第0話 終わりの詩、はじまりの声
かまいたちは風の中に在り、風はいつも彼らのそばにあった。
彼らの骨は、彼ら自身を滅ぼす。
背反と慟哭の記憶──
これは、人と戦い、人を愛した妖怪──かまいたちの、生きた痕跡を辿る物語だ。
◇◇◇
みんないなくなってしまった。“壁役”の私を置いて。
それでもこの歳まで生きたのには、何か理由があるはずだ。
──記すこと。そうだ、今の私にはそれくらいのことしかできない。
契約を終え、長い年月が経った。
私は最期まで、私の愛した人の“手”に触れることは許されなかった。
その想いを、この命が尽きる前に、書き記そう。
“私”がまだ“俺”として生きた、若い頃の出来事を。
自分のため、彼女のため、そして彼らのために書き遺そう。
私たちが生きた“跡”が、たとえ誰かの目に触れなくとも。
それでも、もしこれを読む者がいたら、ひとつ願いがある。
あなたの記憶の片隅でいい。どうか忘れないで欲しい。
そして、ときおり、思い出してほしい。
“かまいたち”と呼ばれ、蔑まれた彼らが、力強く生きた痕跡を。
人に憧れ、人を愛し、私を堕とした1人の“女性”を。
忘れ去られ、消えていくことは、何よりも悲しく恐ろしいことだ。
これは彼らの物語だ。しかしそれは、きっとあなたの物語にもなる。
この物語をはじめる前に──私は私であることを終え、消えようと思う。
それはできうる限り、彼らに誠実でありたいためだ。
病室の窓には、今夜も灰色の月が浮かんでいる。
なあ、栄生。泣けるほど世界は何も変わってねぇよ。
鎌狩りは鎌狩りとしてかまいたちを狩り、
かまいたちはかまいたちとして人を攫う。
俺たちはいったい何と戦ったんだろうな──。
まあ、いい。どうせ答えはない。
さあ、そろそろはじめよう。
いまあるこの記憶を辿ろう。
これは、彼女と、彼らと、俺と、
そしてきっと“君”の物語だ……。
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