を横抱きにした男が現れた。
なんだかホストみたいな風貌だが、細長い楽器ケースを肩にかけ、女の子を心配そうに覗き込んでいる。
これほど街が破壊されているのだ、怪我人がいないわけはない。
リクは何か手伝えないかと、背を向け歩き出した男に声をかけようとして、身体が固まった。
細長い楽器ケースのてっぺんに、あの、小さなイタチが2本足で立っていた。
イタチはせわしなく首を動かしては辺りを見まわしている。まるで何かに警戒するように。
もういなくなったんだ、とリクは思っていた。あるいは子供にしか見えない精霊のようなものだったのだと。
いまその小さなイタチが、再びリクの目の前にいる。
それは記憶の中のイタチと寸分違わずに一緒だった。
彼らは神経質で臆病で気まぐれだ。近づけば、また夢のように掻き消えてしまう気がした。理由は分からない。ただ、胸の奥が叫ぶ──この機会だけは逃してはならない、と。
「あの、すみません」
ホスト風の男は「ん?」と鼻で返事をすると振り返った。
「少年、なにかな?」
腕に抱えられた女の子と一瞬目があったが、彼女はつんと顎を振ってそっぽを向いてしまう。
学生服を着ているから、自分と同じ歳くらいかもしれない。
「怪我でもされたんですか?」
リクは初手を間違えた。この状況でホストと客なわけがない。リクは自分の軽率さに顔が熱くなる。
それでも、肝心のイタチは逃げ出すこともなく、ケースの上からじぃぃっとリクを見つめている。
「うん、彼女、竜巻から逃げるときに転んじゃったみたいでさ」
「もう大丈夫です。おろしてください」
女の子は自力で立ち上がると、冷たい眼差しをリクに向けた。
「ちょっと痺れただけだから、ご心配なく」
素っ気なく言うが、足が小刻みに震えていた。同年代の男の前で恥ずかしいのかもしれない。
彼女のためにもさっさと話を切り上げたほうが良さそうだ。
「その……肩のケースなんですけど……」
リクがそこまで言うと、イタチは近くの自動販売機の上に飛び移った。
「ああ、これね。俺、バンド組んでてさ、こう見えても鍵盤担当よ」
男は得意げに笑うと、楽器ケースをポンと叩いてみせた。
リクはイタチから目が離せなかった。瞬きの間に消えてしまうような生物なのだ──今度は絶対に見失ってはいけない。
「ん、どうした、少年。自販機? 喉が乾いたのか。これ動くのかな……」
男がつま先で自販機を突いた瞬間、イタチは驚いたのか、自販機から飛び降りて一目散に駆け出した。
「あ、ありがとうございました!」
リクは訳の分からない礼を言って、小さなイタチの後を追った。
失った半身を求めるように。




