第2章 16歳の夏 高校2年生
これはキロくんと修斗の高校1年からの3年間の夏休みについてを書いたものです。全3章構成
7月20日(土) 終業式のあとで
夏休み初日の午後、校門を出た瞬間に感じたのは、去年と同じ匂いだった。アスファルトに照りつける日差し、蝉の鳴き声、焼けた鉄の匂い。
「おい、修斗!」
呼び声に振り向くと、キロくんが人波の中から手を振ってきた。制服のシャツはすでに第一ボタンを外し、袖は少しめくれている。
「アイス、食ってかね?」
駅前のコンビニでガリガリ君を買い、公園のベンチに腰掛ける。
「なんか、もう2年か……はやくね?」
「ほんとにな。でも……今年も、やるんだろ?」
キロくんが、すこし照れたように笑う。
「もちろん。俺らの“夏”は、まだ終わってねぇから」
去年の秘密基地の鍵は、今も二人で持っていた。
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7月23日(火) 再会の秘密基地
午前10時、小学校裏の林道を再び登る。
去年より草は伸びていて、枝をよけながら進むのもひと苦労だった。木漏れ日の差す中、古びたプレハブ小屋が見えた。
扉の鍵は、錆びて少し固かった。回すと、ギイ、と重たい音がして扉が開いた。
「懐かしい……まだ残ってたんだな、全部」
中は埃がたまり、棚の上には去年の冒険ノートがそのまま置かれていた。ページをめくると、あの夏の笑い声が蘇る。
「今年は、何をする?」
「去年の続き、ってのもアリだけど……もうちょい大人っぽいこと、しね?」
「大人っぽい?」
「夜の花火とか、ナイトサイクリングとか、夏の“特別”ってやつだよ」
キロくんの目はまっすぐだった。なんとなく、去年より少し背が伸びた気がした。
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7月29日(月) 秘密の夜
午後7時、集合場所は修斗の家の前。自転車のライトを点け、バッグには花火と懐中電灯。
「行こうぜ、夜の探検隊」
林道は昼間と違って少し怖かった。虫の声と、どこかから聞こえるフクロウの鳴き声。
秘密基地に着くと、静寂が支配していた。窓から星が見え、ライトの明かりが棚のノートを照らす。
外に出て、近くの空き地で花火をした。
「線香花火って、地味だけど……いいよな」
「最後まで落ちないでって、祈っちゃう」
火花が地面に落ちて、ふたり同時に「落ちた……」と笑った。
「なあ、修斗。お前、好きな子とかいないの?」
「えっ」
唐突な質問に返答を詰まらせる。
「オレは……今のこの感じが、好きかな」
それは、答えになっているようで、なっていなかった。
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8月5日(月) 午前4時の自転車
「日の出、見に行こうぜ」
そう言ってキロくんが修斗をたたき起こしたのは午前3時40分だった。寝ぼけながらも着替え、自転車を走らせる。
川沿いの道を風を切って進む。空にはまだ星が残っていた。
「ここだ、ここ。去年、野球部の朝練で見つけた場所」
高台の公園に着くと、街の灯りがぼんやりと足元を照らしていた。
そして、東の空が少しずつ明るくなっていく。
「……なんかさ、生きてるって感じする」
「それは……眠すぎるだけじゃね?」
ふたりで笑った。そんな時間が、胸に沁みた。
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8月10日(土) 風鈴と浴衣と風
商店街の夏祭りに合わせて、ふたりは再び浴衣を着た。去年よりも、着慣れていた。
「今年は、写真たくさん撮ろうぜ」
スマホで自撮り。金魚すくいで大騒ぎ。かき氷のブルーハワイで舌が青くなって、笑いあった。
風鈴市で、修斗はひとつ小さなガラスの風鈴を買った。音色がやさしく響く。
「来年も、この音聞けたらいいな」
なんとなく、キロくんの横顔を見た。
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8月17日(土) 秘密の音楽
その日、秘密基地にBluetoothスピーカーを持ち込んだ。キロくんが最近聴いてる音楽を流す。
「これ、めっちゃいいだろ?夕暮れにぴったり」
音楽を聞きながら、お互いに将来の夢を語る。
修斗は、まだ決まっていないと答えた。でも、キロくんは迷いなく言った。
「俺はな、音楽やりたい。マジで。ギター、始めたんだ」
その瞳の真剣さに、修斗は思わず黙った。
「だからさ、これからの夏も、もっと濃くしたいんだよ」
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8月23日(金) 波打ち際の約束
去年と同じ海へ。写ルンですは卒業して、スマホとギターを持って行った。
キロくんは波の音をバックに、コードを鳴らしながら口ずさむ。
「まだヘタだけど、来年までにはライブできるくらいにはなってたい」
「俺も、何か見つけなきゃな……キロくんみたいに」
「焦らなくていいよ。お前はお前だし、今は一緒にここにいるだけでいい」
その言葉が、波より深く胸に残った。
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8月31日(土) 冒険ノート
午後6時。夏の終わりを迎える秘密基地に、今年のノートを置いた。
タイトルは『高2の続編』。
ページには、花火の写真、朝焼け、音楽の歌詞のメモ、風鈴の写真。
「また一年経ったら、ここで再会な」
「うん。絶対」
鍵をかけて、ふたりで扉の前に立つ。
来年もこの場所で会おう。何があっても。
——二人の夏は、また続いていく。
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(第三章につづく)
高校3年生編は近いうちに出します。
初めてで心配事が多いです。よろしくお願いします。